Engels Enigma(エンゲルス エニグマ)エーテルがある世界の対独戦

ワカサト

第1話 1940年10月 ロンドン

黒板に細い指先が丸い線を描いた。

シュッと音がして、チョークから伸びて行った白い線の先に地図があった。

赤毛を今風にカーブさせたブレア先生が、地図上の二つの国に矢印を書いて、教室にいる生徒の方に振り向いた。

30人ばかりの子どもが並んだ机に座っている。


「チャールズ・ジェイムソン君、この国とこの国は?」


先生に差された少年が席から立った。寝坊してついた髪の毛の癖を撫でながら、チャールズは答えた。


「ええっとぉ。ドイツ?とぉ。英国?です。お互い今戦争してます。」


はい、座ってよろしい、とブレア先生が言うとチャールズはストンと座って下を向いた。

周りの生徒はいきなり質問されるなんて不運なやつだと同情気味だ。


「今はドイツ空軍ルフトヴァッフェが、ここロンドンに空襲を仕掛けています。

必ず防毒マスクを持って登校する様に。神のご加護は我々にあります。」


チャールズの前に座っていたビリーがとっさに振り向いて小声で

「神のご加護だってよ」

とニヤニヤして囁いた。


隣のメアリーもクスクス笑っている。


チャールズは黒板に貼ってある世界地図を見た。


この地球上にある陸地の面積を半分以上も占めているイギリスとその子分の国たちと、

あのちっぽけなドイツが戦争をしているのに、

なぜこうも毎日空襲が来るんだろうと思った。


「本当にご加護があるなら、ロンドンにメッサーシュミットが来る前に雷にでも打たれて落ちて欲しいもんだよな。」


チャールズは小声でビリーに返事をした。ブレア先生はそれを見逃さなかった。


「チャーリー! ビリー! 後で来なさい!」


やっちまったなという顔をビリーが振り返って合図した。また手を棒で打たれるのだ。


「神様には、ドイツ軍よりも先生を何とかして欲しいよな。」


チャールズは舌打ちした。


放課後、チャールズとビリーは赤くなってヒリヒリした手をぶら下げて、一緒に下校していた。

叱られついでに、二人は寄り道をすることにした。


歩道を歩くと先日あった空襲の瓦礫や、爆弾の破片が落ちているのだ。


道を歩くだけで倒壊した家がポツポツとある。空襲で炸裂弾のみが落ちた場合、家が焼けもせず、

スライスされたサンドウィッチの様に片側だけ崩れて無くなっていた。

それらを見つけては半分だけ残った家に入りこみ、爆弾の破片を集めて宝物にするのだ。


道端にもベッドやタンスなどの家財道具がそのまま運ばれて置いてあることがあった。


「おい見ろよ。デカイ鉄砲の弾があるぞ。」


倒壊した家の瓦礫に入ったビリーがチャールズを呼んだ。

「本当だ! こんな大きな弾、見たことないよ。きっと飛行機から落ちたんだ。」

MG―131機銃用13mm弾の大きな弾だった。

田舎のお祖父ちゃんが持っている猟銃や護身用のピストルの弾とは比べ物にならないくらい大きい。

それに、ドイツ軍の弾なんて珍しい。

だって戦争でもしていないと降って来ないのだから。

「すげえ!」

大はしゃぎでビリーは機銃の弾をポケットに入れた。


こんな弾で撃たれたら、きっと人なんかバラバラになってしまうし、家にだって大穴が開くんだろう。


チャールズは周りを見やった。

自分たちが今いる爆撃された家は、まるで家が真っ二つになった様に、内部の構造を晒していた。

中の家具が残ったまま、家が半分だけ残って半分は瓦礫になっていた。

その隣の家までは全焼しているので、たまたま火が燃え移らなかったのだろう。

傾いた床に放置されたソファにチャールズがポンと座って言った。


