第7話 愚者

世の中には簡単に愚かな行為をする者がいる。


「カッとなった。」

「むしゃくしゃしてた。」

「腹が立った。」


そんな理由で簡単に人を傷つける。ましてやそんな理由で殺人を犯す者もいる。

愚かだ。なぜ些細な事で頭に血が上り、感情に身を任せて他人を傷つけるのか?


「ムカついた。」

「イラッとした。」

何かあるとすぐそういう言葉を発する同級生達にも呆れたものだった。


ここにいる者達もそうだ。彼らの現象を見れば、銃で撃ち、殴り、毒を盛り、刃物で切り裂き、他人を殺し傷つけいたのだと容易に判断出来た。


ただ、あまりに現実味の無い現象が目の前で幾つも起こっているため、自分が死んでしまった事を認めざるを得なかったが・・。


落胆しても仕方あるまい。此の方他人に怪我をさせるような行為など一切して来なかった私は早々にこの気味の悪い部屋から退出しても良いようだ。


「愚か者(馬鹿)どもが・・」


彼らを一瞥し、私は部屋から出た。







部屋から出ていく彼の姿を見ていた老婆は机に両肘をつき、組んだ両手に顎を載せ、ニヤッと笑い呟いた。


「自分は正しく賢いと思っているようだね・・・・愚か者だねぇ。」



****



春見 聡明(かすみそうめい)は周りとは少し違うタイプの子供だった。

勉強が好きで、知識が増える事を楽しいと思う子供だった。


例えば読んでいた本の中で知らない言葉を見つけると辞典を取り出し必ず調べ、調べた辞書の説明文でさらに知らない言葉を見つければ、それも調べ徹底して理解に努める子供だった。『聡明』と名付けた父親もそんな彼の姿に目を細めていた。


父親は実業家で、家は裕福な方だった。聡明は父親の経済や経営、流通の話を聞くのが楽しかったし、父親の仕事に当時は興味を持っていた。しかし10歳の頃にたまたま見たテレビドラマが彼の将来を決めた。


法廷で堂々と知らない言葉を早口で捲し立て、証拠を揃えては見ている人々に訴えかけ舌戦を繰り広げる。そんな彼らを見るなり聡明は弁護士に夢中になった。


「かっこいい・・僕・・この人たちのようになる。」


憧れをそのままに将来の目標を決めた聡明は、ますます勉学に励み、弁護士になるために必要な知識の向上に努めるのだった。


聡明が中学2年生になり、新学期が始まると夏休みに何があったのかは知らないが、クラスメイトの3人が不良の真似をするようになっていた。


周囲が怯え始めたのをいい事に調子に乗って行った彼らは、3年生になると同級生や下級生に暴力を振るい、金銭を要求(カツアゲ)するようになっていった。

校内暴力が社会問題のピークだった数年前から見ると、だいぶ沈静化していた時期ではあったが、当時では珍しいことではなかった。しかし聡明が通っていた学校はそれこそ数年前から教育管理や風紀に力を入れ、イメージアップに努めていた学校だったため、素行の悪い学生は彼らくらいだった。そのため『あと1年我慢すれば・・』という空気が学校に流れていた。


しかし、増長する彼らに不満を持った聡明は、教師達に早急に対処してもらうよう職員室に向かった・・・が、それは徒労に終わってしまった。その空気が既に定着していた学校側は「目撃していない」などの理由を並べ立て、特に処罰をすることも動くことも無かった。


「はぁ・・自分で何とかするしかないなぁ・・・。でも!証拠があれば刑事は難しくても民事訴訟は出来るかも・・・」


職員室を後にした聡明はそう呟くと、居ても立っても居られなくなった。急いで家に帰り、貯金箱からお金を出すと電気店で小型のカセットテープレコーダーを購入し、父親が『2時間も録画できる』と自慢していたハンディカムビデオを拝借した。そして彼らがいつも暴行を働いている体育館裏をしっかり撮影できる場所を探すのだった。


教師に告げ口をすると、すぐ報復をする彼らを予測した行動だった。


「ここが最適だな。」


聡明は体育館のステージ裏にある小窓が最良の撮影ポイントだと目星を付けた。しかも近くに置いてある脚立が丁度良いカメラの三脚代わりになりそうだった。


次の日の朝、さっそくどこからか聡明の行動を聞きつけた3人組が「昨日先公にチクってくれたらしいなぁ。」「放課後体育館裏に付き合えよ。」とお誘いしてきた。


聡明は、最後の授業前の休憩時間にビデオを脚立の上にセットして録画ボタンを押した。鞄にテープレコーダーもある・・・準備は万端だった聡明だったが、終礼の時間中ずっとそわそわしていた。ビデオの録画可能時間は2時間、録画開始ボタンを押してからすでに1時間15分が経過していたからだった。この日ほど終礼が早く終わって欲しいと願った事は無かったが心配は杞憂に終わった。いつも通り終礼が終わると彼らは早速お声を掛けてくれたのだった。


