第74話 異変

 東京に来てから、四日目を迎えた。

 相変わらず照り付ける太陽が眩しく、街は騒がしい。

 ようやくこの混沌とした景色にも慣れてきた頃だが、今日はもう家に帰る日だ。

 ひとりでドキドキしながらも無事にチェックアウトを終え、駅に向かう道をゆっくり歩く。

 麻子のショルダーバッグは芽衣に預けたものの、自分のキャリーバッグとボストンバッグを持ち歩いているので足取りは重い。

 それでもようやく駅に辿り着いたわたしは、この旅行のことを思い出してみた。

 ……おかしい……初めての東京だったのに、観光した記憶が全くない。

 本当は、麻子や芽衣と一緒にいろんなところを見て回りたかったし、美味しいものを食べたりしたかった。

 それなのに……


「うー……帰りたく、ない……」


 改札の前で立ち止まり、思わず振り向いた。

 たくさんの人が流れていくが、麻子の魔力は感じない。

 やっぱり、この辺りにはもういないのだろうか?

 しかし、京香や瑠奈はそう遠くに行っていないはず。

 それなら麻子も遠くには行っていないと思うのだが……

 思わず足が改札と逆方向に向きそうになるが、ぐっと堪えた。

 家では華奏が待っている。

 麻子のことは心配だが、一旦芽衣に任せて帰ろう。

 そして、すぐに戻ってこよう。

 今度は、万全の状態で戦えるように。


「……あ、そうだった」


 わたしは思い出したように酔い止めの薬を飲むと、帰りの新幹線に乗り込んだ。

 今度の帰り道はひとりきり。

 ひとりきりのときに、気持ち悪くなるわけにはいかない。

 麻子が座るはずだった空席に自分の荷物を置くと、わたしは座席を倒し深くもたれかかった。


「ふー………」


 行きの新幹線で麻子が背中を擦ってくれたことを思い出して、ちょっと涙が出そうになる。

 それでもじっと目を閉じて座っていると、疲労のせいか急に睡魔が襲ってきた。

 ……眠っていれば、酔うこともないだろう。

 途切れつつある意識の中で、ひとつ、大事なことを思い出した。


(そういえば……華奏へのおみやげ、買い損ねちゃったな)



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ふぁ……ねむ……」


 波乱の東京旅行を終えて、わたしは見慣れた町に戻ってきた。

 別世界に来てしまったのかと思うほど人の流れが少なくなり、気分が落ち着く。

 ほとんど寝ていたおかげだろうか、乗り物酔いは全くない。

 わたしは大きなキャリーバッグを引きずりながら、華奏になんて話そうか考えていた。

 おみやげを楽しみにしていると言っていたのに、何も用意していない。

 それどころか、土産話になるような話すら無い状態だ。

 だからといって、正直に話せることも何も無いわけで……


「うーん……華奏に旅行のこと聞かれたら、なんて答えれば……」


 新たな悩みの種である。

 どうしたものかと思いながら、わたしは家の鍵を開けて、ゆっくり扉を開いた。


「ただいまー……あれ?」


 扉を開けたわたしは、思わず疑問の声をあげた。

 ……静かだ。

 人の気配が全くない。

 華奏も出かけているのだろうか?

 今日この時間に帰ることは前から伝えているし、出迎えてくれるものだと思っていたのだが。


「……どこ行ったのかしら、あの子」


 この炎天下の中出歩いているのかと思うと少し心配だが、束縛するのもよくない。

 華奏は友達も多いし、きっとどこかに遊びに行っているのだろう。

 そう思い、荷物を持って階段を上がり始めたときだった。


「…………!?」


 魔力だ。

 微かに感じる、魔法少女独特の魔力。

 不思議と嫌な感じはしないが、知らない魔法少女の魔力だ。

 麻子のものでも、芽衣のものでもない。

 雷の魔法少女のものでも、鏡の魔法少女のものでもない。

 初めて感じる、誰かの魔力。


「なんで……なんで、わたしの家で?」


 嫌な予感がする。

 わたしは手に持っていた荷物を放り投げると、急いで階段を駆け上がった。

 またしても、新たな魔法少女が現れたとでもいうのか。

 だとしたら、どうしてわたしの家に?

 わたしを狙って?

 それじゃ、華奏は?

 一体、何が起こっている?


「……華奏!?」


 わたしは、華奏の部屋に飛び込んだ。

 しかし、部屋は暗く誰もいない。

 聞こえてくるのは、わたしの荒い息遣いだけ。


「……なんで……?」


 まさか、モア、麻子に続いて……華奏までもいなくなったと言うのか。

 いや、華奏は魔法少女でもなんでもない。

 何の関わりもないはずだ。

 きっとどこかに遊びに行っているだけに違いない。

 ……だったらどうして、この部屋から魔法少女の魔力を感じる?

 真夏の暑い部屋の中で、汗を垂らしながら呆然と立つ尽くしているとき。

 後ろから、急に声をかけられた。

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