「なぁ、ヒトラーのスパイがこの辺を歩いてるんだって。」


「そんなの大人の嘘だよ。早く寝て良い子にしないとドイツ人が俺らを攫うんだろ?」

ビリーが瓦礫のガラスを拾いながら答えた。

「違うよ。俺、見たんだよ。この前、近所の倉庫近くで怪しい男がいたんだ。」


チャールズの話はこうだ。


空襲の夜、彼がたまたま地下鉄の駅に逃げているとき、空を眺めていたら飛行機の遥か上を天使が飛んでいるのを見つけた。

スピットファイアの隣に、小さく輝く天使が舞っていた。

あんな風にはっきり見えるのは珍しい。


天使の存在は1923年に発見されたのだと、先生が前に授業中に言っていた。

この年号が覚えられないと叱られるので、必死に覚えたものだ。


ぼんやり天使を眺めていたら、人ごみの中で親を見失ってしまった。


防空壕代わりの地下鉄駅に行っても、暗い中で何時間も座っていなくちゃいけない。

お母さんも不機嫌だし、退屈どころか苦痛だ。


だからチャールズは、親を追いかけるのを止めて、いつも昼間に遊んでいる倉庫街に行くことにした。

遠くで炎が燃えているらしかったけど、非日常が楽しかった。

倉庫街に辿りつくと、怪しい大男がずっとそこに立っていた。

何かを監視している。


顎が大きくて目が鋭く眼窩が深い。

見るからに怪しくて、胸板も分厚かった。


それだけではなく、彼は監視している建物から人が出ると一瞬胸ポケットに右手を素早く突っ込んだ。

きっと咄嗟にピストルを握ろうとしたのだ。

そのときの男の黒いシルエットは、冒険小説の挿絵に出てくる悪役みたいだった。


「あれはドイツ軍のスパイに違いない!」


チャールズは興奮気味に話を締めくくった。

その話に、ビリーは半信半疑だ。

「お前、スパイ小説の読み過ぎだぞ。お母さんに禁止されてたろ。」

「本当だって!」

「どうかなあ。」


押し問答が続き、最後は二人で夜九時にベッドから抜け出して倉庫まで確かめに行くことになった。

空襲が来たときのために懐中電灯を親から貰っていた。そいつを持っていけば、きっと何とかなるだろう。


そう決めてチャールズはビリーと別れて家路についた。


家々の屋根の上には、防空用のバルーンが飛んでいた。

あの飛行船型バルーンが敵の飛行機を邪魔するのだとお父さんが聞かせてくれたけれど、チャールズには単にカッコよくて面白いものだった。


「戦争ってスゲえな。」


チャールズはバルーンを見上げてつぶやいた。


戦争になって変わったことと言えば、チャールズにとっては、

ラジオ番組が重々しくなったことと、

友達が疎開してしまって遊び相手が減ったこと、

お菓子と砂糖が配給制になって、おやつが食べられなくなったことだった。


早く終わってくれないかと思っていた。

あのバルーンを見るまでは。


空を見上げながら歩くと、家に着いた。チャールズの家は長屋だった。

狭くもないが広くもない。

中に入ると直ぐにリヴィングルームがあり、奥はキッチン、二階はベッドルームだ。

扉を開けて中に入ると母親がキッチン脇のテーブルに座って、鉛筆を握りしめていた。


「うちは家族四人だから、バターがあと二日ぶん…。」


配給制でやりくりが難しくなったベーコン等で、どうやって食事を作ろうか、必死に献立を考えているらしかった。


「ただいま、お母さん。喉がかわいたよ。」


チャールズが話しかけると、見るからに不機嫌な母親が


「うるさいわね! 茶葉ならもう配給で買った分は使っちゃったじゃない。来週まで白湯を飲みなさい。」


と鉛筆をへし折らんばかりに握りしめて答えた。

人は何かが足りないとイライラするものだ。