「おい!逃げんなよ?行くぞ?」


「そうだな。早く行こう。」


「な!い、いい度胸だな・・こ、来い!」


口どもった彼らに(ビデオを気にして余計な事を口走っちゃったかな?)と聡明は焦ったが彼らは逆だった。(なんだ?やる気か?こいつ強いのか??)と焦っていたのだった。


テープレコーダーの録音開始ボタンを押して彼らに付いて行くと、到着した場所はやはり体育館の裏だった。心の中でガッツポーズをした聡明は、昨夜考えた作戦通りに彼らを挑発すべく正論を並べ立てた。


「はっ!舐めた事言ってんじゃねーよ!」


作戦通りだった。挑発に乗った彼らは聡明に殴る蹴るの暴行を働いた。聡明は可能な限り彼らをフルネームで暴行を止めるよう呼びかけた。


「やっぱ変わってんなー。人の事フルネームで何度も呼んで。」


「しかしコイツ口ほどでもなかったなー。ぎゃはは!」


「んじゃ、これは貰ってくよー。」


動けなくなった聡明にそう言い捨て、学生服に入っていた財布から3千円を抜き取り彼らは去っていった。


顔を腫らせた聡明は地面に顔を埋めながら何とか笑うのを堪えていた。殴られた痛みよりも、裁判に近づいた嬉しさの方が勝っていたのだった。ハンディカムカメラを回収し、録画された映像と録音されていた音声を確認するともう堪えられなかった。


「これは傷害に強盗だ・・・やった!!これで被害届を出せる!!!あはははは!」


起き上がると学校のトイレの鏡に向かい、自分の腫れた顔や暴行の跡が残る部分をインスタントカメラで撮影し、驚かれはしたが家に帰る途中にある写真店で事情を話し現像した。その後、母親に自分の状況を説明してカメラとレコーダー、クラスの名簿、そして写真を持ち警察署へ行った。碌に動きもしなかった学校には報告をしなかった。


しかしまだ被害届を出さなかった。正確には出せなかった。第一の誤算が発生した。


警察署の担当者が人情系のタイプで「一度補導の連絡を彼らの家にするから、その後の反応と態度を見てから被害届を出すか、出さないかを決めても良いんじゃないか?」と言って来たのだった。反論しようとした聡明だったがさっそく第二の誤算が発生した。警察署で合流した父親と同行した母親がその意見に賛同してしまったのだ。


「あぁあ・・」


聡明は落胆の声を上げた。


第三の誤算が起こってしまった。家に帰ると両親に連れられた彼らが丸坊主になって泣きながら謝罪しに来てしまっていたのだった。警察から連絡を受けた彼らの態度は180度変わっていた。聡明にとってそれは一番の誤算だった。


(え??こんなに泣く??もっと反論してくれないと・・いつもの調子はどうした!?!?これじゃ被害届出せないじゃん・・。それにしても、こんなに泣いて謝るくらいなら、自分達がしている事のリスクくらい考えれば良いのに・・・愚か(馬鹿)だなぁ・・)


聡明はおんおんと嗚咽している彼らを見ていると、起訴への意欲がどんどん萎えていってしまい・・・被害届を出すことを諦めるのだった。


(なんだぁ・・残念・・本当の裁判ができると思ったのに・・興奮して論理的じゃなかったかな?・・証拠も早く出し過ぎたかなぁ?)


リビングでぶつぶつ反省しているとそれを聞いた聡明の父親は、彼の真意と行為を読み取り青ざめるのであった。


次の日学校は慌ただしかった。職員室に呼び出されたがダビングした映像を見せ、事の顛末を伝えると教師たちも青ざめた。その後、彼らは大人しくなり、噂を聞いたクラスメイト達は勿論のこと、教師達も聡明を腫れものを触るように扱った。


「だからすぐ対応すれば良かったのに・・・愚かだなぁ。」


今回被害届は出せなかったものの「証拠」による言い逃れが出来ない状況を作り上げていた聡明の圧倒的勝利だった。この出来事は聡明にとって大きな自信となる。


高校に進学した聡明は、クラス内で「いじめ」を見つけると「今度こそは!」と前回の失敗を糧に、慎重且つ周到に準備を進める中、聡明は憤っていた。いじめの対象となった女子生徒はありもしなかった性的行為の噂を流されていたらしい。さらに最近ではその噂の内容が悪化し『あいつは汚れている。』とまで言われるようになっていた事を涙ながらに彼女は語っていた。


