第49話 全然、気づかなかった

 俺はダッシュを使い、赤髪に斬られそうになっていた城崎を突き飛ばした。


 その結果、肩に一撃喰らってしまったが、深い傷ではない。


 城崎が鍛えてくれたおかげで痛みには慣れているしな。


 俺は赤髪に視線をぶつけて対峙する。


「やっぱりお前が犯人だったんだな! 城崎に手を出そうとしていたようだが、そうはさせないぞ!」


「乳丸出しで何言ってやがンだ? サービスのつもりかよ」


 背後をチラリと確認する。城崎はじっと俺を見つめたまま固まっていた。


「まったくよォ! テメーはいつも俺様を苛立たせるよなァ! そこの女みてーにブッ刺して殺してやるよ!」


 赤髪が剣で指した方を向く。そこには、青髪の少女が倒れていた。周囲には血だまりができている。


「う、ウソだろ……。あれをお前が……?」


「ああ、俺がやった。顔は悪くねぇんだが、乳はデカくねーし、夜中に真上でアホとズコバコやっててうるせーし最悪だったぜ。奴隷としてなら傍に置いてやってもいいと思ったが言うこと聞かねーから殺した。どうした文句あンのかよ?」


 口元を歪めながら動機を語る赤髪。人を刺しておいて、そんな態度でいられるのかよ……


 ……ダメだ。想像よりこいつは危険だ。すぐに逃げた方がいいな。


 視線をリーシェルに向ける。可能なら連れて逃げてあげたいが……。あの出血量じゃさすがに……


「すまない」と心の内で謝って、身を翻し城崎に手を伸ばす。


 微塵も動く気配のない城崎は抵抗せずに俺に抱きかかえられた。奇しくも人生初のお姫様抱っこだ。


 この状況じゃなきゃ楽しめただろうな……


「させるかよ!」


 赤髪が駆け寄る。想像の3倍くらい速い。こいつ、そんなに強かったのか!?


 だが、俺の【ちくBダッシュ】はそれよりずっと速い。一瞬で距離を離し、逃げおおせた。


 このまま走り去ってしまおうと思ったが、


「…………彼は弓術が得意よ」


 城崎はボソッと助言した。


 そうだった。スキルを併用して広場で神業を披露したんだった。


 振り返ると忠告通り、赤髪は右手で矢を持ち弓を引き絞って、今にも射出しようとしていた。


 俺は咄嗟に右乳首を押し、【Aジャンプ】で浮き上がった。幸いにも、ここは木すらたまに見かけるくらいの草原だ。前みたいにぶつかることはない。


 飛んですぐ、足の裏を矢が掠った。100メートルは距離が離れていそうなのに、凄く正確な攻撃だな。スキル【対象感知】? だったか? それの補正とかもあるんじゃないのか?


 一発よけた後は、射程圏外なのか追撃は無かった。


 俺はダッシュで更に距離を離す。




    ◇    ◇




 俺は城崎をおんぶして草原を駆けている。お姫様抱っこも悪くは無かったが、両手が塞がるのはいささか不便だった。


 城崎は物言わぬ人形のように俺に身を委ねた。背中の感触が柔らかい……いいや、それどころじゃないよな……


『マスターそろそろ魔力が切れます』


 相棒がリミットを教えてくれた。『好調』でも、高原からこれだけ走れば限界に達するか。


「城崎、魔力が切れそうだ。余力は残しておきたいし、ここから歩いてもいいか?」


「…………好きにしたらいいんじゃないかしら……」


 か細い声でぶっきらぼうな返答をする城崎。


 ショック、だったんだろうな。俺も同じく衝撃を受けた。リーシェルがあんなことになるなんて……


 通常速度に戻し、草原を歩く。あいつとは距離があるから、まだまだ心配いらないだろう。


 俺が一心に進み続けていると、背中からぐすぐすと嗚咽が聞こえてきた。


「……泣いているのか?」


「……私が、泣くのはっ……おかしい?」


 状況を踏まえれば、おかしくはないが、いつも強気な城崎が泣くところは普段であれば想像できないな。


 城崎は俺の背中を濡らしながら、語り掛ける。


「どうして、私を助けた……の? 私なんか、見捨てればっ……良かったのに……」


「誰かが殺されかけていて、助けないわけないだろ。特に同級生のお前を見捨てるのは無理な話だ」


「私、あなたに……散々ひどいことをしてきたのよ……」


「そりゃあ……そうかも知れないけど、でも別に俺はお前が嫌いなわけじゃないし……」


「……意味がわからない。あなたって……そういう趣味があったのね……」


 泣きながら器用に俺を罵倒する城崎。癖になってんのかな?