チャールズは、はあいと返事をして、コンロの上に乗っているヤカンからお湯をカップに注いで飲んだ。

カップは少し欠けていて、それはチャールズが三か月前にひっくり返した時に作った欠けだった。

母親には、あんたみたいに物を大事にしない子は、ずっとそのカップで飲んでいなさいと叱られたのだった。


その日の晩御飯は簡単なスープとパン、それにチーズだった。

チャールズは、それらをさっさと食べてベッドにもぐりこんだ。

もちろん、懐中電灯は毛布の下に隠してあるし、親からは見えない下半身は出かけるために半ズボンと靴下をはいたままにしておいた。

灯火管制でカーテンは閉めてある。

真っ暗でいつ空襲があるかも分からない夜だ。

三歳の妹も両親も早々と寝てしまった。


チャールズはそっと靴を履き、階段を下りてフックからジャケットを取って勝手口から抜け出した。

インナーがパジャマのままでもジャケットを羽織るとそんなに目立たない気がした。

いつもの道路を右に折れて、ビリーと約束した倉庫街に来た。


この前の空襲で飛び散った煉瓦やその破片、家財道具がまだ路地に落ちている。

ビリーは先に到着してたようで、倉庫の壁に寄りかかってポケットに手を突っ込んでいた。


「遅いぞチャーリー!」


チャールズの姿に気づくとビリーは文句を垂れた。


「お前はいつも、のろまなんだから。」


チャールズはビリーの言うとおりなので仕方がないなと思ったものの、謝るのも変だし、こういうときに何を言えばいいのか分からなかった。

母親が不機嫌なとき、ビリーが怒ったとき、空襲のとき、いつも俯いて地面の敷石を凝視して時間が経つのを待つしかなかった。


「それで、怪しい男があそこにいるんだよ。」


ビリーの小声に顔を上げて敷石の先をみると、倉庫街の向こうの方に人影があった。

帽子を被った、遠目から見ても大きな男だ。トレンチコートを着て、壁に背をぴったりとくっつけ、遠くの建物を凝視している。


「ほらな! スパイがいるって言ったろ」


チャールズはやっと自分のことをビリーが信じたことに、手を振り上げて喜んだ。


「絶対ナチスのスパイで悪い奴だよ! 毎日人を殺して回ってるに違いない」


そんなことを喜ぶもんじゃないぞとビリーにたしなめられた。


「もっと近くで見てみようぜ!」


チャールズはビリーの手を引っ張った。


「近くに行ったら、俺らが見つかっちゃうだろ。一周りして奴の背面からアプローチしよう。

あそこは空襲からむこう、土嚢が積んであったから、上手く隠れられるはずだ。」


ビリーの提案はもっともだとチャールズは思った。

倉庫街は産業革命期に作られ雑然とした並びになっている。

死角になりそうな場所ならたくさんある。

子どもしか通れない路地がどこにあるかも、ビリーは全部知っていた。

ビリーは嫌なことも言うけど頼もしい。


二人で建物を一回りして、路地を通って土嚢の裏に回り込んだ。

辺りには、空襲で崩れた家から運び込まれた家財道具も道端に積まれていた。

タンスにトランクに万力や金槌などの工作道具、鍋、オーブン、それに土嚢。見たことのない風景に仕上がっている。


大男はまだ張り込みをしている。

彼の視線の先は、何の変哲もない、特徴と言えば扉が赤い倉庫だった。


自分の背丈ほどある土嚢から、つま先立ちしてビリーが覗き見る。赤い扉から男が一人出てきた。

遠目から見ても生地のしっかりしたコートを着ており、帽子から覗く顔立ちが端正で、背がぴんと伸びた紳士だ。紳士は大男に気付いていない。


カチリ、と大男が胸から取り出したリボルバー式拳銃の撃鉄を起こした。


「おい、拳銃を出したぞ!

