彼女達のプロローグ
そうだ!ザマアーをしよう!!
漆黒が空を支配し、月が淡く白い輝きを放つ静かな夜だった。
暗闇の中でも、突き出た塔が立ち並びその偉容が窺い知れる巨城。その一室で一人の少女が、大声をあげた。
その声の主は、艶やかな漆黒の巻き髪に深紅の宝石のような瞳をした少女で、直前まで読んでいた本をサイドテーブルにパサリと置くと、おもむろに立ち上がり叫んだのだ。
「私も、ザマァーがしたいぃっ!!」
黒色の調度が多い城内にあって、数少ない黒以外の配色が多いこの部屋は、窓辺のレースカーテンが白く、手前のカーテンは深紅に金の蝶と薔薇を描いたものだった。
季節は夏。今はカーテンは束ねられ、少女自慢の美しい絵柄は影に隠れてしまっている。
代わりに引かれた白いレースの隙間から、射し込む白い月の明かりが窓辺に置かれたサイドテーブルの上の書籍を照らす。
『またか!!』少女の部屋の片隅に待機していた男は、内心で呟いた。
「ライフ!ザマァーよ、ザマァー!!私もザマァーをしに行くわ!!」
高らかに『ザマァー』を連呼する少女の様子に辟易しつつ、苦言を呈するライフ。
「それは…無理では無いですか?現状、ローザ様に自由な時間は無いでしょう?」
部屋の片隅にいた男、ライフはローザの専属執事だ。灰色の髪を後ろに撫で付け、暗い赤色の瞳をした長身の男。
幼い頃より彼女に専属的にお仕えしているので主の思考や行動パターンと言うものを誰よりも熟知している。
だから、突如として言い出した突飛な『ザマァー』成るものも、直前まで読んでいた書籍の影響と推察された。
「それは…わかっているけど。…そこを何とかするのが執事の仕事でしょ!?」
違います!声を大にして言いたい、断じて違います!
瞳に我を曲げる気無しの光を宿し、唇を僅かに尖らせ、凡そ淑女には程遠い成を我が主たるローザ・ディオス・レヴァーロ様はしていた。
「……ご意志を、覆すおつもりは」
「無いわ!」
語気を強め、高らかにローザは、宣言した。
「私は、ザマァーを間近で見たいのよ!その場の臨場感、そこに至るまでの過程、それら全てを感じたいの!!だから、ライフ!私に知恵と力を貸しなさい!!」
昔からこの方は、言い出したら聞かない。
いえいえ、『有言実行』これが、ローザ様の座右の銘でしたかね。
「はあ……。仕方が有りませんね。ですが、ローザ様に自由な時間は御座いませんから、こちらで手配する……それでも宜しいですか?」
渋々妥協案を示した。これでもダメならどうしようも無いが……。
「それで良いわ。だからお願い、いい方歩を考えてね♪」
自分の要望が通ってにっこり、満足気な笑みを浮かべそう言った。
……え?案が有ったわけでないんですね?そして、要望『ザマァー』とやらを間近で見られる舞台を整えよ……と?
ローザ様。貴女ご自分が今、どの様な時期かお分かりですか?
ローザ様は、数週間後に結婚を控えた身。ドレスの手配は付け、会場の打ち合わせは済んでいるが、それでも遣ることは未々中途の状態で、日々各所との打ち合わせは継続中なのだ。
「ローザ様には、何か良い案は無いんですか?何にも無しに私に全てを投げ出されても困ります」
「無いわよ。だけど……そうねぇ。どうせやるなら、自力ではどうにもなら無いところからの挽回ザマァーが良いわねぇ~。その方がザマァーの時に、爽快そうだしぃー♪」
小首を傾げ、顎に人差し指を当てたローザ様が、また無茶振りを投げてきた。
どうにもなら無いって……。そんな物、何処から引っ張り出して来いと……?
「どうせならぁ。異世界×異世界で、文明対魔法的な?……あ、でもホームシックとかで話が進まないと困るから、助けに入る方は制限付で行き来できるようにしてあげて。逃げられても困るから、必ず動けない方に赴く事由も設けましょう!!」
要するに、一度目を付けられたら解決まで拘束されると言うことですね?
