第14話 ギルド


 リディとニケとケルベたちは翌日中にはイダンセへ到着できるところまで来ていた。途中若干街道が荒れているところもあったが、大きな川を渡ってからはまた街道がきれいになり始めている。これは大きな街に近づいていることの証左でもあると思われた。旅は順調に地図通りに進んでいる。


「ニケ、ちょっといいか?」


 声をかけるとリディは道の脇、地面が平らになっているところに腰を下ろし地図を広げた。


「今私達がいるのはこのへんで、目指しているのはこの大きな街、イダンセだ」


 リディは地図上で王都から見て北の方にある地点の2ヶ所を指差す。ニケは地図の縮尺がわかっていないので、リディが指差したイダンセと呼んだ街と現在の地点の具体的な距離はわからなかったが、地図上では2点の距離はわずかになっていて、もうすぐ着くのだということは理解できた。


「もうすぐ着きそう、だね」

「ああ。だが、イダンセに着く前に、手前にあるこの町に少し留まろうと思う」


 そう言ってリディはイダンセと現地点との間にある町を指差した。


「なんで?」

「私達の持っているお金がほとんど残っていないのは知っているな?」

「うん、リディがちょっと前の町でいっぱい食べた、から?」

「それは置いといて」


 両手でモノを持ち上げて下ろす仕草をして、何も聞かなかったように受け流す。


「お金がないと……問題?」

「あぁ、問題だ。イダンセはさっきから言うように大きい街だからな。そこそこ警備もしっかりしているという話も聞くし、街の近くで野宿などしていたら怪しく思われる。警戒されでもしたらケルベたちが見つかる可能性が大きくなるし、アサイクのようにちゃんと宿に泊まるほうが賢明だ、でも……」

「宿代がない?」

「理解が早くて助かる」


 リディはニヤッと笑みを浮かべると、イダンセの手前の町「リトナ」での資金稼ぎの概要をニケに伝えた。



「大抵の町には一つぐらいあると思うのだが……」


 リトナの町に到着したリディとニケは町の外に急ごしらえの拠点を作った後で、リトナの町を歩いていた。グルザ達がいたヨルクル村よりも少し大きい程度の町だが、この規模になれば冒険者ギルドがあるだろうと、町の様子を見ながらこうして歩いている。


「冒険者ギルドって、何してくれるの?」

「ん?仕事の斡旋だよ。ギルドはな、所属している人たちの大体の強さを把握して、その人に見合った仕事とかを回してくれるんだ」

「よそものでも大丈夫なの?」

「まぁ、いきなり飛び込んで実入りのいい仕事は流石に無理だろうけど、薬草や香辛料探し、庭の草むしりとかの仕事はやらせてくれるんじゃないか?冒険者なんて言っても基本的にはただの便利屋だよ。仕事の内容はピンからキリまで、キリを狙えばおこぼれぐらいあるだろう。……お、ここだな」


 町の一角にプレートが掲げられた建物があった。プレートには剣と盾のシンボルがあしらわれている。このプレートがこの国共通の冒険者ギルドの目印になっている。

 スイングドアを押してギルドの中に入ると職員と求職者と思われる面々が目に入る。全員で10人にも満たないが、この町の規模ならこんなものだろうと特に気にも留めずリディは足を進めた。

 王都にあるような大きいギルドになると、建物内の人の声でザワザワとうるさいものだが、ここの規模であれば受付での話し声が小さく聞こえる程度で落ち着いて仕事探しができそうだった。


 掲示板に貼られた依頼書は二十枚前後でそれぞれ担い手を確保するための賃金や文句が記載されている。数もそれほど多くないのでリディはとりあえず端から見ていくことにした。


 マンドラゴラ採取といった命がけのものから、ニケと話していたような薬草採取、簡単なところでは民家の掃除の手伝いといったものもある。

 あまり大きくない規模のギルドと言うこともあり、さすがに強力な魔獣退治の依頼などはなかった。


 それらの依頼の中でリディの目に止まったものがあった。


『作物を荒らすヒジカ退治 1頭あたり2万ジル 解体後のお肉も差し上げます』


「このヒジカ退治なんか手頃でいいんじゃないか?」


 依頼書を指差しながらリディがニケに振り向く。


「ヒジカって、なに?」

「馬はここに来るまでに結構みただろ?馬の頭に大きい角を生やして、3分の1ぐらいにちっちゃくしたのがジカっていう魔獣だ。んでヒジカっていうのはそのジカの角が燃えてるやつのことをいうんだ」

「強いの?」

「まぁ、流石にブータよりは強いが、私とニケなら大丈夫だろ」


 話が決まるとリディは受付へと向かった。係の者に話しかけると番号札をとってお待ち下さいと言われたので、言われたとおりに札をとって待合スペースの椅子で待つことにした。番号は8番だった。


 依頼書を見ていたときに聞こえた番号は3番だった。受付担当は2名いるので、あまり時間もかからず呼ばれそうだ。リディはニケを相手にボールの跳ね返ってこない会話のキャッチボールをして待つことにした。


