第863話‐1 彼女は新型二輪馬車を手配する

 時間はかかったが、大局についてモラン公と彼女の間で相互理解は進んだ。そして、馬鹿息子の再教育の方向性もである。


「二人には申し訳ないのだけれど、軽騎兵中隊付きの連絡員兼指導員として対応してもらう事になりそうね」

「「……承知シマシタ」」


 茶目栗毛と灰目藍髪。ネデルでの遠征を経験し、また、連合王国への親善行にも帯同。経験は十分であるが、軽騎兵としての活動は未知数。反面、五男坊は軽騎兵の運用にはそれなりの実績と経験はあるものの、実戦経験と対魔物戦、あるいは魔力走査を用いた索敵などの技能には全く経験がない。


「ヴォルト卿は、魔力を用いた索敵はできるのですか」


 彼女は率直に聞くことにする。魔力を用いた索敵を『魔力走査』として魔力纏いの延長で行う行為は、ベテラン冒険者が意図せずに行っていることはあっても、魔力持ちの近衛連隊に所属する騎兵が習得しているとは思えないからだ。


「なんだそれは? 魔力を使うのは身体強化と、魔術で牽制したり攻撃する場合だろ。捜索に魔力をどう使うというんだ」


 彼女はモラン公に視線を向けると、ヴォルトに応じるように頷いて見せる。失礼にならない程度に溜息をつき、彼女はヴォルトに向き直る。


「魔力纏いはできますか?」

「武具に魔力を纏わせるという奴か。魔銀の装備がある者は中隊長クラスになるからな。俺は出来るが、他の奴は多分できない」

「……ならば、帰隊して即確認してください。警戒する分隊単位で一名はその能力がないと、魔力を持つ魔物や魔騎士を発見できず、先制攻撃を受けることになるではありませんか」


 彼女は「やれやれ」と『魔力走査』について説明する。魔力纏いの応用であり、自分の周囲へ放射線状に魔力を伸ばしていき、そこ範囲に魔力を持つ存在がいれば感応することで存在を知覚できるというものだ。


「そんなことできるかよ」

「ここにいるリリアルの騎士を含め、リリアル生の魔力持ちは全員できますがなにか?」


 彼女の背後に立つ茶目栗毛と灰目藍髪は「当然だろJK」とばかりに鷹揚に頷く。


「十歳の幼子でもリリアルなら覚えさせられます。敵を先に発見できれば、危険を回避できたり、仲間に注意喚起をして態勢を整え迎撃できるのだから当然です」

「……そうだな。包囲戦と野戦ばかり得意としてきたが、少数の小競合いや奇襲には身につけて損はない。索敵に出て敵を発見するのが遅れ、殲滅された結果、情報を持ち帰ることが出来ず、敵から奇襲を受けることだって珍しくない」

「古の帝国が大敗した『トラジメ』の戦いがそうだな」


 『トラジメ』の戦いとは、古の帝国と内海を二分し敵対した国との戦いで、霧の中で湖岸の街道を移動する古帝国軍を、待ち伏せた敵軍が街道と並行するように森の中に伏せた部隊を側面から突撃させ、湖を背に包囲された帝国軍が先行する騎兵以外全滅した戦いであった。


 先行した騎兵が敵の埋伏に気が付いていれば、この大敗はあり得なかったと言えばいいだろうか。古帝国の軍は、林間を移動中に先住民の軍に襲撃され大損害をするような敗戦をその後も幾度か経験している。


「いいかヴォルト。騎兵は軍において、目であり、耳であり、神経でもある。それが塞がれ、断たれれば敗北は必須だ。古の帝国の時代、馬に乗れるのは幼少の頃から鍛錬できた貴族か、異民族の傭兵だけだ。今は、能力さえあれば身分は後からついてくる。その逆もしかりだ」


 サラセンが持ち込んだ『鐙』により、乗馬・馬上戦闘は格段に有利となった。魔力を持ち、索敵能力に優れた者が軽騎兵を担う事が可能な時代となっている。魔力量が物言う身体強化を長く続けて戦う重装騎兵は洋の東西を問わず貴族が担う戦場の花形だが、それを無効にするために遠距離から長弓で狙われ、あるいは野戦陣地を形成し突破に時間をかけさせることで魔力を消耗させ倒すことができるうようになった。


 長弓ではなく弓銃を用いた部隊は、今ではマスケット銃を用いて寄り遠距離から板金鎧や乗馬ごと打ち倒せるようになっている。


 古の帝国の時代同様、騎兵は軍の剣ではなく神経に戻ったのが今日の騎兵、特に軽騎兵であると言えるだろう。指揮の崩壊した歩兵を蹂躙するなら重騎兵だが、そうなる前に大勢が決してしまえば最後の止めを刺す前に勝敗が決まる。


 勝てる時には投入するのは蛇足であり、負ける際にはどうもならないほど戦列が崩されてしまう為今さらなのである。


「公爵閣下。ヴォルト卿と魔力の繊細な扱いに長けている軽騎兵たちを幾人か教育のためにリリアルで預かるというのは如何でしょうか」


 戦場の耳目となる軽騎兵が、只馬に乗り物見遊山されても大いに困る。まして盆暗ヴォルトが失態を侵せば、王太子殿下・王家に申し訳が立たない。


「何人くらい引き受けられるだろうか」

「卿と二十人ほどでしょうか。魔力を持ち、変な先入観の無い若い騎兵が良いかと思います。重装騎兵になりそこなったコンプレックスを持つようなベテランは不要です」

「ふむ。ならば、小隊長クラスを外して、魔力持ちを若い方から二十人預かってもらおう」


 盆暗とはいえ可愛い息子。失態を侵し、遠征で面目を無くすリスクは避けられる者なら避けたい。若い騎兵を中心にするのは、ヴォルトが命令しやすいという面と、索敵役は小隊長や分隊長ではない方が良いと考えたからだ。脳と耳目神経は別々が良い。長と捜索役、その支援の軽騎兵二ないし三名で哨戒活動を行えばよいだろう。


「……いつからやるのだ」

「今でしょ」

「は?」


 ヴォルトは非番で帰宅しているのだという。なので、この足で駐屯地に戻り内容を伝えて選抜。中隊長業務を先任小隊長に委ね、数日、若手をつれてリリアルで研修を受けるよう明日から始めるという段取りになるのである。


「幸い、リリアル学院の横には騎士団の分駐所があるから、そこで寝泊まりできるでしょう?」

「いや、俺は」


 騎士団の主力は平民出身の騎士であり、分駐所はそれなりの施設でしかない。つまり、ボンボンはその環境が気に入らないのだ。


「……兎の飼育小屋もあるわよ」

「騎士学校の宿舎を借りられるよう手配をしよう」


 二十一名を受け入れられる宿舎があるのは騎士学校も該当する。恐らく今の時期、遠征演習で生徒はおらず、宿泊施設は問題なく使える。そして、カトリナが住んでいた高位貴族の子弟向け城館も開いている。ヴォルトはマジで甘えんボーイである。モラン公も甘々すぎる。



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