第37話 なんでも頼んでください!

「城崎!? なんでここにいるんだよ!?」


「私がいたらダメかしら?」


「ダメ、では無いけど……おかしいだろ! わざわざこんなところまで来て何が目的だ!」


「目的なんて無いわ。早朝に騒音で起こされて眠れなくて、散歩していたらこの家に着いたのよ」


 こ、こいつ……。あからさまな嘘を言いやがって……。町から3時間かかるこの高原にたまたまたどり着くわけないだろうが!


「レイカさまはツバキさまが出発したすぐ後に家に来たんですよ。どうぞ、お昼ご飯です!」


 エルは肉多めのテールスープと付け合わせの塩漬けされた野菜を運びながら教えてくれた。どうやら城崎は凄く歓迎されているらしい。


 城崎のやつ、俺が留守にしている隙を見計らって取り入ったな! 


 経験でわかる。この女がたまたまタイミングよく俺が出かけた直後に訪問したわけがない。ミルク配達に向かったのを確認した後、家を訪れたのだろう。すでに来客として歓迎されている城崎を追い出すのは厳しいからな。


「ありがとうエルさん。いただくわ」


 狙いは知っている。エルがあの事件の犯人だと疑って捜査しに来たんだ。


「ツバキさま、どうかされましたか? 難しそうな顔をしていますよ?」


 大丈夫だ。エルは犯人じゃないし、それに俺がこの悪魔から守るからな。城崎に好き勝手な真似はさせないぞ!




    ◇    ◇




 食事を終え、部屋でくつろぐ……訳もなく城崎をじーっと監視していた。


 城崎は普段着の上にモコモコした上着を着ていた。ここが寒いと知っていて事前に準備していたのだろう。用意周到なやつだ。


「何かしら? そんなに見つめられると恥ずかしいわ」


 思わずドキドキしそうなセリフだが、そんな表情はおくびにも出していない。


 エルは外で牛の世話をしている。二人きりの今がチャンスだ。


「飯を食ったなら帰ってくれないか? いつまでも人の家に邪魔してたら迷惑だろ。そろそろお家の人が心配する時間だぞ」


 遊びに来た息子の友達に、言外に帰宅するよう促す母親の常套句を添えて威嚇する。


「……それ、あなたが言えたことじゃないわよね? ここはエルさんの家なのよ」


 バカにしたような目をする城崎。ぐぬぬ……言い返せない。


「お前の目的はわかっているんだ! エルを疑っているんだろ! それを見逃すことはできない!」


 語気を強めて、城崎を睨みつける。家主を害するつもりの人物を放っておけるかよ!