「ニケは北の方の村出身と言っていたが、ヨルクルに行く途中にこの町には寄ったのか?」

「ううん」

「どこかの街にはよったのか?」

「うん、でも名前はわからない、見れば思い出す……かも」


 ニケの話を聞いていて、地図無しで旅をしていれば、まぁこういう感じになるかとリディは思った。町の入口にデカデカと名前が書かれた看板が整備されているわけでもないし、ニケは魔獣を連れていることもあり、町に寄るのは必要最小限にしていただろうから。


 とはいえ、以前聞いたニケの話を考えると6年ほどは旅をしているはずなのだ。その間この子はどこにも拠点を作らず、ずっと一人で魔獣達と旅をしていたのだろうか。

 ニケの心情は推し量れないが、リディにはそれはひどく寂しいことのように感ぜられた。


「8番の方どうぞー」


 リディが危うく悲しい気持ちになりかけていると、リディたちの番号を呼ぶ声がギルド内に響いた。

 その声を聞いてリディたちは話を切り上げて受付へと向かう。


 受付の女性は丸い眼鏡に尖った耳をしており、エルフという種族の血が濃いように見受けられた。

 だが、その性格は元来おとなしい傾向のあるエルフとは異なるようで――。


「こんにちはー!ご用件はなんですか? 依頼の発注ですか受諾ですか? あー、ちょっと待って下さいね。当てます、当てますよ! ちょっと待って下さいね。むむむ……」


 受付の女性はやかましく捲し立てると、人差し指をこめかみに立てて考え始める。


「うーん、軽装とはいえ、鎧を着た金髪女性。年齢は17、8でしょうか? それに……」


 リディに目を向けたあとで、今度はニケの方に視線を預ける。


「こっちは杖、いやただの木の棒?を持った少年。年齢は12歳ぐらい?」


 ふむふむと言いつつ、いくばくか女性は考え続ける。リディとニケはリアクションを取る間もなくボケーッと突っ立っていることしかできなかった。


「わかりました! ご用件は依頼の発注! 内容は貴族のご令嬢と下男の駆け落ち旅の護衛依頼ですね!」

「いや、違うが」

「うそっ!!」


 自信満々の受付嬢に即リディからの否定が入る。事実、受付嬢の言った内容はほとんど的外れだった。否定されたことが悔しかったのか受付嬢は口を尖らせている。


「えー、じゃあなんのようなんですかー?」

「あ、あぁ。依頼を受けたいのだが、あそこに貼ってあるやつ」

「あー、依頼を受ける側でしたか。何番のやつですか?」

「何番?」

「ん?お客さんここのギルドは初めてですかー?依頼書に番号が振ってあるんで、何番の依頼を受けたいのか見てきてくださーい」


 受付に言われたとおり壁の依頼書に向かって目を凝らす。さっき見ていた依頼書を見つけると確かに右上に「205」という数字があった。建物自体あまり広いわけでもないので、受付からあまり動かずとも十分見ることができた。


「205番だな」

「205番ですね。えーっと205番……、205番……」


 リディから番号を聞くと受付嬢は手元の資料をパラパラとめくりだす。壁に貼ってある依頼書が彼女の手元にまとまってあるようで、その中から目的の番号を探しているようだった。

 チラチラと見える資料を見た感じ、依頼書と全く同じ内容というわけではなく、依頼者の詳細や補足事項など、付加情報も記載されているようだった。


「あー、はいはいヒジカ退治ですね。いい案件ですよこれは。なんと言ってもコスパがいい! うん、いい案件です!」

「そ、そうか」

「お客さん番号のこと知らなかったから、ウチのギルドは初めてだと思うんですけどー、他のギルドで依頼を受けたことはあります?」


 受付嬢の話を聞いてリディは荷物をごそごそ漁ると、小さな赤い手帳のようなもの提示した。リディはヨルクル村に行くまでの道中で一度だけギルドで依頼を受けたことがある。そこで発行してもらったギルド帳だ。

 基本的にギルドで遂行した依頼の内容はこのギルド帳に記載される。ギルドに報告する際にギルド職員が記入して印を押すことになっており、依頼を失敗しても成功しても記載されるのだと発行してもらったギルドで説明を受けた。

 ちなみに依頼を出す側にも同様の手帳が発行され、そちらは青色をしている。


「はいはいーっと、お名前はリディさんねー。フルネームじゃないというのは、むふふな秘密を感じますなー。お、年齢は18歳! ビンゴじゃーん!」


 リディのギルド帳を見ながらペラペラと内容について声を出す受付嬢。別に知られて困る内容でもないが、こうもあけっぴろげに言うのはどうなんだろうと思うのはリディが真面目だからではないはずだ。


「えーと、達成依頼は1件。うーん薬草採りかぁ。ちょーっと弱いなー」

「弱い……とは?」

「実績ですよ実績。お姉さんの実績がちょーっとこの依頼を受けるには弱いかなーって」

「はぁ」

「ヒジカってまぁそんなに強いほうじゃないですけどー、あいつの角燃えてるじゃないですかぁ。当然不用意に近づけばその燃えた角を使って攻撃してくるわけで、そんなのまともに喰らったらヤバヤバのヤバじゃないですか」


