第20話 三日目
リディたちの狩りは順調だった。
二日目は一日目と同様につつがなくヒジカ狩りを行うことができた。
二日目はリディの魔法の失敗もなかったので、一日目よりもスムーズだったと言ってもいい。
前日と同様に昼寝をしたリディとニケは夕刻近くに目を覚まし、前日と同様に町で昼食兼夕食を見繕いながら、荷車を借りるためにアグリカの家へと向かっていた。
「昼夜逆転生活も今日で最後だなぁ。今更だがニケは大丈夫か」
「なにが?」
「体調とか。夜ずっと起きてるのは体力的にも結構きついだろ?」
「夜明け近くになると流石に眠くなるけど、体調は……たぶん大丈夫」
「そうか、気分が悪いとかがあればすぐに言うんだぞ」
「言ったらどうなるの?」
「私が看病してやる!」
リディはそう言いながらにっと笑って胸を張った。
「気分悪くないからいらない」
ニケのそんなつれない態度に、リディは口を尖らせた。
アグリカの家で荷車を借り、夜を待ってケルベ達と合流し狩りへと向かう。
ヒジカは当然ずっと同じ場所にはいないため、昨日も残りの12頭をその時にいた場所で2グループに分け、1グループ分を狩った。今日は残りの6頭全てを狩るのが目標だ。
日が暮れるとヒジカの位置が明確に確認できる。
頭数が減ったこともあり、一頭ごとの距離は前日までと比べてちょっと長くなっているが、数はちゃんと6頭いて、問題なく一晩で狩ることができそうだった。
「よし、今日も狩りを始めるぞ!」
「おー」
お決まりとなった気合を入れる掛け声を発し、リディ達は狩りを始めた。
手順はいつもどおりリディが水の魔法でヒジカの角の火を消すのを基本とし、取りこぼしがあった場合にニケたちの出番となる。しかし、リディの魔法は精度が高く、万一にと備えていはいるがニケ達は正直言って暇だった。
そんなこともあり2日目途中から角の火を消してヒジカの動きが鈍くなってから、トドメを刺して、血抜きなどをするのがニケたちの仕事になった。
角の火を消し、トドメを刺して血を抜き、荷車まで運ぶ。3日目となり、10頭以上も仕留めていると、このサイクルが確立されていた。
「さあてと、これで全部かな?」
本日の目標としていた6頭すべてを狩り終え、仕留めたヒジカたちを荷車にのせた。
「いち、に、さん、し、ご、6頭! 3度目ともなるとそんなに感慨もないが、自分のやった成果がこうして積み上がるのを見るのは悪くないな」
リディが荷車に向かって悦に浸っているそばでニケは森の方を見ていた。
森の奥に明るく灯る炎の光。ゆっくりと上下に動くそれは段々と大きくなっているように見えた。
炎が大きく見えるようになるにつれて、響くような音が聞こえてくる。
音が大きくなるにつれて、炎の持ち主の姿も見えてくる。
燃えているのは大きな角だった。
暗い森の中、ずん、ずんと巨大な影が、荷車の方へと向かってきていた。
「ねぇ、あれもヒジカ?」
「ん? まだいたの……か?」
ニケの声で振り向いたリディの声が詰まる。
そこにいたのはリディの身長の3倍はあろうかという体高の巨大なヒジカだった。
「えぇ、でっか……」
思わずそんな声がリディから漏れた。
先程まで退治していたヒジカの体高はリディの腰ほどだった。
それを巨大にした存在がリディとニケの目の前にいた。体と同じく巨大な角は大きく炎を上げていた。
「あれは、怒ってるよな?」
「うん、たぶん」
単独行動を好むヒジカでも同胞の死体をみると、怒りという感情が湧くのか、その巨大なヒジカの角は言い様もなく激しく燃え盛っていた。
リディとニケは預かり物の荷車を破壊されないよう、荷車から少しずつ距離をとる。
巨大ヒジカはリディたちが移動するとしっかりと目で追ってきた。やはり敵意はリディたちに向いている。巨大ヒジカは鼻息を荒くし、移動するリディたちを見定める。
巨大ヒジカは狙いを定めるように頭を低く構えると、前足で地面をこする。ざっざという音がリディの耳に届く、獣特有の突進前の兆候だ。巨大ヒジカの前足の動きが止まる。そして、その前足が地面を強く踏み込んだ。
「ニケ! 避けろ!」
リディは叫んだ直後右に大きく飛び、そして突進してきた巨大ヒジカがすぐ側を通り過ぎていった。巨大ヒジカが通り過ぎた勢いで強い風が吹き抜けた。
猪突猛進とはこのこと、いやこの場合、鹿突猛進か。
(ニケは!?)
先程までニケがいた方を見るとそこにニケの姿はなかった。
巨大ヒジカにふっとばされた様子もない、別の方向を見ると――いた。
ニケはケルベに服の背中あたりを咥えられ、ぶらーんと吊り下げられていた。
巨大ヒジカが駆け出した直後、ケルベがニケを咥えて飛び退いたのだ。
(無事だったか)
ニケの姿を確認するとリディはホッと息をつく。そしてすぐに巨大ヒジカに目を向ける。
「巨大といえど、ヒジカはヒジカ。あれも依頼の対象、だな」
アグリカの依頼は『ヒジカ退治』だった。大きさは指定されていない。となれば、この巨大ヒジカも退治の対象だ。
「町の人達もこんなのが近くに住んでいては安心して暮らせまい」
リディは腰の剣を抜き構えた。胸元のペンダントが光って揺れる。
今までのヒジカとは話が違う、本気にならねば殺されるのはこちらだ。
人間本位かも知れないが、人を襲う、畑を荒らす、町の人々に害を及ぼす危険のある魔獣を放置するわけにもいかない。
リディの騎士としての矜持がそう言っていた。
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