紳士が撃たれちゃう。」


チャールズがビリーの袖を引っ張った。


「確かに…こんな空襲の町で銃を持ってるやつなんて絶対怪しい。よし。あいつが紳士に行動を起こしたら飛び込もう。」


ビリーが思い切ったことを切り出した。


「そんなの殺されちゃうよ!」


「いや、相手だって子どもを殺して騒ぎを起こしたくないはずだろ。

遊んで迷い込んだふりをして飛び込めばいいんだ。」


ビリーの機転にチャールズは口を半開きにして感心した。

二人は土嚢によじ登り、いつでも乗り越えて大男のそばまで駆け寄れるように体制を整えた。

男が前屈みになり、足を踏みしめた。

銃を握った右手に左手を添えている。

紳士は腕時計を確認していて、全く気付いていない。

彼が建物の陰から、紳士の視界へと飛び出した。

「動くな。」

紳士は顔を上げた。

大男は拳銃を紳士に向けながら、一歩一歩紳士に近寄って行く。

紳士が後ずさりする。

じゃりっと靴底と煉瓦の破片が擦れる音がした。

二人は睨み合い、息を殺している。


「どうしよう! 紳士が撃たれてしまう。」


チャールズはビリーの袖を再び引っ張った。


ビリーはチャールズに、さっき転がっていた万力と金槌を取ってくるよう指示した。

二人は石畳の上に万力を置き、昼間拾った13mm弾を挟んで固定した。

ビリーは、こいつの雷管を金槌で叩きつけてやろうというのだ。


「大丈夫なの? 爆発しない?」


チャールズは心配そうだ。


「バカだな。爆発させるんだよ。」


二人の男がなおも睨み合っている。

大男が一歩一歩と紳士に詰め寄っていき、あともう2、3歩でお互いが殴りあえる距離になる。

大男の人差し指が引き金に力を込めた。紳士は唇を噛んだ。


パン。

銃声が鳴った。

大男と紳士は目を見開き、音がした方に反射的に顔を向けた。

二人の視界にビリーとチャールズが飛び込んできた。

ビリーは痺れた手を抑えている。


彼らは万力に弾丸を挟み、撃鉄の代わりに金槌の先の尖った方で雷管を打ったのだ。


爆竹の様に弾けた弾はどこかへ飛んで行ったようだ。

幸い、少年たちは手に軽い火傷をした程度で済んだ。

とっさに状況を理解した大男が


「子ども?」


と驚きを口にした。


彼は思いきり眉間に皺を寄せた。

鋭い目つきがよけいに鋭くなり、前傾姿勢になると分厚い胸板がさらに大きく見えた。


少年二人に大男が気を取られているすきに、紳士は大きく踵を返して全力で走り去った。

それを視界の隅に捉えた大男は、紳士を追うか、目の前の子どもたちを始末するかの判断に迫られた様子で、紳士と少年たちを交互に見た。


大男は紳士が逃げてしまったのを悔しそうに確認すると、自身も追いかけるために走りだした。

そして、首を後ろに向け、すくみ上っているビリーたちの方を見て


「失せろ《sod off 》」


と走りながら叫んだ。


「失せろだって。」


「先生にも母さんにもに言ったら怒る様な言葉遣いしてる。」


ビリーとチャールズは相手は本物のスパイなんだと確信した。


「お前、ドイツのスパイなんだろ!」

「銃なんか持ってる! 警察に通報してやる!」


大男は口を堅く結び、紳士を追いかけて一目散に走って行った。

速く走るためには右足と左足を交互に速く出せば良い、なんてことは分かってはいるけれど、あんなに人間の右足と左足が素早く動くものなのかとビリーは思った。


「うわ~速え。父ちゃんがクリケットで全速力を出したって、ああはならないよ。」


チャールズは、大男が走り去って行く背中を見て感動しきりだ。

二人は男の走る音があまりに静かなのにも驚いた。

無駄な運動エネルギーが地面と靴がぶち当たることで消えない様に、フォームを工夫している音だ。


「かっけえ~! 映画みたいだったな。」


ビリーも興奮気味だ。

走り去る謎の大男、逃げる紳士。

こんなスリリングな場面が、現実にあるなんて。


二人ははしゃいで土嚢を蹴飛ばしたりした。

今夜はなんて愉快な夜だろう。

二人がしばらく土嚢を蹴って遊んでいると


「おい!」


低く太い声が後ろからした。

肩をすくめてゆっくり振り返ると、さっきの大男が立っていた。


ランプの光が男の後ろ側から当たり、帽子を被った黒いシルエットが立ちふさがっている。