 要はヒジカを倒す実力があるのかが薬草採りの実績だけだとわからないということが言いたいらしい。


「それで、その実績が弱いとこの依頼は受けられないのだろうか?」

「いやー、受けられますよーヒジカは自由受託禁止魔獣じゃないんで。でもでもこれはマジマジのマジな忠告ですけど危なかったら逃げてくださいね。ヒジカは魔獣の中ではおとなしい方なので、逃げれば追ってこないはずなんで」


 受付嬢は実力のほどがわからないリディに対してヒジカへの対応の仕方を教えてくれる。これがもっと実績を積んだ者だったのなら、この助言もなかったのだろう。

 この受付嬢は適当な人柄に見せかけて、ちゃんと人を見て対応を変えているということが伺えた。

 ヒジカの情報を織り交ぜつつ依頼に関する手続きを進めていく、依頼主の名前の確認や、受付嬢が参照していた詳細の書かれた依頼書の写しをもらい、受託書へのサインの記入などを行った。そんな受付嬢とリディのやり取りをニケは待合スペースの椅子に座ったままぼーっと見ていた。


「あ、そうだ。最後にこちら複数受諾可の依頼ですが問題ないですかー?」


 一通り書類の確認などをしたあとで受付嬢がそんなことを言ってくる。


「というと?」

「お姉さん以外にも依頼を受けている方がいるので、獲物が競合する可能性があるんですよー。その上で依頼を受けられますか? ということです」

「今何人が受けているのかはわかるのか?」

「ちょーっと待ってくださいねー?」


 受付嬢は手元の依頼書の束を置いて、今度は机の引き出しから別の書類束を取り出し、勢いよくめくっていく。喋り方からはポンコツな印象を受けるが、先程からの話の内容はしっかりしているし、こちらへの説明も的確だった。

 『この女、できる!』というのがこの短時間のやり取りでリディが受付嬢に持った印象であった。


「ありました、えーとヒジカ退治の受託件数は現在1件ですね。お姉さんで2人目なので、競合件数としては全然問題ないですね」

「依頼遂行時にこの競合してる人と出会ったらどうしたらいいのだろうか?」

「うーん、そのへんは各個人の自由ですねー。ギルドとして干渉しないので獲物を奪いあってもいいですし、分け合ってもいいですよー」


 『頭のいい人たちはたいてい分け合いますけどー』などと最後に付け加えるあたりに、この受付嬢の狡猾さを感じる。これで分け合わなかったらリディとその競合者は頭がよろしくないという烙印を押されるわけだ。


「まぁ、でもこの競合の方はギルスコ4以上の方なので、トラブルにはならないとおもいますよー。ひょっとしたら獲物を譲ってくれる可能性もあるかもー」


 ギルスコとはギルドスコアの略で依頼の完了時に依頼者および、受託者が相互につける点数を積み重ねて評価したものだ。

 評価には強さはあまり関係なく、取引上の真摯な姿勢のみが加味される。

 強力な魔獣退治などは依頼が成功すれば当然高く評価されるが、それのみではなく、例えば薬草採りだとしても、品質の良いものを集めたり、早く納品したりすれば依頼者からの評価は上がるので、実力は弱くともギルドスコアが高いという人もいる。

 また、依頼遂行時の依頼者と受託者のやりとりも評価項目として反映されているため、実力というよりも、取引する上での信頼度を評価したものということができる。


 点数は1点から5点で3前後が普通、4を超えるとギルド的にもかなり信頼をおける人物ということで、内密な依頼を打診したりすることもあると受付嬢が説明してくれた。


「はーい、じゃあこれで一通り手続きは完了でーす。ヒジカ退治にご出発くださーい。期限は特にありません。ただし、途中で諦める場合はその旨報告に来てくださいね。あと、全部じゃなくて何頭か倒しただけでも頭数に応じて報酬は支払われますから報告に来てもらって大丈夫です。でもでも、報告内容は依頼者や競合受託者の報告内容とすり合わせるので嘘はダメダメのダメですからねー」


 送り出すついでに報告時に虚偽説明をしないよう受付嬢に釘を刺される。ギルスコは信頼度を測るよいシステムだがその一方で評価を高めようと虚偽報告を行うものも多くなることも想像に難くない。

 他の証言とすり合わせを行うことで、虚偽報告の抑止を期待しているのだ。


「さっき行った通りヒジカの角燃えてるんんでそこは気をつけてくださいねー。お姉さんが怪我しても、ギルドは治療費出さないので」

「あぁ、それは大丈夫だ」

「へぇー、自信ありげですね。ひょっとしてお姉さんつよつよのつよですか?」

「あぁ、つよつよのつよだ」


 受付嬢に向けてぐっと親指を立てると、リディはニケを連れ立ってギルドをあとにした。


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