それにしても……異世界×異世界?ここから近い異世界って何処だ?そして肝心の『自力ではどうにもなら無い』位などん底か……。
「まぁ。善処はしますが、何処まで要望に添えるかはわかりませんよ?」
ライフは、この忙しい時期に更なる仕事が増え頭を抱えた。
◇◇◇
暗く、日も射し込まぬほどに鬱蒼と繁った草木に囲まれた、森の奥の小屋の中。
かつて艶やかだった金色の髪はくすみ、宝石のような翠の瞳は濁り光を失った。
体は窶れ、肌には皺が寄り、一見するとミイラと見ま粉う物。
とても、生きているとは思えなかった。
しかし、彼女はまだ生きていた。
普通ならとっくに死んでいる状態。それなのに生きている……生かされているのには、理由があった。
「いつまでそうしているつもりです。悔しくはないのですか?」
ご自身が手にする筈の座を奪われ、今尚、死に瀕する状態に留め置かれ、その力を蝕まれ続けていると言うのに……。
「……………………」
返事の声は無い。当然だ。相手は、もう何ヵ月も何も食べ物を口にはしていないし、自力で起き上がる事も正常な呼吸すら儘ならないのだから。
それでも生きている……生かされている。
何とも、辛い現実だ。
『…………あなたは?』
突然、視界の隅に現れた灰色の髪の執事姿の青年に、朧気な視線を向けようと眼球が僅かに揺れた。
出せない声の代わりに、心の声が応える。鈴の鳴るような凛とした可憐な声で、それが実際の音として鳴らないことが、残念で他ならない。
「申し遅れました。私めは、エターナルハインドと言う名の異世界。その異世界の魔界の王女ローザ・ディオス・レヴァーロ様が執事を勤めております、ライフに御座います」
恭しく、高潔なる主の代理として恥じぬ礼を作り、寝台の上の彼女に挨拶をする。
『異世界の……魔界の……王女様?』
異世界の魔界の王女なる者が、このように無様を晒す私になんの用なのか、寝台の主は動けぬ体で訝しんだ。
「左様で御座います。我が主は、あなた様のような御方を救いたいと望んでおられるのです」
魔界の王女が、この様に無様な成りに落ちた私を助ける?………一体、何の為に?
『だけど、そんなことをする目的は?利益に成る事なんて、何もないかと思うのですが……』
「目的……。目的は、御座います。ですが、それを口に出して公言するには憚れますので、そうですね……強いて言うのなら娯楽……ですね。あなた様が現状を打開し、輝かしく復活を果たす……その様、その光景をご覧になりたいと言う、言わば気紛れです」
魔族の執事ライフの言葉に偽りは無かった。言葉は多少選んで、より魔族らしい気紛れな事由を挙げただけだが、『ザマアーが見たい』と、そのまま言うよりも理に叶った申し分になった筈だ。
『私の……この現状からの回復が娯楽……ですか』
気紛れな魔族の親切は、やはり其らしく『娯楽』の一言に表されてしまう。
それでも、何も出来ない今を覆す一筋の光にも、差し出された一本の藁にも思える申し出で、寝台の主は、魔族の甘言を受け入れる事にした。
『私の名はレティシア・シュトーレンともうします。宜しくお願い致しますわ』
「それでは、同意と言うことで宜しいですね?あなた様は動けぬ身ゆえ、口頭での契約となります。私どもは、一度限りの縁に結ばれし協力者。今後あなた様の元には、あなた様の身の回りを改善するパートナーを派遣させていただきます。なに、我が主を含めるお三方はWin―Winの関係での始まりとなりますでしょうから、ご心配には及びませんよ」
『わかりました。それで、私の元に派遣されると言う方はお決まりで?』
寝台の主、レティシアは自分に協力すると言うもう一人はどの様な人物か知りたかった。
しかし、尋ねた執事からは何の回答も訪れない。
『まだ……お決まりでは無いのですね』
レティシアの声には、明らかな落胆の色が宿る。
「ははは……これが中々難航しておりましてね。候補は幾人かおりますが決め手に欠けましてね。……ご不自由でしょうが、もう暫しお待ちいただけますか?」
『わかりました。いつまでこうして生きていられらかはわかりませんが、いつまででも待ちますわ』
レティシアは、瀕死の状態で有りながら動けもせぬが、死にもしないと言う奇妙な状態に留め置かれていた。
本当の『死』が、いつ訪れるとも知れぬ恐怖は有るものの、それまでは時間なら幾らでもある。待つこと事態は既に苦痛では無いのだから。
苦笑を浮かべ、恭しく礼を取るライフはレティシアの返事の後、跡形もなくその場から煙のように跡も残さず消えた。
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