第590話-2 彼女は女王陛下について考える

 これまで、彼女が経験した中で、連合王国そのものかまたはその国に所属する商人や貴族が関わっているのかは不明だが、様々な事件と関わってきた。


 王都・レンヌ・ルーンにおける人攫い・奴隷密貿易が明確なことだろうか。私掠船も二度返り討ちにして拿捕したことがある。アンデッドのうち、どれだけが連合王国とかかわりのある案件かは不明だが、ガイア城やコンカーラ城またはジズ城に関しては連合王国にかかわりの深い城である。


 また、レンヌで暗躍していた大公の大叔父ソレワ伯が連合王国と結んで暗躍していたとされ、また、ヌーベ公との関わりも深いと考えられている。


「端的に言って敵ね」

『なんも分析になってねぇ。まあ、王国に害意を持っている王は少なくはないよな。血縁が多少あれば首ツッコんで来るしよ』


 鬱陶しい親戚のおっさんみたいな存在である。


「私掠船免状を作っているのは女王陛下なのよね」

『表向きは認めねぇけどな。あんなもの、見せたって襲われている相手からすれば関係ない。ありゃ、略奪品を売り捌くときの免状だ。その代わり、半分は税金として女王に納めることになる』

「つまり、盗賊団の首領みたいなものね」


 とはいえ、戦争をするために軍を編成するなら、行った先の都市や村を略奪する行為を容認するのは自分の懐の痛まない報酬であり、良くある事象でもある。給料不払いに激怒した傭兵団が、自主的に略奪行為を行うこともあるし、軍の解散後、帰りの駄賃とばかりに万単位の盗賊団となり、あちらこちらを略奪するか勝手に軍税を徴収し移動することもある。


 海の上で他国の船相手に行う事と大差はないと言える。とはいえ、肯定されるような内容ではない。


「私掠船に関しては王国はあまり被害にあっていないから、激怒するのは新大陸から本国への積荷を奪われる神国なのよね」


 数隻の船団で、湖西王国地方にある港町『リマス』を出港し、新大陸から本国へ向かう貿易船を襲うのだという。また、リマスは奴隷貿易でも有名であり、その大半は神国貿易船から奪った者が対象となっているとされる。


 レンヌの対岸にある港であり、恐らく、レンヌ経由で送り出された王国人は『リマス』でセリにかけられたのだろう。新大陸へ労働者として送り出される内海対岸の暗黒大陸出身者は、そのまま海上で船ごと奪われ、新大陸へと向かう事になるので、多くはリマスに来ることはない。


 サラセンも御神子教徒の船を襲い奴隷とする。これは、異教徒であれば奴隷にすることを可とする為であり、王国も聖征の時代において東方から異教徒を奴隷として連れてくることがあった。神の前に人は平等であると聖典にはあるが、同じ聖典を頂かない異教徒はその埒外ということだろう。


「奴隷貿易は女王個人だけではなく、航海毎に基金を募ってそれを元に船団を編成すると言われているわ」

『完全に商会運営だな。商売になってるわけか』


 その出資者の多くは、女王の側近であり、リンデの有力商人や貴族が含まれている。つまり、女王のひも付きであると同時に、女王の支持母体そのものであると考えられる。


 神国は、表向き『義妹』である今の女王と対立してはいない。しかし、海賊が連合王国の船であり、その船で盗まれたものがリンデやネデルの貿易都市で売却されている事も把握している。


 宮中伯曰く、神国は北王国の女王『アメリ』を擁して連合王国の王位につけようと画策しているという。神国国王は先代女王の夫であり、存命時は共同統治者であった。神国の王族の娘であり、敬虔な教徒であった先代女王に対し、今代の女王は原神子信徒であり、父王が定めた国内では教皇より国王が上位者であるという法令も生かしている。


 教皇をないがしろにする異端者であり、神国を害する海賊団の親玉であると認識しているのだ。


「アメリ女王が内乱に負けて連合王国へ亡命しているのが痛いようね」

『あんま女王が良い治世を行うってのは難しいよな。それに、最初から為政者として育てられたわけでもなさそうだしよ』


 一時期は、王国の王妃として嫁ぐ可能性もあったのだという。


 アメリ女王の祖母は父王の妹であり、連合王国の王位継承権を持つ存在である。仮に、連合王国が北王国と纏まるのであれば、女王はアメリの方が良い。また、アメリは既に嫡男を生んでおり、後継者にも今の所不安はない。片や独身であるから、どちらが望ましいかは明白だと言える。


