第13話 一緒に帰りましょう

「ツバキさま! 大丈夫でしたか?」


 エルは俺の首を注視した。さっきヴォなんとか……赤髪に絞められたところだ。


「ああ、大丈夫だ。それより悪かったな……失望しただろ」


 情けない気持ちで胸がおっぱいだ。おっぱいじゃない、いっぱいだ。いや、おっぱいは胸だが。


 こんなつまらなすぎるギャグがつい思い浮かんでしまうくらい俺の心は疲弊していた。


 俺はスキルを使えなかった。それどころか嘘をついて無様にも赤髪の怒りを買い、なすすべもなく殺されかけた。


 きっとエルも、こんな情けない姿を見せた俺に落胆しているに違いない。


 ――だが、


「失望なんてしません! わたしはツバキさまが勇者さまだと信じています!」


 エルは前のめりになり、語気を強めて反対した。


「さっきのヴォルドバルドと呼ばれていた勇者さまをわたしは許しません。ツバキさまのことを信用せず暴力に訴えるなんてひどいです!」


 どうして彼女はここまで俺を慕ってくれるのだろうか。少し過剰ではないかと思えるほど俺を肯定してくれる。


「でもあいつだってエルが待ち望んだ勇者なんだろ? それに向こうは本物の勇者の証としてスキルを使用した。それに比べて俺は……」


 何もできなかった。城崎に認めて貰えなかった。スキルも使用できなかった。俺が本当に彼女の言う勇者だと証明する証拠なんてないじゃないか。


「いいえ、ツバキさまは勇者さまで間違いありません。そして、わたしがお慕いしているのはツバキさまだけです。信じています、その言葉だけでは不安ですか?」


 エルは目を潤ませて俺の言葉を待っている。


 ……信じてくれる理由がわからない。だけどエルの熱のこもった一挙一動はとても嘘を言っていると思えない。演技ではない。本心で語っている。


 これ以上『何故だ?』と問うのは野暮だろう。エルが俺を信じてくれていると信じよう。


「いや、十分だ。ありがとうエル」


 そういうと彼女は頬を緩ませ、安堵の笑みを浮かべた。


 エルはこんな俺を信用してくれる。だから、そう心に誓った。


「ありがとうございます。わたしは決してツバキさまが嘘つきだなんて思いません。あの時、ツバキさまがって信じています!」


 ………………。


 ……………………ごめん、エル……それは、嘘なんだ……。


 俺は純真な少女を騙してしまったことを心のうちで懺悔した。




    ◇    ◇




 エルは引き続き広場でバターとチーズを売っている。この町には知り合いが多いらしく老若男女問わず次々とエルは声をかけられていた。エルはその人たちと世間話をした後、商品を渡し対価として1つにつき4Gゴールドを受け取っていた。


 Gというのはこの町で通貨として流通している金貨のことだ。1Gは日本円で何円……だろうか? そう思い周囲の露店の値段をチェックした。牛肉の塊が20G、名前がわからん魚が一匹15G、その他に野菜が……うん、さっぱりわからない。


 だって俺はスーパーで買い物とかあまりしなかったから肉とか野菜とかの適正価格がわからない、だからここにあるものと比較できない。この世界にゲームソフトが売っていれば携帯機なら5000円、据え置き機なら7500円で計算できるのに……。


 そんなことを考えながら俺はエルの周りをうろついていた。さっきの騒動のせいもあって、俺が販売してもさっぱり売れなかったので、既に自分の分を売り切ったエルに全部任せていた。


 一人の老婆が杖をつきながら俺たちに近づいてきた。このばあさんもエルの知り合いだったようでエルと会話を弾ませる。


 話の途中、ばあさんはとある事についてエルに質問した。


「もうミルクは販売できないのかしら」


 ミルクか。そういやエルはチーズとバターは売っていたがミルクは売っていなかったな。牛から搾乳したのをそのまま売るだけなのになんで売らないんだ?


「ごめんなさい。どうしてもロバを買うお金がなくて……」


 エルはしゅんとうつむいて答えた。


 ロバってあの馬みたいな動物だよな。なぜここでロバが出てくるのだろう。


「謝ることはないわ。ただ、また昔みたいにエルちゃんのところから採れたミルクを飲みたいなって思っただけなのよ」


「わたしもいつかもう一度届けられるようにしたいとは思っているんです……」


 話題を変え引き続き世間話に花を咲かせた後、老婆はバターを買ってゆったりした足取りで立ち去った。


 エルのかごには商品が数個残っているのみになった。エルは声かけを止め、傍に立っている俺に声をかけた。


「ツバキさまのおかげで今日はたくさん売れました! わたしは日が暮れる前に家に帰ります。ツバキさまはどうされますか?」


 どうするっていわれてもなぁ……。宿に泊まる金は無いし、広場の一件もあって勇者だからと歓迎されたりはしないだろう。行く当てがない。


 俺が悩んでいるとエルは助け船を出してくれた。


「もしよろしければ今日もわたしの家に泊まりませんか?」


「それはありがたい誘いだが……いいのか?」


「はい! 是非泊まっていってください!」


 エルは満面の笑みで受け入れてくれた。だったら遠慮せずに泊めさせてもらおう。


「じゃあ、悪いが今日もよろしく頼む」


 しかし、こんな美少女とひとつ屋根の下なんて心を弾ませずにはいられないな。正確には昨日も泊まったが自分の意志で泊まるのは初めてだ。


 うっかり着替えを覗いてしまったり、風呂で鉢合わせしてしまったり、転んだ拍子に胸や股間に飛び込んだりおっぱいを揉んだりパンツを脱がしたり、エッチなトラブルを期待せずにはいられない。俺だって元男子高校生だからな。 




「ではツバキさま、暗くならないうちに一緒に帰りましょう」

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