第757話-2 彼女は女王陛下と語らう

「ほう、これは……蛸か」

「正確には蛸型クラーケンの触腕になります。賢者学院を襲った一体から得たものを今回、王宮の料理人に調理させました」


 女王の問いに、給仕役の侍女が伝える。目の前で侍女が毒見をし、女王はそれを確認し自らも口に入れる。


「む……固い……いやこれは……」

「魔力が多いのでしょう。こうした魔物の肉は、魔力を高める効果があり、魔力を体に循環させることで疲労を軽減させることができますぞ」

「なるほど。魔力持ちの騎士や傭兵が魔物を好む理由が理解できた」


 ジジマッチョがモリモリと食すのを見て、女王は深く頷く。既に食べ飽きている彼女と伯姪だが、女王陛下の料理人の腕前を楽しみに口にする。


「……これも……あのソースね」

「紫蘇とレモンが加えてあるのでしょう。少し、違うわね」


 『あのソース』とはご存知「ミントソース」である。蜂蜜を加え若干甘酸っぱい風味に、胡椒が隠し味でピリリとしている。さっぱりとしていて悪くない。


「白ワインに合うように仕上げたとのことです」

「うむ、確かに。もう少し、柔らかく仕上げても良かったがな」


 硬い肉なら、もう少し包丁を入れて筋を切っておいた方が良かったのかもしれない。蛸に筋があるのかどうかはわからないが。


砂糖好きの女王陛下は、虫歯が多く歯が悪い。砂糖で磨いてすらいるのだが、何故塩を使わないのか疑問ではある。


 甘いもの好きすぎではないでしょうか? 砂糖は高価であり、それを存分に使えるというのは、金持ち的ではあるのだが。


「しかし、クラーケンとはどのくらいの大きさのものであったのだ」


 ふと興味本位で女王は彼女達にクラーケンの大きさを質問する。


「たしか、頭の部分が10m、足が10mほどで、足の太さが……」

「直径で1mくらいはあったわね。斬り落とした断面が」

「……1mの太さ。まるで巨木ではないか」


 直径数mの樹齢が何年になるかわからない木も存在するが、直径1mの樹木は十分巨木と呼んでよいだろう。


「そのような巨大なクラーケンをどのように倒したか、参考までにお聞きしたい」


 今まで聞き役に徹していたビル・セシル卿が珍しく口を開く。


「最初に、土の魔術で拠点である領主館の外側を覆い、簡易の城塞に仕立て上げ、屋上に陣取りました」

「……は……」


 元々領主館や礼拝堂と言った石造の施設は、簡易の城塞としての機能を持たせているので、その構造上、砦として防御拠点にするのは理解できる。だが、それを更に土魔術で補強するとは思わなかった。


「で、では事前にそのように変更していたの……」

「いえ」

「戦闘が始まるほんの少し前よね? いつものことですもの」

「そうね。私たちはいつも少数で多数に対峙する事が多いのだから、こういう防御施設を作ることはかなり上手です」

「私たちというより、主にあなたよね」

「ふふ、否定はしないわ」


 癖毛やセバスも遠征時には即席の防御拠点を作るために土魔術を行使させられることがあるが、あの二人は共に『土』の精霊の『加護持ち』である。その二人が、ふうふう言いながら仕上げる簡易城塞を、涼しい顔で瞬時に仕立てるのは、彼女にとって慣れた仕事の範囲だ。


「そう言えば……」

「それは口外しないでちょうだい」


 ポンスタインで北部諸侯軍の幹部を殲滅した際も、同じことを行っている。野営地を襲撃することも、リリアルではいつもの仕事の範囲だ。幹部を狙い撃ちにして処すこと含めて。


 伯姪のポロリに彼女は釘をさす。視線で謝罪する伯姪。


「そ、それでクラーケンをどのように」

「失礼。領主館を素通りしてクラーケンは賢者学院の外壁へと迫りました。そこで、私が『sanctustonitrus iignis』を放って動きを止め……」

「ま、まて、待たれよ。『聖雷炎』とは……なんだろうか副伯閣下」

「聖なる炎を纏った雷の球のことです、セシル卿」


 彼女をよく知る伯姪とジジマッチョは澄ました顔だが、女王とその臣下の者たちは、給仕役の侍女、あるいは警護役の衛士含めて息をのむのである。


「……聖なる炎……か」

「そう呼んでおります。不死者にも良く効く魔術ですので、とても役に立つのです」


 リリアルが魔物、特に不死者討伐において王国内で功績を立てつづけているという話はリンデの王宮でも聞かれる噂話の一つである。ミアン攻防戦、聖都周辺に現れた不死者、あるいは、王都地下墳墓に現れた不死者の討伐。それは、少なからず舞台化されたり物語として流布されている内容だ。


「それで……クラーケンは……」

「大変大きな魔物ですので、聖雷炎で動きを止め、その上ですべての触腕を斬り落とし、最後にこう……魔力で延長した刃で上から切り伏せました」

「はぁ」


 セシル卿か再び固まった。たしか、10mはある巨大な蛸であったはずだ。つまり、10mの高さより上から魔力で巨大化させた刃を振り下ろし、真っ二つに切裂いたと目の前の少女は語ったのだ。


「俄かには信じられん。だが、恐らく、賢者学院から同様の報告が……

なされるのであろうな」

「そうかもしれません」

「であるか」

「でありますな」


 賢者学院防衛戦に参加していたジジマッチョは「間違いない」とばかりにいい笑顔で頷く。その顔を見て、女王陛下も納得したようだ。ジジイに対する信頼度が高すぎる!!


 ビル・セシル卿は父王時代の末頃には王宮に出仕していた生え抜き。姉王時代を除き、王宮に長くその影響を与えている存在。これも同じファザコン枠かと彼女と伯姪は納得する。常に側に控え、セシル卿の城館に滞在することもしばしばとか。


 そして、若い男は……父親の若い頃を彷彿とさせるヤンチャな騎士かぶれの男を好む。重度のファザコンと彼女は判断した。





 蛸話をしばらくした後、多少知的な話へと移行する。食事が終わり、食後のデザートとお茶の時間である。


「そうだな。リリアル副伯、ニース卿、それに、ニース公。今後、公の場の他では『リザ』と呼んでもらいたい。私も、アリー、メイ、ジジ様と呼ばせてもらおう」

「へ、陛下」

「ビル卿、畏まっていては深い話は出来ぬ。それは、卿もわかるであろう」

「ですが、女王である者として」

「女王である前に一人の人間であるな。人と人とが真に語ろうとするのであれば、地位や肩書は不要。断頭台の前では、貴族も平民も関係ない。

そういう話をしたいのだ」


 ビル・セシルはしばらく沈黙ののち、「承知しました」と答える。


「さて、ジジ様」

「ん、なんじゃリザ」


 ジジマッチョに名を呼ばれ、アラサー女王は感極まったような顔をしている。久しく愛称を呼ばれることはなかったのだろう。まして……自分の父のような存在に。


「ジジ様は、ニコル書簡について読まれたことはありますでしょうか」

「ふむ。あるな」


 ジジマッチョの答えに、女王は嬉しそうに微笑んだのである。


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