第四幕 殿下到着
第630話-1 彼女は旧修道騎士団リンデ支部へ足を運ぶ
王国の駐連合王国大使から、彼女に連絡が入る。リンデにも駐在事務所が存在しており、大使は通常、ここか大使公館であるリンデ郊外の城館に滞在している。あるいは、今回の場合、事前に女王陛下の側近との打ち合わせがあるため、女王陛下の宮廷に滞在していることもある。
「やっと来るんだね」
既に連合王国入りして一月以上経つ彼女達一行。その間に、姉と共に拠点を確保したり情報収集を進めている。
その中には、リンデにある現在は王室の管理財産となっている聖母騎士団の拠点であった、旧修道騎士団蛮王国支部の存在もある。
この場所は『新聖母地区』と呼ばれる一画であり、サンライズ商会の拠点のある通りの少し西にある一画である。聖王都にあった修道騎士団本部の円形の建物を模して造られた建物が今でも残されている。
当時、聖征に熱心であった英雄王とその旗下の貴族達は、蛮王国内に数々の領地を修道騎士団に寄進し、連合王国においても修道騎士団は大きな勢力を有していた。
また、内海地域との貿易において、修道騎士団支部は以前の商業同盟ギルドのリンデ支部の役割を担っていたし、『大島』から王国内を縦断し内海へと至る『街道』も支配下に置いていた。
蛮王国と修道騎士団は対王国において共闘関係にあったと言えるだろう。その名残が、未だに『ヌーベ公領』として残っており、また、南都に王太子が滞在し王国南部の貴族を統制するための施策を施している事にもつながる。
ロマンデとルーン、レンヌとソレハなども、その強い影響下にあり、百年戦争においてもその影響を少なからず受けていると言える。
「王都の王太子宮みたいに御呼ばれすればいいのにね」
「そんなわけいかないでしょう」
修道騎士団の新拠点となるはずであった、王都支部。今は王太子宮として一画が使用されており、その大半は修道騎士団の関連施設と言う事もあり封印されていた。しかし、事件が起こり調査した結果、王都内でアンデッドによる暴動を起こそうとする動きがみられ、その排除を彼女たちが行ったという経緯がある。
反面、リンデでは未だに修道騎士団の残党が対王国の工作機関として稼働している可能性がある。それは、巧妙に隠蔽されているであろうし、『自由石工』の一団との関わりも調べたいのだが、恐らくは簡単に情報に辿り着けることはないだろう。
「反連合王国の勢力から情報を得たいわね」
「いるにはいるけど、パートナーにはならないんじゃない?」
「そうかもしれないわね」
姉の指摘ももっともである。北王国の女王陛下は神国と国内の御神子勢力の傀儡に過ぎないし、その息子は赤ん坊の国王だ。神国に協力する為、過激な反連合王国・原神子排除勢力であり、その端的な例が姉王時代の反動政治だと言えるだろう。
つまり、協力者としては浅慮であり、関われば巻き込まれかねない。
「穏便な反女王派・連合王国派はいないものかな」
「……例えば……旧湖西王国の活動家でしょうか」
「その系統の商人や元貴族の家系などいればなおよろしいかもしれません」
王家は滅ぼされ、既に領地も連合王国の貴族のものとなっているとはいえ、言葉や風俗は別のものとして残されているのは確かであるし、未だに完全に一体化したとはいえない。
「教会か修道院でもあればねぇ」
この島においても、修道院と言うのは『古帝国』の文物を伝える組織であったといえる。国家としての古帝国は千年も前に崩壊してしまったが、教皇庁とその旗下の修道士たちは、建築物や社会的インフラを修道院に残すことにした。
連合王国の成立以前、様々な蛮族が海を渡りこの島に訪れ王国を建国する以前から、古帝国の軍団が駐屯地を引き払って後、教皇庁は多くの修道士や司祭をこの島へと布教のために送り込んだ。
古帝国の軍団兵の代わりに修道士がやってきたのである。都市と駐屯地の代わりに修道院を建設し、野外劇場と悲劇を上演する代わりに聖典を写本し読み聞かせたのだ。
それを父王が断絶したことで、不安定な時代を迎えている。教会と修道院を拠り所とする社会を破壊し、王家を中心とする社会に再編成するという過程にある故に完成すれば強固な国になり得るかもしれない。
しかしながら、今は「救い」の無い国でしかない。
「不満を持つ御神子教徒の有力者から味方を増やして、修道騎士団の残党の動き、反王国の活動の情報を得るしかないのかしら」
反原神子=親王国ではない。その場合、原理主義的神国寄りになるので恐らく、協力者を見つけることはかなり難しい。
「まあほら、神国がネデルでやらかしていることに危機感を持っている御神子教徒の有力者ってのもいるよ多分ね」
王国は神国ほど過激でも原理主義的でもないという事で、一定の支持を得られる存在である。神国のやりすぎ感は教皇庁でも高まりつつある。とはいえ、教皇が変われば主張も変わるので、何とも言えないが。
今の教皇猊下は、神国よりであり原神子派特に、厳信徒や連合王国に大しては強硬論を持っている。国内における教会の最上位を国王としている時点で、『異端』と見做されておかしくはないし、異端であれば聖征の対象とされかねない。
女王陛下の立ち回りと言うのは、その時間稼ぎが目的であろうことは明白だ。
王弟殿下は教皇庁と神国に対するアリバイ作りの当て馬に過ぎない。
「今のあの教会って、どうなってるんだっけ?」
「牧師様がおられますよ」
お茶を入れに来たサンセット夫人が会話に入って来る。
御神子では司祭であるが原神子では「牧師」となる。現在の牧師は『アルベイ牧師』であり、グランタブ大学で神学を学んだ生粋の原神子信徒であるという。姉王時代は国外に脱出し、帝国のアム・メインに滞在していた。女王陛下の戴冠後、修道教会の牧師となり数年が立つ。
「今では、法学校として使われておりますよ」
「そういうことなのですね」
元は大学で学んだ牧師を据えた学究的な場所として利用されているのだろう。とはいえ、一商人や、王国の貴族が立ち入れる場所ではない。見学程度では中に入り込めるとも思えない。
「場所ではなく人の問題じゃないかしら」
「そうね。とはいえ、雲を掴むような問題だわ」
修道教会を捜索しても恐らく何も出てくることはないだろう。王国内ならば、仕掛けがある可能性はあるだろうが、ここは敵地であり、情報は人の中に隠されていると考えるべきだ。
「女王陛下の周辺に、何か隠されていると良いのだけれど」
「マウント取りに来る奴がいれば、チャンスだね。何か知っているか、企んでいるから様子を見に話しかけてくるんだからさ」
姉、自己紹介乙である。
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