目だけがギラギラと獣の様に光っていた。

二人は飛び上がって土嚢に背中をぴったりつけて叫んだ。

まさか戻ってくるなんて、とビリーが舌打ちした。少し足を引きずっている。

それで、相手に逃げられて戻ってきたのだろう。


前は大男、後ろは道が土嚢で塞がっている。

土嚢を乗り越えようとしても、男の背丈では自分たちがよじ登っている間に捕まえられてしまうだろう。

そして男は銃を持っているのだ。

お気に入りの冒険小説でだって、こんな窮地は滅多にない。


チャールズが半べそをかき始めた。

男がつかつかと歩み寄ってくる。

ビリーが、チャールズより半歩出て庇うように立ち、男を睨んだ。


「あっ。」


ビリーの襟首をひっつかんで、男が自分に引き寄せた。

大きな影がビリーを飲み込んでいく様に見えた。

ビリーも抵抗してめいっぱい手足を動かし暴れているが、男には何の効果もないようだった。


「お願い! ビリーを殺さないで!」


チャールズが鼻水を垂らしながら、両手を胸の前に握りしめて泣いて懇願した。

男のシルエットがピタリと動きを止めてチャールズを見、深くため息をついた。


「クソガキは嫌いだ。」


ビリーの襟首を掴んだまま男は足を広げて手を伸ばし、チャールズの襟首も掴んで自分に引き寄せた。

チャールズは叫び声を上げて男の腕を握り抵抗したが、太い腕はびくともしない。

大男の腕ともみ合っている間にチャールズのジャケットがずれて、縞模様のシャツが露出した。


「なんだ、お前はパジャマじゃないか。

どうせ家を抜け出してきたんだろう。

警察に連れて行くからな、家に送り返して貰え。」


警察? 


イギリスの警察にスパイが子どもを届けるものだろうか?


「おじさん、ドイツ人エージェントじゃないの?」


ビリーも鼻水を垂らしながら聞いた。

男は鋭く二人を見据えて鼻から息を吐き出した。

ため息の代わりだろう。


「私はイギリス人だ。

今日びの子どもは低俗な冒険小説の読み過ぎだ。

家に帰って大人しく綴り方でも覚えてて欲しいもんだな。」


男は二人の襟首から手を離した。

手も大きく角張っており、甲には血管が浮き上がっていた。


「トマス!」


後ろから女性の呼び声がした。


「リリーか、この通りだ。」

「ええ? 逃がしたってこと?」


女性が後ろの方から駆け寄ってきた。

逆光でシルエットしか見えない。

それでも、カールさせた髪の毛が歩くたびにフワフワと肩口で揺れていることが分かる。

きっと若い女性なのだろう。


女性はヒールの靴でつかつかと歩いてきた。

トマスの近くまで来て月の光が当たると、彼女は真っ赤な口紅をしてピッチリしたジャケットを羽織り、襟元はつやつやしたスカーフを結んでいることが分かった。

鼻が小さく、上を向いている。

ともかく、この子どもを送ってやらないと、と、トマスが提案すると、

リリーは仕方ないわねと言いながら、子どもたちに歩み寄り、

チャールズとビリーの片耳ずつをギュっと捻って二人を自分に引き寄せた。


チャールズとビリーは悲鳴を上げて手をバタつかせている。

痛がる二人を睨みつけてリリーは説教を始めた。


「あんたたち! このおじさんは軍のお仕事をしてるの。

逃がしたのはドイツの悪い人。

それを邪魔してくれて、とんだ大迷惑だからね。

家に帰って綴り方でも覚えてなさい!

栄養不良って百回書くまで許さないからね!」


チャールズとビリーの耳はみるみる真っ赤になっていった。


「絶対長い綴りでしょそれ。」

「うちの母ちゃんより怖え。」


二人は顔をくちゃくちゃにして舌を出した。

目の前のどうしようもない光景と、標的を逃したという事実に大男トマスは右手で額を抑えている。


子ども二人を警察に届けて、両親にきつく叱って貰う様に警官にことづけを頼んだ。

こうしてトマスの頼み通りに、二人とも帰って母親から火傷に絆創膏を貼って貰いながらひどく叱られた。

チャールズの方は一週間、夕飯がパンとチーズだけになる罰を受けることになった。

母親は配給手帳を見て、これでベーコンが足りるわねと満足げだ。


チャールズは夜中に鉄砲玉を爆発させた冒険話をして学校の人気者になっていた。



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