 とはいえ、連合王国の政治的権力は原神子信徒とリンデの商人たちが握っている。簡単にはいかない。


『異端相手なら、聖征発動するかもしれねぇな』


 王国南部の「タカリ派」の諸都市に対して行われた事もあり、また、帝国東方の東外海沿岸の異教徒の住む地に駐屯騎士団を中心とする聖征が為されたことがある。これは、最終的に大原国が御神子教の元に収まり、『異端』として戦う事ができなくなった結果、教皇庁の力を借りることができなくなり、戦力の乏しい駐屯騎士団が大原国の国王軍に大敗し、多くの領土を失い、聖騎士団として解散し還俗することに繋がる。


 『アメリ』女王を旗頭に、神国を中心とする「聖征」が為されないとも限らない。目の前のネデルには数万の神国軍が存在する。艦隊を編成し、多くの軍を乗せ海を渡れば、容易になされる可能性がある。


「その辺り、ネデルの次に連合王国の現状を見てこい……ということなのでしょうね」

『だがよ、副大使じゃ身動きとれねぇよな』


 ネデルには冒険者として入り、オラン公軍に雇われあちらこちらで活動する自由があった。しかし、王国の使節として向かうのであれば、そうそう自由な活動も情報収集も出来ないだろう。そもそも、彼女に外交の経験がないし、開示して良い情報などというものも持ちえない。情報を交換するにしても、その差し出すものがないのだから、交換しようがない。


『お前が囮と言う可能性もあるだろ』

「なるほどね」


 王弟殿下と彼女が連合王国入りするなら、相応の防諜体制をとることになるだろう。その為、戦力を割かねばならず、宮中伯の子飼いの諜報員が活動しやすくなるということだろう。ウォレス卿も案外その辺りを考えて王太子宮で事件を起こしたのかもしれない。大して混乱もなく、リリアルの塔が早々建設され、余計に動きがとれなくなったと思われるが。


「なら、奴隷市場も直接見てみたいんものね」

『おう、王国人がいたなら……』

「火の海にしてやるわ」


 王国内での失踪事件、人攫い事件は鳴りを潜めつあるが皆無ではない。また、このニ三年では関わる商会や犯罪組織を潰しているので消えているが、それ以前に連れ出された人たちの行方も調べたいとは思う。とはいえ、平民であるから、取り返す労力を考えると、今さらということもあるかもしれない。彼女の手は二本しかなく、全てを掬い上げるというのは不可能だからだ。


「女王周辺は奴隷貿易・私掠船の事に関してということね。それと、この前捕まえた奴らを引き渡す事になっているわ」


 魔導外輪船でルーンからの移動中、私掠船に襲われ返り討ちにした。船は没収、船員は全員犯罪者として収監している。


『名前なんだっけか』

「さあ、なんでもいいわ。どのくらい情報を得られたか楽しみではあるわね」


 情報収集ができていればよいなと彼女は思うのである。




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 『カ・レ』にて収監した私掠船の乗員に関して、『フランク・ド・レイク』は既に身代金を支払い連合王国へと帰還していたということを彼女は今さら知る。


 余程稼いでいたのか、余程その操船能力・指揮能力を評価されていたのかぽんと金貨五百枚が支払われたという。王国で言えば男爵の年収並の支払いとなる。


 しかしながら、それ以外の船員は所詮使い捨ての駒に過ぎないようで、折角なので、連合王国の奴隷市場で犯罪奴隷として処分することが決定している。


 また、『アヴェンジャー号』を魔導外輪船に改修し、王国海軍に編入するということになりそうだと王宮からの手紙には記されていた。


「聖リリアル号を取り上げるということにはならなかったわね」

「当然でしょう? リンデの港まで川を遡って威圧してやるんだから、渡せるわけないじゃない」


 リンデも当然だが、賢者学院も海上に離れた島にあるという。王国の『聖大天使修道院』と似た、干潮時のみ対岸と繋がるのだという。


「千年前の修道院跡らしいじゃない?」


 伯姪の言う通り、もとは先住民の王国の時代、教皇庁から招聘された修道士と司教により開かれた古い修道院が存在した。連合王国の北部の布教の中心地として二百年ほど興隆したものの、入江の民の襲撃を受け一度は撃退したものの、二度目は防げず司教以下全ての聖職者が殺されるか連れ去られたのだという。


 廃墟となった修道院に、『魔術師』とその資質のある者たちを集め、教育し御神子教の盾となり剣となるべく築かれたのが『賢者学院』なのだそうだ。しかし、彼女の中では、それとは違う存在を感じているのである。




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