「違う、俺にそんな趣味はない。ただ、お前だけだったんだ。俺に必死になってくれたのは」


 昔から、俺は周囲に疎まれていた。


「俺は行く先々で嫌われてな。毎回のように虐められていたんだ」


「当たり前よ。だって、あなたはおかしいもの」


「その自覚は無かったんだが……。でも、どこでも変わらずみんな最後には飽きるんだ。俺をいないものとして扱って、無視するようになる」


「当然よね。あなたは、言っても全然聞いてくれないから……」


「だから、城崎――お前には感謝している。俺を最後まで見捨てないで叱り続けてくれたのはお前だけだった。何回も言われれば、俺にだってどうすればいいのか少しはわかる。お前の言う通りの行動を心掛けたら、何故か周りから非難されることが少なくなった。城崎のおかげで、まともになれてる気がしたんだ」


 あんまりほめ過ぎるのもあれなので、「まあ、暴力は良くないと思うけど」と付け加える。


「私は……あなたを利用していたの、あなたに感謝されるいわれは無いわ……」


「それでも構わない。俺が勝手に感謝してるだけだ」


 そう告げると、城崎は少しの間考え事をするように黙り込んで、決心したように告白した。


「私は……友達が欲しかっただけなの。そのために、あなたに集団で暴力を振るうように仕向けていたのよ……愚かよね。バカにしていいわ」


 ……そうだったのか……全然、気づかなかった。


「そうか、城崎は――――俺と友達になりたかったんだな……」


「違うわよ!! あなたなんかと友達になりたいわけないじゃない!!」


 ぐすぐす泣いている最中だったくせに突然大声で怒鳴った。


 なんで!? 今そういう流れだったよな?


「はぁ……本当に、あきれた男ね……。さっきまでの雰囲気も、何もかもが滅茶苦茶よ」


「すまんな……」


 少しだけ調子を取り戻した様子の城崎は涙をぬぐった。


「でも、あなたの話を聞いて少しわかったかもしれない」


「何がだ?」


「彼――ヴォルドバルドも、あなたと同じなのかも」


「心外だな。あんな殺人鬼と一緒にしないで欲しいんだが?」


「あなたと同じく、きっと彼は彼自身が正しいと思ったことをしているだけなのよ」


「そう……なのか?」


 そうだとしたら、多少は共感できる。


「彼の世界では、人を騙し、命を奪いあうのが常識だったんじゃないかしら。だから、何の疑問も持たずに私たちを欺き、殺した。私とあなたの世界の道徳観がすべて正しいとは限らないけれど――人が人を殺めるのは、絶対に間違っていると信じているわ」


「同感だな」


 ふいに、城崎は俺の首をくいくいとつねった。降ろせ……ってことか?


 俺は背中の感触に名残惜しさを感じながら城崎を降ろした。


 城崎は赤く腫らした切れ長の目を真っすぐ俺に向ける。グッと心臓が掴まれる感覚があった。


「私、今から凄く正しくないことを言うわ」


 いつも正しいことを教えてくれた城崎がか? いったい何を話すつもりなんだろう。


「ヴォルドバルドを……止めたい」


 俺は虚を突かれ、素っ頓狂な声を上げた。


「はぁ!? 本気で言ってんのか!?」


「ええ……彼が間違えているのなら、それを知らしめてやりたいのよ。意趣返しというやつよ」


 俺を虐めるときみたいな気軽さで宣言する城崎。


 負けず嫌い……? それとも、パニックでおかしくなっただけか?


「命がけになるけれど、あなたはどうする?」


 どうやら、俺に参加を促しているらしい。


「まさか、俺が城崎のリンチに誘われるとはな……。ま、リンチされるのは俺たちの方だと思うが」


「強制はしないし、協力しなくても恨み言は口にしないわ。むしろ、その方が賢明よ」


 本気であいつとやり合うらしいな……


 とはいっても、応えは決まっているんだが、


「俺としても、あいつの凶行をこれ以上見過ごせないし、それに何よりお前を死なすわけにはいかない。初めに言っただろ? 。だから、ここでお前がいなくなったら困るんだ」


 俺は超カッコいい決め台詞を吐いた。


 城崎はバカを見るような目を向け、そしてほんの少しだけ口角を上げた。


「相変わらず自分中心の考え方しかできないのね、変態野郎」


「それが今からお前と共に命を賭けて戦う仲間にかける言葉か?」


「仲間…………ふふっ。特別に――あなたもそれにカウントしてあげてもいいわよ」


 妙に嬉しそうな表情の城崎。こいつのまともな笑顔を初めて見たかもな。思わずギャップ萌えしそうになった。


 城崎は遠くの景色を眺めはじめた。俺もその方向を見据える。


「それじゃあ行きましょう。グズグズしていたら彼に追いつかれてしまうわ」




 グズってたのはお前の方だろ、と内心突っ込みを入れながら、俺は後を追った。

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