第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 3
フロントマート池袋東五丁目店も、世の中の多くのコンビニ同様、ぎりぎりの人数でシフトが回っている。
それだけにオーナーで店長の
「そうでなくともいい加減いい年だし、体壊しそうな気もするけど」
その時お客の入店音が響き、入り口を見て、
「いらっしゃ……あれ!?」
そこに意外な、そしてこの時間に遭遇するには少々問題のある顔を見つけた。
「
「……ども」
仏頂面でカウンターに来たのは、今年十六歳の
「……お父さん、いる?」
学校のジャージだろうか。使い込んだジャージの上に無造作にコートを羽織っている。
「さっき仮眠に行っちゃったけど、起こしてくるよ」
妙に低い声は、不機嫌なせいなのか、単に深夜なので眠いせいなのかは分からないが、どちらにせよコンビニ店員として、高校一年生の女の子が深夜に来たら、しかるべき対応を取らなければならない。
それがオーナーの娘であるなら尚更だし、
少し前のめりぎみにスタッフルームに向かおうとしたが、
「いいよ
「そ、そうかい?」
「……それじゃ、画面に承認のタッチを」
お菓子と飲み物、そして何に使うのか茶封筒と、
「……お父さんに言わないでね。最近うるさいの。課金とかなんか目の敵にしてるみたいで」
高校生の千五百円なら目くじら立てるような金額でもない気がするが、
「まぁ、今時ゲームの課金とか普通らしいからね」
ここで自分が口うるさいことを言っても仕方がないので話を合わせようとしたが、
「ゲームとかしないよ。音楽ダウンロードしたり、配信見るのに必要なの」
「そ、そうか」
「『
「悪い、音楽はあんま聞かなくて……」
「最近ニュー・チューブから出てきたバンド。好きなんだ。配信サイトで一曲三百円とかでダウンロードできるの」
「へぇ。一曲ずつなんだ」
「お父さんの時代みたいに、CD一枚何千円なんてのよりよっぽどお小遣い賢く使ってるんだけど、どーも親は分からないんだよね」
「……そういうもんかもな」
若者の好むものに対して無条件に不安を抱くのは、親の
そこまで言って、
父親が現れることを警戒するようにスタッフルームの方を見てから、声を潜めた。
「私が来たことも言わないでいいから……って言っても言っちゃうか」
「いや、このまま真っ直ぐ家に帰るんなら言わないよ。そうでないなら時間が時間だし、ね」
「……余計なお世話」
若者にそれを言えばそう返されることは分かっていたが、それでも言わなければならないのが大人の役割だ。
特に
「悪いね。お父さんに雇われてる身だし、最近知り合いがこの辺で酔っ払いに絡まれるトラブルに巻き込まれたから、やっぱ心配になるんだよ」
知り合って一日経たない修道騎士と闇に紛れる吸血鬼の揉め事であっても、知り合いであることは間違いないしトラブルであることも間違いない。
「……」
一応衷心からの言葉だったが、
「それじゃ、お疲れ様です。本当に、言わないでいいから」
「あ、ふ、ふがっ!?」
「
「あふっ?」
「
「……え?」
振り返った
「やっぱ心配だから、家まで送るよ」
「え、でも、お店は?」
「お客さんに忘れ物届けるって言って、お父さんに起きてもらった。
コンビニの制服を強調してわざとらしく促す。
反発があるかと思いきや、
「……うん」
「もしかして、何か聞いてる?」
「……何を?」
「うちのこと」
「お父さんから、少しだけ」
「これでも親には親の考えがあって、必死なんだってのは分かるけどさ、なんだかなって気がするよね。お母さんも、お父さんのワーカーホリックぶりに愛想尽かすまでは分かるよ。でも私のコンクールのことダシにすんなら、せめて私連れてくべきじゃない? 最低でも私には行き先話すべきじゃない? 一人で逃げんのはさすがに、ね」
片道五分の道のり。
わずかな会話の間に、
「ありがと。もう大丈夫だから。ばいばい」
「誰にも話せないのは、しんどいよな」
わずかでも
逆に言えば、知らない相手、それこそ学校の友達になど話せていないのだろう。
「吸血鬼が女子高生の悩みに乗ってるようじゃ世も末だ。まったく」
寒さとやりきれなさを振り切るためにも走って店に戻ると、
「
「ああ、うん。じゃあ僕はもう少し寝るね」
「はい、すいませんでした」
「トラちゃん」
「はい?」
「何か、気ぃ遣わせちゃってごめんね」
「え……」
もしかしたら、
「こればっかりは、他人がどうこうできる問題じゃないし、それに」
「自分自身の問題を自分で解決できたことのない俺が、何できるんだって話だよな」
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