 すると、城崎は視線を窓に向けて冴えない表情で呟いた。


「…………そうね、私はエルさんを疑っているわ。けれど、やましいことが無いなら、私がいくら詮索をしようと構わないはずよ」


 城崎の言い分は正しい。しかし、論破されたことよりも気になることがあった。


 ――いつもなら、もっと突っかかてくると思ったんだが、らしくないな。


 さっきから、心ここにあらずって感じだ。意気揚々とエルの家に乗り込んだくせに、なんでそんなセンチメンタルになってるんだよ。


「……ま、お前がエルを調べるのは勝手だけど、それは無駄だぞ。エルにはアリバイがあるからな」


「アリバイ? それはどんな?」


「昨夜エルは牛を捌いていたんだ。俺が現場を見てすぐ帰った時、エルはここの近くにいたんだぞ」


「……そうなのね」


 やはりテンションが低い城崎。なんか調子狂うな……。


 バタンとドアが開いて、上機嫌なエルが姿を現す。城崎が来てからというもの、過去最高にはつらつとしている。


「お待たせしました! 今すぐお菓子とお茶を用意しますね!」


「ちょうど良かったわ。エルさんに頼みがあるの」


「はい! なんでも頼んでください!」


「昨日、牛を捌いていた場所を案内してくれないかしら?」


 落ち込んでいるように見えたが、しっかりとやるべきことはやるらしい。だけど、俺もそこを見てみたいな。エルはどこで牛を捌いていたんだろう。


「それは……構いませんが、面白いものじゃないですよ?」


「ええ、承知しているわ。でも興味があるの」


「わかりました。ついてきてください!」




    ◇    ◇




「さ、寒すぎる……」


 決して誰かがつまらないギャグを口にしたわけじゃない。物理的に寒い。


 高原から更に山を登り、うっすらと雪が積もっているところまで来た。


「同感ね……。どうしてエルさんは平気なのかしら……」


 腕を組み、身震いさせながら城崎が言う。エルはいつもの軽装のまま俺たちを案内しているが、凍えるような寒さを意に介さずルンルンと鼻歌交じりで進んでいる。


 きっとトウガラシを調合して入手したホットドリンクを飲んでいるに違いない。あれを飲めば寒さを無効にできるからな。


「つきました! ここが作業場所です!」


「ここが――そうなのか!?」


 割と驚いた。雪山にエルの家よりもデカい木造の建物が建っていた。作りは同じだが、大きさが全然違う。


 俺の身長の2倍くらいある大きな玄関扉を開いた先には、部屋の中央にポツンと捌かれた牛(アンドレアス三世)が吊るされていた。だだっ広い部屋には他に何も見当たらない。


「さっそく今日の分のお肉を貰います」


 エルは手にしていたナイフを使って、牛の肉を削ぎ取る。わざわざ少し遠いこの小屋に牛を置いているのは冷蔵するためだな。


 城崎はエルに目もくれず、キョロキョロと部屋を見回している。


「よく見ろよ。エルはちゃんと牛を捌いていただろ」


「ええ、そうみたいね」


 そっけない返事をし、部屋の観察を続ける。どうやらこの建物に興味を持ったようだ。ただの大きい建物だと思うが……何かあるのか?


 エルが俺たちの元に戻ってきた。


「夕飯のお肉をいただきました。レイカさま、どうですか?」


「牛の解体現場を見たのは初めてよ。とても感心したわ」


「それは何よりです! じゃあ帰りましょう!」


 特に何事もなく帰路に就く俺たち。城崎は何かを得たのだろうか?




    ◇    ◇




 家に戻り、エルが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついた。温かいお茶が冷えた体に染み込む。


 俺たちは菓子を食べながら茶会をしていた。


「ツバキさまとレイカさまは降臨前からお知り合いだったんですよね! どんな関係だったんですか!」


「うーん……友人、とかかな」


「百歩譲っても悪友の間違いでしょう。害になるのはあなたの方だけれど」


 エルが俺たちに質問をして、俺が答え、それに城崎が突っ込む。それが慣れ親しんだ部屋で行われるのは、奇妙な感じだ。


 例えば、こんな会話をした。


「凄いです! コウコウというところはお二人くらいの年齢の方がみんな一緒に勉強をする施設で、レイカさまはその中でとても優秀だったんですね!」


「その通りよ。私は優秀なの。どこかの誰かさんと違って……ね」


「俺を見ながら話すなよ……」


 城崎はいつもの調子を取り戻したようで、エルにはわからない程度に俺に悪態をつく。


 クソ……ちょっと心配していた俺がバカみたいじゃないか……。今ちょうどバカだと煽られた通りってわけかよ。


 なんだかんだで楽しい(?)談笑は続き、気がつくと夕方になっていた。


「城崎、そろそろ戻らないと日が暮れるぞ。俺が送ってやるから帰る準備をしろ」


「……そうね」


 城崎は窓の外の茜色に染まりつつある夕焼け空を見つめる。少しだけ儚げで、理知的な横顔は絵になりそうな美しさだ。雪色の髪飾りが夕日を反射し、景色をより精彩に引き立てる。


 ――黙っていれば、超美人なんだけどなぁ……


 つい見惚れていると、城崎はゆっくりと口を動かし始めた。


「エルさん……。もう一つお願いをしてもいい?」


「いいですよ! 何でしょうか!」


 エルは今日、城崎と会話ができて嬉しかったようだ。エルは元々プレイヤーに興味津々だったからな。俺以外とまともに会話をするのは初めて。喜ばないわけがないか……少し寂しいけど。


 城崎も……今日は楽しんでいるように思えた。最初は訝しげだったがエルの明るい性格につられて、最終的には仲良く談笑していた……と思いたい。城崎は裏であれこれ考えるのが得意だから表面だけ見て判断していいか悩ましいが、今日は本音で過ごしていたと信じたい気分だ。


 城崎は躊躇うように数秒間黙り込み、そしてエルに視線を送ると思いきって決心し、告げる。




「私、今日ここに泊まってもいいかしら?」

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