エビフライ

藤村 「エビフライ」


吉川 「……」


藤村 「エビフライ!」


吉川 「なんだ、唐突に」


藤村 「いいか? 言葉と言うのはあらゆる概念をともなって記号として存在するのだ」


吉川 「唐突過ぎて理解が及ばない」


藤村 「たとえば、面白い言葉というのがあるだろ?」


吉川 「面白い言葉?」


藤村 「そうだなぁ……だっふんだ。とか」


吉川 「言うに事欠いて、だっふんだ。か」


藤村 「あれは言葉自体には意味はないが、オチとしてつかわれることにより、このキーワードは面白いですよと言ってるわけだ」


吉川 「なるほど」


藤村 「そして言葉自体のもつ無意味さと音の感覚により、なんとなく面白い言葉のように思えてしまう」


吉川 「だっふんだ。がそんなに分析されてたとは」


藤村 「また、うんこ。と言う言葉があるな」


吉川 「言葉じゃなくてうんこもあるよね」


藤村 「この際実物のうんこについては置いておいて、その名称であるうんこを掘り下げようと思う」


吉川 「あんまりうんこを掘り下げたくないなぁ」


藤村 「うんこ。自体は極めて普通の名詞だけど」


吉川 「いや、結構特殊な名詞じゃないか?」


藤村 「その特殊性というのは、禁忌に触れるという意味で特殊なんだよ。汚らわしいからあんまり頻繁に使ってはいけない、という禁忌。それにより、子供たちはうんこ。に無限の面白さを見出す」


吉川 「子供はうんこって言えば笑うからね」


藤村 「つまり言葉と言うのは、それ本体の意味とは別にそれについてまわる概念により、意味をもつわけだ」


吉川 「なるほど」


藤村 「エビフライ」


吉川 「で、なんでそこでエビフライなの?」


藤村 「このエビフライはただのエビフライじゃないんだ」


吉川 「高級なエビフライなの?」


藤村 「そうじゃない。例えば、こういうやり取りをするとしよう。元寇というのが歴史にあるよね」


吉川 「あぁ、チンギス・ハーンと」


藤村 「エビフライ・ハーン」


吉川 「それは、フビライだね」


藤村 「……というわけだ」


吉川 「いや、勝手に納得されても」


藤村 「いままでただのエビフライだったものがオチとして昇華された瞬間だ」


吉川 「あんまりいいオチとは思えないんだけど」


藤村 「じゃ、例えば野球の実況中継で、バッター大きく打ち上げた。ショートのエビがバック、これは追いつくかー。エビキャッチ。エビフライに倒れました」


吉川 「ちょっと状況がシュールすぎて把握できない」


藤村 「いいか? 守ってるのがエビなんだぞ。なんかこう、そっちゃってるの。それがシュリンプッシュリンプッてバックして捕るんだよ」


吉川 「う、うん」


藤村 「エビが球場で守ってるんだぞ」


吉川 「ごめん。なんかそれよりも、お前の必死さのほうが面白くなってしまった」


藤村 「もう俺はエビフライと聞いたら笑わずにはいられない」


吉川 「それは奇妙な病気にかかってしまったな」


藤村 「エビフライ!」


吉川 「……はぁ」


藤村 「やべー。エビフライ面白いよ」


吉川 「そうか、それはよかった」


藤村 「あー。腹痛い。エビフライのせいで腹痛いよ」


吉川 「食あたりみたいだな」


藤村 「そう考えると面白い言葉、それ以外にも怖い言葉とかはいくらでも量産できるわけだ」


吉川 「怖い言葉もか」


藤村 「例えばお前はなにが怖い?」


吉川 「ゴキブリ」


藤村 「うひゃー。それは怖い。あまりに怖いからその話はしたくない」


吉川 「怖いなぁ。もう地獄だね」


藤村 「しかし、われわれには使命があるので意を決して望もう」


吉川 「何の使命もないと思うけど」


藤村 「例えば、あのテラテラと光る黒い昆虫が、壁にびっしりいるんだ」


吉川 「ぎゃー」


藤村 「それはまるで、黒い布をしきつめたように、もう他の色が何も見えないくらいにびっしりと」


吉川 「うぎゃー」


藤村 「そして触覚をヒクヒクと動かして」


吉川 「もきゃー」


藤村 「そんな状況を言葉にするならば」



暗転

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