第540話-2 彼女は姉と伯姪と共に王太子宮を散策する

 『古塔』の横には、これも何か怪しげな空気を纏っている『礼拝堂』があった。こちらの礼拝堂は『聖征』の時代以降に東方からもたらされた建築技術以前の古い形式で建設されたもので、南都の周辺などでは多く見られる『古帝国風』と呼ばれる様式だ。これは、古帝国時代の建築方法というのではなく、当時の石工ギルドが都市の崩壊とともに散逸していく技術を修道士たちが取りこみ、修道院や教会建築として用いたことによる。


 都市が崩壊するという事は、堅牢な石材を用いた街壁や大きな建築物が作られなくなり、所謂、木造で出来た「村」の家屋ばかりとなった事を意味する。実際、石材が手に入らないか建築技術を失った地域によっては、木造の教会が長く利用された。それを変えたのが、入江の民による襲撃であったのだから歴史というのは少々皮肉である。


 蛮族の襲撃により石材を用いた都市建設が崩壊し、入江の民の襲撃から人と財産を守る防御拠点として石材を用いた教会が建設されるとは。


「このまま、王都の観光名所として開放してもいい気がする」

「……そんなわけないでしょう。この場所に物見遊山で来るのは、姉さんくらいのものよ。墓地の見学より余程怖いわよ」

「確かにね。何で王都の中に、ワスティンの森みたいな場所があるんだか。王太子殿下も南都に行って戻ってきたくなくなるのも良く分かったわ」


 べ、べつにお化けが怖いわけじゃないんだからね! と王太子が言い訳するわけもないのだが、王太子領の経営と南都周辺の再編という役目があったとはいえ、この場所に長居したくないという意思も反映されていたんじゃないかと彼女は思うのである。




 王太子宮の警備責任者である伯爵子息に暇を告げ、一旦リリアルへと戻ることにする。一つ一つ確認していくことになりそうだが、最初にクリアすべきなのは、失踪事件が放置されている『納骨堂』だろうか。


 総二階と三階建ての二棟からなり、大聖堂と同じくらいの敷地面積があるので、床面積はその二倍以上あるだろうか。


「いやー 王太子宮堪能したよ」


 姉だけが満足気であるのだが、最初から他人事なのでそれはそうなのだ。


「本格的な探索には同行させないわよ姉さん」

「それはそうだね。あんな場所、命が幾つあっても足らない気がするから、さすがの私も遠慮するよ。まあ、それよりも、妹ちゃんさ、なんか大事な約束忘れているんじゃない?」


 姉の言う約束に心当たりがないと彼女は首をひねる。頭ではない。


「何のことかしら」

「あの、胡散臭い大使閣下となんか約束したんじゃないの? この前会ったとき、私が妹ちゃんの姉であるって知ってさ、遠回しにいつまで待たせるんだって感じで嫌味を言われたんだけど」


 そういえば、ワスティンの森の探索の前に顔合わせをして、その後、問題が山積みですっかり忘れていたと彼女は思い出した。


「なんか、王弟殿下にも話したみたいね」


 王弟殿下も、ワスティンの件は騎士団や王宮から伝え聞いているのであろう、国内の治安問題に関わる事でもあり、また、連合王国に王都近郊の森で問題が発生しているなど余計なことを認めるのも問題だと判断したのだろう、彼女に督促することなく自分のところで留めていると思われる。


 とはいえ、彼らも独自の情報網、言い換えれば連合王国との貿易などで利を得ている王都の商会などから、ワスティンの騒動の件は伝わっているだろうから、完全な秘密というわけでもないのだが。とはいえ、約束は約束。何も言わぬわけにはいかなかったのだろう。


「思い出させてくれてありがとう。早速、王弟殿下に大使の件連絡するわ」

「そう、そうしてあげてもらえると殿下も喜ぶよ」

 

 姉の今日の目的は、もしかするとこの件を彼女に伝える事であったのかもしれない。ついでに、王太子宮見学会にも便乗したという事だろうか。





 リリアルに戻り、王弟殿下に早速手紙をしたためる。


「ちょうどいいわね」

「何がよ?」


 彼女は、薬師娘二人が騎士学校でどのような評価や周りとの関係を築けているのか気になっていた。彼女の時は、カトリナと良きライバルのような関係が成立し、様々な遠征で事件に関わったこともあり、忙しくも充実した時間を得ることができた。


 二人にも同じような経験ができていればよいなと考えていたからだ。


「頑張ってるみたいだけどね」

「そう。騎士学校の件は私も報告書で読んでいるだけだから、少し気にはなっていたのよ」


 身体強化も最低限であり、魔力量も魔騎士としては標準くらいの二人は、騎士として馬上で戦い、また指揮する経験が多いとは言えない。幸い、直前で帝国での活動で騎乗での経験を積ませることができたが、近衛騎士・従騎士として数年の経験を積んでいるだろう他の生徒と比べると、経験不足は否めない。


 彼女は魔力のごり押しで、伯姪はニースでの教導の経験を生かして災禍なく騎士学校を過ごす事ができたのだが、二人には少々荷が勝ちすぎる気がする。


「こればっかりは、代わってあげるわけにいかないしね」

「そうね。無事卒業さえして貰えれば、『騎士』となれるわけだから。今回はそれで十分なのよね」


 元々魔力量が少なく、一期生の補助要員として遠征に同行させたことがきっかけであり、彼女より年長であること、性格的に騎士としてまた、リリアルのなかで魔力小のメンバーのリーダーとして育成したいと考えての騎士学校入学であるから、大きな成果は期待していないのだ。


「あなたも行くわよね、騎士学校の見学」

「勿論よ! 二人がどんな活躍しているのか楽しみじゃない?」


 活躍はともかく、馴染めていればいいなとは思う。むしろ、リリアルの経験が騎士としての役割とマッチしていない可能性もないではない。騎士は集団で戦う指揮官としての比重が大きく、冒険者として少数で活動する存在とは相容れない可能性もある。


 リリアルでの正解が騎士としては不正解という場合、二人はどう判断しているか、彼女は気になっていた。

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