第3話 怪物


 肺が急に圧迫された為、目玉が飛び出そうになるが、気合いでそれを抑えた。


 未だ圧がかかり続ける背中に視線を向けると、川と同じ色のが見えた。


 それは予想以上に大きいらしく、全体を把握することはおろか、首を動かすことも出来ない。



「ミツキ…無事であるか…ッ!?」


「…ぁ。」



 怯むような、か細い声が聞こえ、手前の不安は大きく煽られた。


 今、ミツキが何を見ているのか、話せる状態か、動ける状態か。


 視界に映るのは、顔に当たる河原の石たちのみである。



「ミツキ、無事なら返事をして欲しい!!」


「…あ…ぶ、無事です…!」


「…。」



 ミツキの返答から、彼女が話せる状況にあることは察せた。


 思ったよりも遠い場所にいるらしい。



「ミツキ、今見えているものを教えて欲しい。」



 少しの間、沈黙がその場を支配した。


 不思議だ。


 少しは時間が経っているはずなのに、手前の背中の化け物は、全く動く気配を見せない。



「……怪物…紫色の、ヘビみたいな怪物です…っ!」



 震えたような声が聞こえると、背中にかかる圧が、さらに強まった。


 いつしか地面に埋まってしまうのではないか。


 徐々に増していく圧力は、それを実現しようとするかのようだ。



 どうすればいい。


 川の怪物。紫色のヘビ。


 少し遠くで怯えているミツキ。


 河原に埋まったなんて、そんな馬鹿げた死に方があるものか。


 埋まる前に全身の骨が砕けそうだ。



 どうすれば、この状況を打破できるのか。



「ミツ…キ、落ち…着いて、聞いてくれ…。

手前はとても動けない…!

骨もミシミシ言っているし、とても重い…!

だから、ひとまず…逃げて欲しい。

ここから離れるんだよ、いいかい?」


「…。」



 ミツキがどんな顔をしているのか、石を見つめる手前にはわからない。


 ただ、河原に響く足音が遠のいていく。



 やがて足音が聞こえなくなった頃、背中にかかる圧が弱まっていることに気がついた。


 しばらく待ってみると、首の自由が聞くようになって、手足を使って怪物の下から這い出ることが叶った。



 やっと自由になった体を起き上がらせて振り返ると、そこはまるで何も無かったかのように静まり返っている。


 怪物がいた形跡なんてない。


 川の水と汗で濡れた背中が、現実なのだと教えてくれるが、それが無ければ今までのこと全部、夢だと思ってしまいそうだ。



「ミツキは…!?」



 辺りを見渡しても、ミツキの姿は無かった。


 きっと、遠くへ逃げてくれたのだろう。


 なんにせよ、この川は危険だ。


 手前は後ろを振り返った。

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