第86話 プレゼント
「――あぁ、食った食ったぁ……」
気がつくと大皿に用意されていた料理がきれいさっぱり全てなくなっていた。恐るべし、高校生の食欲。
普段はこんなに食べることもなかったから、久しぶりの満腹感を感じている。
それもこれも、作ってくれたのが近藤さんだったから。彼女の手作り料理に食欲が湧くのは当たり前だよね。
「近藤さん。どの料理もおいしかったよ! ごちそうさまでした!」
唐揚げはカリッカリの衣に、中のお肉からは肉汁が染み出てきて――とてもおいしかった。
ポテトサラダはじゃがいも、人参、きゅうり、玉ねぎににハムといった王道の材料に加えて、りんごが所々に入っていた。
最初はその触感にびっくりしたけど、マヨネーズのしょっぱさとリンゴの甘さが絶妙なハーモニーを織りなしていて――とてもおいしかった。
中華スープはコンソメペースのスープに、卵、ワカメが入っていて、風味よし、味よしで――とてもおいしかった。
――結論。
どれもお世辞抜きで本当にマジでめちゃくちゃおいしかった。
全てにおけるレベルが俺らみたいな人が作るよりも桁違いのおいしさだった。むしろ比べるのすらおこがましく思えてくる。
「あ、ありがとう……。そう言ってもらえてよかった……」
近藤さんは頬を赤らめながら、小さく頷く。
「結衣。あんたが用意したのはこれだけじゃないでしょ?」
「佳奈さん? それってどういう……」
「まぁまぁ、伊織くん。あれこれ詮索するよりも、見た方が早いんじゃない?」
「そ、そうなの……?」
「そうそう。ほら、結衣早く」
「わ、わかった……」
近藤さんはそう言ってリビングから姿を消してしまった。
「いやぁ~、伊織くんは幸せ者だね」
「それってどういう意味?」
「だってさ、彼氏のためだからっていっても、普通ここまですると思う?」
「た、たしかに……」
「私も達也と付き合って何ヵ月か経つけど、こんなの絶対しないよ。だって面倒くさいもん」
佳奈さんは目の前に達也がいるのにもかかわらず、なりふり構わずぶっちゃけてしまっている。
「――まぁ、俺も同感」
「達也まで⁉」
なんかこう、付き合い始めるとお互いをすごく気にしてしまって四六時中ドキドキしてしまう、みたいなイメージがある。
実際俺がその典型例なんだけど、どうも二人の関係はちょっと違うみたいだった。
どこかさばさばしているというかなんというか。
それでも関係が冷めているとか、そういうことではなくて、相手のことを考えた上でのこの関係性に落ち着いたように見える。
達也と佳奈さんを見ていると、付き合うということに公式なんものは存在せず、カップル一組ずつにそれぞれの色があるかもしれないということを強く感じさせてくれる。
「――お、お待たせ……」
そこへ近藤さんが帰ってきた。
でも近藤さんの様子がどこかおかしい。ほんのりと頬を染め、後ろに手をまわして、もじもじとしている。
「こ、近藤さん、どうしたの……?」
「え、えっと、その……」
俺が話しかけると、近藤さんの頬はさらに赤みを増していく。
「え、えっと……」
俺も近藤さんにつられてあたふたとしていると、佳奈さんが横から近藤さんに言葉をかける。
「結衣、しっかりしなさいよ。せっかくここまできたんだから迷うことなんてないでしょ?」
「そ、そっか……。うん、そうだね」
ぺちぺちと軽く自分の顔を叩くと、俺の方に視線を向ける。
「あ、あの……。高岡くん、今日お誕生日だから……その……プ、プレゼントを用意しましたっ!」
近藤さんは後ろに隠していたかわいらしくラッピングされた袋を前に差し出す。
「ほ、本当に⁉」
近藤さんからのプレゼントなんて、めちゃくちゃうれしいんですけど‼
毎年家族からは貰うんだけど、それとは比べ物にならないくらいのうれしさを今感じている。
あ、別に家族からのプレゼントが嫌とかそういうのでは決してありませんので今年も下さいお願いします。
俺がその袋に手を伸ばして受け取ろうとしたとき、近藤さんの手に軽く触れてしまった。
「「あっ……」」
俺の手はなぜかそこで動かなくなってしまった。同様に、近藤さんの手も俺の手に触れたまま止まる。
…………………。
…………。
……。
「――ってはいそこ! 黙って見つめ合ってんじゃないわよ!」
「はっ!」「あっ!」
お互いにうっとりとした雰囲気のまま無言で見つめ合っているところに、佳奈さんのボディーブローが炸裂した。おっと危ない。佳奈さんや達也の存在をすっかり忘れてしまっていたぜ。
「ご、ごめん……」
「ご、ごめんね……」
「まったくだ。俺たちは何を見せつけられているんだまったく……」
達也はため息をついて俺の肩に手を乗せる。でも、達也の顔は呆れているそれではなかった。
「でも……いいもん見せてもらったぜ」
「ちょ、お前……⁉」
「いや~だってさ、周りに俺らがいるのに、あんなに堂々と見つめ合っちゃって……。永遠の愛を誓いあうドラマでも見てるのかと思ったぜ。まったく、見てるこっちが悶え死にそうだったぞ。ねぇ、佳奈ちゃん」
「ほんとそれ。結衣、あんたもなかなかやるようになったわね」
「「っ……」」
近藤さんも俺も二人の突っ込みに何も言い返せず、ただただ黙り込んでしまった。
「――って、ごめんごめん。少しいじりすぎちゃったかな……?」
佳奈さんは大きく咳ばらいをする。
「と、とにかく! 伊織くん、結衣から何貰ったか開けて見せてよ」
「そ、そうだった! 近藤さん、開けてもいい?」
「う、うん。いいよ……」
俺は手にしている袋のリボンをゆっくりとほどいていく。そして中に入っていたのは――。
「うわぁ! ハンカチだ!」
紺を基調としていて赤とか白のラインが入っている、なんともおしゃれなハンカチだった。
今まで俺が持っていたものは、黒だの紺だのグレーだのといった単一色ばかりで、おしゃれの欠片もなく、ただの布切れくらいにしか思っていなかった。
しかし、その考えは今この瞬間に吹き飛んでいった。
こんなおしゃれなハンカチを持っているなら、原宿とか渋谷にも堂々と行けるんじゃないかって本気で思えてくる。それくらいにうれしかった。
「近藤さん、本当にありがとう! 大切に使うから!」
「よろこんでもらえて、わたしもよかった……」
ほっとした表情の近藤さんに、俺はほほ笑みを返した。
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