彼女の敵は正義の味方

亞泉真泉(あいすみません)

第1話

『まさに! 目の前に! 出てきたー!』


 ニントモからのメールにバクヒロは思わず舌打ちをする。

 あれだけ言い聞かせたのに、なんで勝手な行動をするんだ。


 鼓動が激しいのは運動不足のためか、それとも血が躍ってるためか。

 不本意なアクシデントなはずなのに高揚感で思わず顔がにやける。


 離れた場所からビルに反射して破裂音が聞こえてきた。

 現場は近い。


 だらだらと退避する市民たちとすれ違う時だけ、バクヒロは顔を俯け深刻そうな表情を作る。

 街頭のスピーカーから流れる警報音も耳に馴染み、誰も耳を傾けていない避難を促す放送が虚しく繰り返されている。


 角を曲がり目に入ったのは、まさしく戦場だった。


 路上に駐車されていた車がひっくり返っている。

 この臨場感、スーパーヒーローウォッチャーのバクヒロとしては思わず身震いせずにはいられない。


 実際の街で繰り広げられるスーパーヒーローショーは、無人のカメラで撮影され、派手なエフェクトを付けて編集されて配信される。

 国民の多くを熱中させたこのコンテンツも、テレビで放映されることはなくなり、会員制動画配信サイトで見られるマニアックなコンテンツになっていた。


 人気のいなくなった通りで、小さな男が奇妙な動きをしている。

 往年のスーパーヒーローのヘルメットをかぶったニントモだ。


「そんなところで踊ってたら見切れちゃうよ」

「踊ってないぞぃ。弟者が見つけ易いようにポーズを決めてたんだかんな」

「戦いの邪魔にならないように見守る、これはヒーローウォッチャーのマナーなんだから」

「おお、知ってた。よし、ここから出ちゃダメだかんな。出たら罰金だぞぃ。あ、空中はあり?」

「そんな厳密なルールは作らなくていいよ」

「そんなこと言うなら出ちゃうかんな。罰金じゃないなら出ちゃうぞぃ~」

 ニントモは建物の影から飛び出て、なんだかわからない変身ポーズを決める。


 ニントモのヒーローヘルメットの淵からは赤毛の巻毛が縁取るようにはみ出ている。

 バクヒロの剣山のような黒髪とは大違いだ。

 この背の低い赤毛の落ち着きのない男子はバクヒロの盟友で、数少ないスーパーヒーロー愛好家だ。

 同い年でクラスは違うけど学校は一緒。

 赤毛のパーマは地毛で、父親がハーフの日本人、母親もハーフの日本人という、複雑な血筋の日本人。

 海外には「泳げないから」という理由で行ったことがないらしい。


 バクヒロとニントモは共にスーパーヒーローに夢中ではあるが、微妙に趣向が違う。

 ニントモは古い特撮やアニメなどの虚構のスーパーヒーローが好きで、バクヒロは現実で実際に戦っているスーパーヒーローが好きなのだ。


「なにやってんの! 出ちゃダメだって」

「だって今のは空中だからギリギリセーフだぞぃ」


 はしゃぐニントモを見てバクヒロの表情は固まった。


 その背後にはスーパーヴィラン、ビンビントリッキィが絶望という衣を纏って立っていた。


「ここはガキの遊び場じゃねぇ。帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」

 改造バイクの排気音のような甲高く耳障りな声でビンビントリッキィが言った。


 でかい。

 いくらニントモの背が低いと言っても差がありすぎる。

 2m近くはあると思われる。


 派手で目が痛くなるような色使いの服、しかも電飾がキラキラ光っている。

 ガスだかオイルだかの科学的な異臭、そのすべてが威圧感として襲ってくる。


 間近で見たその迫力に、思わず言葉も出ずに後ずさる。


 さすがにここまで近づいてしまうと傍観者として楽しんでいる余裕はなく、ただ生物として備わった恐怖感が身体を支配する。

 この怪人は、バクヒロたちを簡単に殺せるほどの能力を持っているのだから。


 ビンビントリッキィが腕を振り上げると、ビルから煙が上がり地面が震えた。

 空気爆弾だ。

 ビンビントリッキィは、高弾性のゴム状物質を操る怪人で、高圧縮された風船で爆発を起こし街を破壊するのだ。


「そこまでよ!」

 交通標識のポールの上、なにもわざわざそんなところに、という場所に背筋を伸ばして女性が現れた。


 お待ちかねのスーパーヒロイン、フローラルキティンだ。


 大きな瞳と獣の耳を象ったマスク、口の周りは覆われてないので真っ赤な唇が印象に残る。

 ピンクを基調にしたタイトなミニスカート、赤と白の散ったファッションはかなり露出が高く、へそまで出ている。


「会いたかったぜ、メスネコよぉ」

 ビンビントリッキィが振り返り下卑た声をかける。


 フローラルキティンはポールの上で器用に決めポーズを決めた。


「咲く花、散る花、薫る花、刹那の艷に命を燃やし、世を彩る。魅惑の花天女、フローラルキティン。ここに繚乱!」


 ついにここにスーパーヒロイン、フローラルキティンとスーパーヴィラン、ビンビントリッキィの戦いが幕を開けた。


 バクヒロが逃げようとすると、ヒーローヘルメットがみぞおちに向かって飛び込んできた。


「危ない、弟者!」

「おぅふっ」

 バクヒロは思わずうめき声を漏らして転げる。


 地面はビンビントリッキィが破壊した瓦礫だらけで背中のダメージが深刻だ。


「まさに危機一髪だったぞぃ」

「それほど一髪な場面じゃなかったよ」

「ここはニンに任せて、弟者は先を急げ!」

「なに言ってんだ、ニントモも一緒に行かなきゃ」

「おお、知ってた。ここはあいつらに任せて、ニンたちは安全な場所で覗き見するぞぃ」

「最初からそっちにいればよかったのに」


 予定されていない人物は戦闘に介入することはできないし、カメラに映ることもない。

 あまりルール違反を繰り返すと、賠償金が発生するという話もある。

 そうでなくても、ヒーローウォッチャーを語るからにはマナーはきちんと守っていきたいのだ。


「そうと決まればいつまで寝てるんだ弟者、行くぞぃ」

「好きで寝てるわけじゃない」


 起こされて戦闘予定区画の外に向かおうとすると、ニントモが足を止めて振り返った。


「おーい、ビンビントリッキィ! ここは引くけど、ママのおっぱいをしゃぶりに帰るわけじゃないかんな!」

「そんなこと断らなくても大丈夫だよ」


 ニントモの手を引き、頭を下げながら前もって調べておいた観戦ポイントに移動する。


「なぁ、ニン映っちゃうかな」

「あのね、ヒーローウォッチャーとして見切れは恥だよ!」

「しかたあるまい。これも運命さだめ。我々は神が作りしシナリオの上で輪舞曲ロンドを踊るマリオネットでしかないのさ」

「それ何のセリフだっけ。まったく、またネットで叩かれちゃうよ……」


 スーパーヒーローを心から愛する少年、バクヒロ。

 この物語は彼の物語であり、ゆえにスーパーヒーローの物語ではない。


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