「なぜ彼女が汚れているんだ???楽し気に噂を流し、それを喜んで聞いているあいつらの方が余程愚かで汚れて見えるのに・・許せないな。」


聡明は彼女の噂が虚構であったため、いじめを明るみに出す事にした。マスコミを巻き込み、今回はいじめに関わった者たちと学校側を起訴することに成功した。


いじめの対象となっていた女子とその家族は、聡明に礼を言い安堵していた様子だったが、結局いじめに加担した者達や学校側を許せなかった彼女は転校して行った。


「中学の時もそうだった。今回の教師たちや、イジメをしていたアイツらもそうだ。陰湿で罪が暴かれれば、自分だけは逃れようと簡単に嘘をつき、他人に擦り付けようとする。真実は感情や都合で簡単に捻じ曲げられてしまうけど、事実や証拠は捻じ曲げられる事は無いんだ。論理的に証拠を突き付け、愚かな行為をする人や、言い逃れようとする愚か者たちに正しい罰を与えなくては・・。」


大学に進学すると積極的に裁判の傍聴をするようになった。傍聴席で見る裁判はテレビドラマとは違うく、人の生々しさがあった。そして様々な判決や、それこそ様々な犯罪者を目の当たりにしていく中で、『愚か者は断罪すべき』という考えはより強固なものになっていくのだった。


そして弁護士になった聡明はそれを実践するようになっていく。


弱者に寄り添う心を持ち合わせていた聡明だったが、逆に愚か者と判断した者達には容赦が無かった。そういった者達を徹底的に叩き潰すようになった聡明は、救った者も多かったが、それ故にたくさんの人々から怨まれる事にもなった。


場合によっては深い、、、とても深い怨みを。



****



「通路・・か?」


白い部屋を出た先は通路になっていた。先ほどと同じく天井・壁・床が全部真っ白だった。

ただ違ったのは通路の先をよく見るとドアがあった。怪訝に思いながら中に入ってみると今度は先程の部屋よりさらに小さい2帖ほどの白い部屋だった。


(これはあんまりだ・・・はぁ・・)


ため息をつき、苦情を言ってやろうと入ってきたドアの方へ勢いよく振り返ると周囲が一変した。真っ暗な闇の中で自分にだけスポットライトの様な光が当たっていたのだ。


「はあぁぁ?・・・・っっっ!?!?!?」


いきり立った瞬間にカウンターパンチを見舞ったような気持ちになったが、次の出来事で息を呑み、情けない事に腰を抜かしてしまった。


闇の先にゆっくりと一本の光が射し込むと、そこに人が現れ尚且つゆっくり近づいて来るのだった。


底知れぬ恐怖でじっとりと汗がにじみ出て来た。


(だ、誰だ???に、にに、逃げないと)咄嗟にそう思ったが、腰が抜けた状態で動けずにいた・・・・・・が、その人物は項垂れながら顔が認識出来るであろう距離まで近づくと歩みを止めた。


「お前は!?!?そんな馬鹿な!?」


紺色のスーツにパンツスーツ、白いワイシャツを身に纏い、背の中ほどまである髪をうなじ辺りで結び、当時少し気弱そうな印象を持っていた忘れもしないある女性が立っていた。


女性が顔を上げると憎しみに満ち溢れた表情をしている。


「うわっぁぁ!!!わっ!!」


女性が突然こちらに向かって走り出した。表情はそのままに、もの凄い勢いで向かってくる。


「わああああああ!!!(ぶつかる!!!)」そう覚悟し私は目を閉じた。


しかし一向に衝撃が来ない????その代わりにヌルっと何かが自分の中に入ってきたような妙な感覚があった。


「???」


不思議に思い、そうっと目を開けると今度は靄が立ち籠り四面が真っ白になっていた。


「次は何だぁぁぁああああああああああああああ!!!」


二転三転する状況に混迷し、両手で頭を掻きむしりながら大声を出してしまったが、私の叫びに答えるように耳元で


「味わえ。」


という怨みに満ちた彼女の声が聞こえた。


一気に足首から頭の先まで駆け上がるように悪寒が走った。


ガタガタ震えていると、徐々に靄が薄くなっていき視野がはっきりとしてきた。


(うあああ・・・なぜ???)


私は絶句した。


目の前に、中指でメガネを直すと、いつも通りに腰の後ろで両手を組む自分が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る