第11話 戯れ

「あ、来た……」


 リディとニケは適当な雑談で時間を潰していたが、突然ニケが顔を森の方へ向けてそう言った。


 その言葉を受けてリディも森の方へ意識を向けると、確かに圧迫感のある気配が近づいて来ているのを感じる。

 そして、害はないと頭ではわかっているが、リディの本能が逃げろと言っているのか、自然と体が強張ってしまう。


 そんなリディの様子には気づかず、ニケは気配がする方へ歩み寄っていく。

 ニケが木々の近くまで寄ると、森から黒い巨大な影がニケに飛びかかった。ニケはその巨体を受け止めつつ、そのまま地面へと転がる。

 飛びかかってきたのはケルベロスだった。自分の体重や力の入れ具合をちゃんとわかっているのか、飛びかかってニケを押し倒したケルベロスは体重を軽くかけるにとどめつつ、頭の一つをニケにこすりつけてじゃれている。


「よしよし」


 ニケは自分の数倍の大きさのケルベロスを言葉でなだめつつ、手で3つの頭を代わる代わる撫でている。


 しばらくそうしている間にグリフォン、バジリスクの二体もやってきた。彼らはこの森では客人のはずだが、森の木々をかき分け登場したときの重厚感ある振る舞いは、この森の主と言わんばかりでもあった。


 ちなみにニケに飛びかかってじゃれついたのは最初に来たケルベロスだけだった。

 他の二体は先にじゃれついていたケルベロスに遠慮したのか、ニケに少し近寄っておとなしく頭を撫でられているだけだった。

 この三体の中ではケルベロスが一番甘えん坊なのかも知れないと傍から見ていたリディは思った。


 リディが三体の魔獣を揃ってみるのはほとんど丸一日ぶりだが、改めて見てもその光景は壮観だった。

 遠巻きに見ていたリディもニケたちに近づき彼らの頭をなでてみる。


 勝手はわからないが適当になでてやると目を細めてくれるので、リディの撫で方でもそれなりに気持ち良さを感じてくれてはいるのだろう。

 身体の大きさはまるで違うが、こうしているとただの動物と変わらず、特にケルベロスの独特のもふもふ感は癖になるものがあった。


 ニケやリディと離れていた間彼らがどうやって過ごしているのかニケに聞いてみたが、ニケからは自分も知らないという答えが帰ってきた。


 ニケが言い聞かせていると言うし、人を襲ってはいないとリディは信じることにした。


 ……信じることにした。


「この子の名前はケルベだろう? 他の二頭の名前は?」

「グリフと、バジル……」


 隻眼のグリフォンとバジリスクの方をみてニケが彼らの名前を答える。

 ニケが命名したのかは定かではないが、三頭ともわかりやすい名前をしていた。


「誰もいないし……遊ぼうか?」


 ニケは魔獣達へそう言うと、手を空に向かって掲げて力を込めた。

 するとニケの手から発したように火球が出現し、徐々に大きくなっていく。

 直径がニケの身長ほどになったところでニケは『いくよ』というと、ケルベの方をめがけて火球をぶん投げた。


 投げられた火球をケルベは軽やかにかわす。

 火球は地面にぶつかると生えている草を焦がし、辺りに焦げた匂いが立ち込める。

 地面に落ちた火球を見ながらニケが引っ張るように腕を振ると、火球は見えない紐に引かれるようにまた動く。


 火球はニケの腕の振りに合わせて今度はグリフォンに向かっていく。火球に狙われたグリフォンは地面を強く蹴ると宙返りをしながら蹴り飛ばす。


 その様子を見てリディは思わず『熱っ!』と声が口から漏れるが、グリフォン自身は平然としている。


 グリフォンが蹴り飛ばした火球はニケのもとへ飛んでいき、ニケはその火球の勢いのまま、遠心力を利用するようにくるりと体を一回転させながら今度はバジリスクへと向かって投げる。バジリスクはそれをハエでも落とすように長い尻尾を使って『べしっ』と打ち返した。


