第10話 私の友達

自分の教室まで戻る足取りは軽い。思わぬイベントがあって私自身正直浮かれている。


「生で見るのはやっぱすごいわぁ。リアルやったらめっちゃイケメン度あがってるやん」


 校舎に近づくにつれて少しずつ木々が減ってきたので、浮いている自分の気持ちを正すために頬を2回叩く。抜けて人前で関西弁が出てはフランソワの健康状態が危ぶまれる。


「ここからの私はフランソワ。誇り高き領主の娘よ」


 気合を入れて戻ろうとすると校舎裏から人の声と気配がする。世間話をしている声ではない。これは人を責めている時の声量だ。いくつかの声が聞こえるということは1人2人ではなさそうだ。

 「君子危険になんとやら……」声がする方を避けて教室に向かう。いくらイベントを起こしたいからといって厄介ごとに自分から飛び込む程、私も馬鹿じゃない。事情も分からい第3者が首を突っ込む方がかえってややこしくなる典型的なパターンだ。

 そういえばフランソワもユリィとアンを連れてアリスにちょっかい出すシーンがあったことを思い出す。大体は我慢してその場を流すシーンばかりで今思うとアリスの忍耐力には感服する。私なら我慢できなくて反撃して言い返してその場で乱闘騒ぎになってる自信がある。


「聞いているの!! アリスさん!! あなたの為を思って言ってるのよ!!」


 聞こえてきた責める言葉には知っている人物の名前が混じっていた。名前が同じ他人の可能性もあったが、思わず木に隠れて声の発生地の方を覗いてしまう。


 声を荒げている方は3人、対してその先にいるのは1人。

 奥にいる幼い顔つきと金色の髪がきれいな少女は間違いなく、私の知っているアリスだった。だが、表情にいつもの笑顔はない、有るのは悔しそうな表情だ。

 その姿を見た瞬間に何も考えずに3人の方へ駈け出した。


「あなたたち、何をしているの!」


 3人がこっちを見てくる。私は3人を知らないし、向こうもこちらを知らないみたいで怪訝な表情をしている。


「私たちはクラスメイトにアドバイスをしていただけです。部外者に口出しをしてほしくありません」


 さっき一番強くアリスを責めていた声の女子がはっきりと言い切った。


「アドバイスだったとしても言い方があるんじゃないの。その言い方だとただ責めているだけにしか聞こえないわ。それに部外者じゃないわ、アリスさんの友達よ」


 その言葉にアリスが驚きの表情をしてこちらを見る。3人はこっちを見ているせいでその表情には気づいていない。


「それで、アリスさんが何をして、どんなアドアイスを受けていたの? 教えて下さらない?」

「アリスさんはアゴン様のお誘いを拒否したの。だからちゃんと身の振る舞い方をアドバイスしていたの。当たり前の事でしょ」

「アゴン? 誰それ?」

「知らないなんてありえない! アゴン=リーゾル様よ。リーゾル領主をいずれ引き継がれる方よ」


 まったく聞き覚えがないという事はゲームには出てこないモブキャラという事になる。そりゃ私も知らないわ。

 私が首をひねる姿を見て3人が一層に怒り出した。そんなギャーギャー言われても知らない物は知らない。


「なんでもいいけど、断ったならそれはアリスさんの意思よ。そこにあなたたちが腹を立ててアリスさんに文句を言うのはお門違いじゃない。単にその男に魅力がなかっただけでしょ」

「アゴン様を知らないだけでなく、そんな侮辱を……。これだから土遊びをするような田舎娘は嫌いだわ。話をするだけ時間の無駄だわ。行きましょう」


 そう言って顔を真っ赤にした3人一緒に校舎の入口へと戻っていく。去り際にアリスに向けて『次はちゃんと誘われたら受けるのよ』と捨て台詞を吐いていった。

 土遊びっていうのは私の膝を見て言ったんだろうな。拭っても少し土の後が付いていたし。帰ったらホリナに怒られそう。



「大丈夫だったアリスさん?」


 アリスに近寄ると頭を深く下げて「大丈夫です」と言ってくる。頭を上げた顔は先日のアリスに戻っている。


「あぁ言うのにはね言い返さないとだめよ。どんどん調子に乗るんだから。アリスさんが優しいのは知ってるから、いきなりは難しいかもしれないけど、少しづつでもそうしなさい」

「重ね重ねありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」


 そう言ってまた頭を下げてくる。他人行儀な言葉使いから距離を取られているのがひしひしと伝わってくる。


「ねぇアリスさん。早速なんだけど明日一緒にお昼を食べない?」


 アリスがきょとんとした顔をした。とても可愛い。


「私とですか? その……いいんでしょうか。私なんかと。気遣ってくれて頂けるのは大変ありがたいのですが、ご迷惑をおかけしてしまうのではないでしょうか」

「迷惑なんかないわ。私はアリスさんと友達として一緒にお昼を食べたいの。それに迷惑をかけるとしたら私よ。私ついおしゃべりが過ぎて、アリスさんにお昼を食べる時間をなくしてしまうかも」

「それは……困りますね」


 そう言ってアリスが笑った。


「フランソワ様は私とお友達になって下さるのですか。廊下で2回もぶつかってしまった私なんかと。それに私は家の身分としては高くなんかないですよ」

「そんなの関係ないわ。それに文句を言う人がいたら私がぶっとばしてあげるわ」

「物騒ですね。さっき嘘でも友達と言ってくださった時はとても嬉しかったです。なので明日は是非お昼をご一緒させてください。美味しいお昼をご用意していきます」

「嘘なんかじゃないわ! 私はもう友達でいるわ! 私も、友達のユリィとアンもお弁当を持ってくるからみんなで交換しましょ。明日が楽しみだわ」

「そんな事を言って下さるなんて初めてです」


 アリスと一緒に笑った。フランソワとアリスが一緒にお昼を食べる。そんなシーンが起こることはありえない事だったけど、これはこれでいいのかも知れない。また2次創作を書くことになったらそんな題材で書いてみたい。

 笑っていると予鈴の音が響いた。アリスと顔を見合わせて無言のまま二人で教室へと駈け出した。

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