ほおずきの咲き乱れ道中
光星
第1話 渡し人、ほおずき
桜舞い散る町の道。
あの国は、四季折々に姿を変えた。
首都部の発展に連れて景観も変わるから、いつ見ても興が覚めることは無く、小さい頃なんかは毎日木登りをした。
手前に息子ができたら、木登りのコツでも教えてやろうか。
まずは嫁探しだが…。
家に帰ることが出来たなら、まず初めに庭にある欅の木にでも登ろう。
眼前に広がる流域面積の広そうな川と、暗く、濁った空を見上げて物思いにふける。
雲に覆われているのか、辺りは暗いのに、星のひとつ見ることも出来ない。
流れの早そうな川には橋が架かっておらず、人の子ひとり見当たらなかった。
川の向こうは見ること叶わず、黒い霧に覆われているかのようだ。
後ろに道はない。
前か後ろか、どちらかに進めというのならば、手前は前に進むべきだろう。
迷った時間は短かった。
人生山あり谷あり、迷ったら前に進めばいい。
そんな能天気思考が、頭の中を覆い尽くす。
手前に残る最後の記憶は、驚く程に美しい、赤い薔薇のような花弁が舞う市中。
ここまでどうやって来たのかはわからないが、それはあとからにでも知ればいい。
最後までわからなくたって、特にそれほど重要ではない。
とにかく今は進もう。
家に心残りがあるわけでも無かったが、物思いにふけった時より、無性に欅の木に登りたくなってきた。
きっと、この季節なら紅葉が綺麗なはずだ。
「おやおや、これは珍しいお客さんでありんすねえ。」
ふと、どこからか声が聞こえた。
その場で一回転してみるが、やはり誰もいやしない。
凛とした先程の声音は、1度聞いただけで脳内に深く残り、反響する。
「き、貴殿は誰であろうか。」
「こなたの川の渡し人、ほおずきと申しんす。」
やはり、姿は見えない。
だが、ハッキリと名乗ったことから、これが空耳や幻聴でないことは確認できた。
周りの雰囲気から、ここが手前のよく知る市中でないことは確か。
何か、特殊な術で身を潜めているのかもしれない。
「貴殿に問いたい。ここは何処だろう。」
しばしの沈黙。
先程の問いにはすぐ答えてくれていたのもあって、少し心が揺れた。
「こなたの川を渡っておくんなまし。
なれば、ほおずきはぬしに会うことができんす。」
「川とは、この川のことかい…?」
それ以降、いくら問いかけても返事が返ってくることはなかった。
鈴を転がすような美しい声、その主に会ってみたい。
そんな好奇心が心の八分を埋めつくし、手前は川に近づいた。
二分の恐怖心には知らぬふりをしたまま。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます