浅野の場合-13-

 三日という時間は、浅野が思っていたよりも早く経過した。それは、彼自身が今日という日を然程待ち望んでいないからであろう。本当のメインは別にある――全ては、その日を迎える為の過程でしかないのだ。

「いらっしゃいませ」

「前も思ったけど、もう閉店してるのに『いらっしゃいませ』は無いわよね?」

「いえ、大事なお客様を迎えるには必要な言葉です」

「あら、それはウレシイわ」

 ふざけた様に明らかな棒読みで言ったのは、営業時間の終了した喫茶店に当然のように入って来た梟だった。彼女の服装は前日と同じだが、違うところは鞄を持っているぐらいである。三日前に約束したとおり同じ時刻に来た彼女を、浅野は丁寧に迎え入れた。無論、珈琲の準備も忘れてはいない。

「さて、頼まれていた情報を持ってきたわよ」

 梟はそう言って、カウンター席に座ると数枚の資料が入っているファイルを鞄の中から取り出して、テーブルの上に置いた。

「お忙しい中、ありがとうございます。こちらを、どうぞ」

 浅野は淹れたての珈琲を差し出す。まるで交換するように彼はファイルを、梟は珈琲を受け取った。

「……たった三日で此処までの情報を集めてくるなんて流石ですね」

「それくらいの情報は仕事の内に入らないわ」

 浅野はファイリングされた資料に目を通しながら、感心するように言った。対する梟は相変わらず多量の砂糖を珈琲に投下していく。自分の集めてきた情報に余程の自信があるのだろう。浅野が資料を確認している間、彼の表情を窺うようなことはしなかった。

「……成程」

 浅野は数枚の資料の角に折り目を付けると、ファイルを閉じて手元に置いた。

「お気に召す情報はあったかしら?」

「えぇ、候補としては何店か絞れました。後は、もう少し計画が進んでから決めたいと思います」

「そう、それは良かったわ。……それで、以前話していた『仲間』集めはどうなったの?」

 恐らく、甘くなった珈琲を啜りながら梟は問い掛ける。その味は浅野が届けたい味では無いが、彼女は満足そうだ。

「はい。裏社会にいた時から噂で聞いたことがある人や喫茶店を経営してから興味を持った人――仲間にしたい人物は揃っています。後は、私の努力次第でしょう」

「一人でも揃わなかったら?」

「その時点で失敗でしょうね。けど、おそらく上手くいくはずです」

「何故?」

「皆さん、私に似ている人物ですので。早速、明日から勧誘してきますよ」

 浅野は自分の分の珈琲を啜り、微笑みながら自信に満ちて言った。

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