 三体と一人はそうやって子供がボールを投げ合うような雰囲気で、巨大な火球を飛ばし合っている。なお、リディは消し炭になってしまうので参加できない。


 幾ばくかの時間をそうやって遊んで満足したのか、ニケは三体へもう終わりという風な両手を広げる合図をすると、火球を消してリディの方へと戻ってきた。


「あー、疲れた」

「だろうな」


 あれだけの巨大な火球を維持しながら操作するというのはかなりの負担になるはずだ。

 リディが同じことをできるかと問われれば『無理!!』と即座に答えるだろう。


 あの大きさの火球はなんとか作れるかもしれないが、もって数秒、長時間の維持操作などは無謀。

 とても『あー疲れた』などという呑気なセリフなどは出て来ない程の魔力的負担がかかるはずだ。


 が、ニケはその呑気なセリフを言っている。それが物語ることは……。


「ニケ、お前の魔法はなんて言うか……すごいな」

「……そう、なの?」


 ニケはリディにすごいと言われ、不思議そうにリディを見返した。

 ニケのやったように巨大な火球を作りしかもそれを操作するというのは高度な技術と大きな魔力が必要だ。リディにも当然できない。


 ニケは魔獣を連れて旅をしていて、必然的に人との接触は少なくなるので、自身の実量を知らないのは致し方のないことだった。


「自分が凄いことをやっているというのはわかっているか?」

「ウチの家系は凄いっていうのは、聞いたこと……ある」


 村が滅びる前、ニケは村の人から言われたことがあった。

 ニケの家に続くこの強大な力で、ニケの一族は魔獣と対等に関わることができるのだと。


「お前の村は本当に魔獣で魔獣を狩ることを生業にしていたのだな」


 聞いたことのない村だったこともあって、リディの中でニケの話は半信半疑に処理されていたが、先程見たニケの行為で現実味が格段に増した。

 あれだけのことができるなら、魔獣達がニケを襲うのにもそれなりのリスクが生まれるはずだ。それは抑止力として、十分に機能するように思われた。


「魔法を使って無理矢理この子達に言うこと聞かせてるわけじゃない……から」


 リディの考えを読んだようにニケがそんなことを言ってくる。


「僕の魔法程度じゃ、この子達には手も足も出ない……。でも、この子達は僕を守ろうとしてくれる……」


 ニケは少し困ったような表情をして、そう言った。

 リディから見ればニケの魔法はとんでもない芸当だが、そのニケの魔法でも魔獣たちには太刀打ちできないというのは紛れもない事実なのだろう。

 実際先程の遊びでも魔獣たちは熱がる様子もなくニケの火球を弾き返していたし、ニケ自身は物理的に守られているわけでもない。

 火球の操作で攻撃を防ぎきれなければ、じゃれ付く程度の動作でもニケにはひとたまりもないはずだ。ニケと魔獣の戯れは体を使って遊んでやれないからこそ、魔法を使って遊んでいるとも取れる。


 ニケの連れている魔獣は皆ニケよりも年上だ。

 ニケが生まれたときには魔獣たちは魔獣たちはニケの家、ひいては村を守る守護獣の役割を果たしていた。平時は村の外出て魔獣の狩りを手伝い、村の中では馬や牛の代わりの労働力としても働いていた。

 魔獣たちは自分たちより後に生まれたニケの成長を見守っていたし、母性のような感情があるのか、村を守れなかった罪悪感があるのか、村が滅ぼされてからはニケとともに旅をする中でニケを守るように行動してくれていた。


 ニケが詳しく聞く前に両親は他界してしまったため、グリフとバジルがいつからニケの一族に従っているのかはニケも正確には知らない。知っているのはニケが生まれるよりもずっと前からということだけだ。

 ただ、ケルベは違う。

 ケルベはニケが生まれる半年前、森の中でニケの父が見つけた。なぜか生まれたばかりで一体でいたケルベはニケの父が魔獣化していないことを確認し、村へ連れて帰った。

 生まれにあまり差がないためか、ニケとケルベには兄弟のような感覚がある。おぼろげな記憶だがケルベがまだ小さく、大型犬ぐらいのサイズの頃まではニケの家の中で暮らしていたこともある。それ以上大きくなってからは流石に家の中に入れるわけにもいかず、外でグリフや、バジルが面倒を見るようになったが……。


「村が滅ぼされて一人で旅をするようになって……。どこかの街に入るときにはこの子達に不便をかけるから、僕のことを忘れて、好きに暮らしてもいいよって言っているんだけど……」


 グリフの頭をなでながらそういうニケは、困った顔をしていたが、その表情には隠しきれない嬉しさが滲んでいた。


「すまなかった。私が思っていたよりもこの子達とニケは深い絆があるのだな」


 リディはニケと魔獣たちの関係性について誤解していたことを素直に謝罪した。別にリディはニケが魔獣たちを魔法を使って無理やり従わせていると断じたわけではないが、ニケから話を聞いて、すっと自然に口から出てしまったのだ。


「私にもこの子達が慣れてくれると良いのだが」


 ニケと魔獣たちの関係性を聞いてリディにはニケに対して羨望も生まれていた。

 モフりたい。いつでも自由にモフりたい。

 ニケたちに出会った初日、ケルベの体をクッション代わりにして一晩だけ寝かせてもらったが、寝心地は最高だった。

 剣で切りつけたときにはあんなに硬かった体毛だが、平時は非常に柔らかい。あの素材のクッションが売られていたら、大枚はたいて買ってしまうところだ。


 それに魔獣たちとともに旅をするのもいい。馬だと旅の途中で魔物が現れたら守りながら戦わなければ行けないし、魔獣が現れた時点で驚いて逃げてしまうかも知れない。

 その点、ニケが連れている魔物たちにはそんな心配もいらないし、旅の連れとしては最高だろう。


 リディがそんな妄想を膨らませていると、不純な心を感じたのかニケが質問を投げかけてくる。


「慣れたら何、するの?」

「背中に乗せてもらう!」

「ダメ」

「なぜだ!!」


 嬉々として答えたリディの願望に対してニケから即ダメ出しが入った。

 リディは魔獣たちをまだ、馬や牛などと同じ家畜として見ている。ニケにはそれが看過できなかった。

魔獣たちに聞くことができれば『別にいいよ』というかも知れない。しかし、それに甘えてはいけない。それでは『友達』という対等な関係ではなくなっていってしまう。

 魔獣たちはニケを守ってくれている。ニケを殺して簡単に自由を手に入れることもできるのにそれをせずにニケと行動を共にし、対等な仲間、あるいは庇護すべき子供として扱ってくれている。

 ニケはその恩に報いなければいけない。必要なときには遠慮なく頼らせてもらうが、現実的に力の差はあれど平時こそはなるべく対等な、『友達』のような関係でいたい。それがニケの望みだった。


「リディは移動する時に友達におぶってもらうの?」

「むぅ、そうか……そうだな、友達におぶってもらうのは違うな……」


 リディは少し不服そうな顔をしていたが、自身の友人関係に置き換えた質問をされ、ニケが望む魔獣たちとの友人関係を少し理解できた。そして、今後彼らと接するときには自身の友人関係に置き換えるのが有効だともわかった。


「つまり、フィリアと同じベッドで寝るように、ケルベたちをモフりながら寝るのはありなわけだな……」


 リディは小声で王都にいる友人フィリアとの関係に置き換えてみる。それによれば再びケルベの腹をモフりながら寝るのは可能なはずだった。


「なんか……言った?」

「いや、なんでもない」


 リディは自身の欲を心にしまい。ニケの質問をはぐらかす。


(旅が終わるまでには自由にモフらせてもらえるぐらい仲良くなってやる!!)


 新たな野望を心に宿し、リディは旅の新しい目標として心に刻んだ。


 一方でニケは、ケルベが寝る時にお腹を貸してくれることは『ニケに対してもめったにない』ということを黙っておいた。


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