第534話-2 彼女は生き残った修道騎士を考える 

 聖ヤコブの遺物を祀る巡礼所として聖征初期に建設される教会の鐘楼『聖遺物塔』。300段の階段をのぼると地上52mの鐘楼に到達する。建設開始・完成は五十年ほど前であり、先代国王の時代。


 大塔は40mであり、この時点でこの建物が王都で最も高い建物となった。


「その目的が……大塔の魔物を監視するため……ですって……」


 どうやら、ガーゴイルらしき魔物に人が攫われるという被害報告、噂が王都ではずっと続いており、その対策も踏まえて監視塔としての役割もこの『聖遺物塔』は持っていた。


「知らなかったでは済まされないのでしょうね」

『いや、頻繁ではないのか、それとも何らかの理由もしくは方法でガーゴイルの被害が出ないようにしているのか。これも判らねぇな』


 ガーゴイルの被害に関して耳にしなかったのはこの影響かもしれない。そう考えると、王家なり近衛なり騎士団は、このガーゴイルによる略取に関してそれなりに情報を持っているのではないだろうか。五十年前というと、二世代以上前になる可能性があるが、王都の歴史を考えればそれほど

昔というわけではない。


「陛下はご存知ではないのかしらね」

『繋がっていないとかじゃねぇか。まあ、だからどうだって話ではある』


 国王陛下に正確に伝わっていない、もしくは既に片付いた問題として処理されているかもしれない。五十年前の出来事であれば……


『お前の祖母さんなら知りえている可能性があるな』


 陛下と父である子爵は同世代。その上の世代、もしくはその母親世代である先王の母親である祖母の仕えた先の王太后から何か聞き及んでいる可能性もある。


「全てが詳らかにされなくとも、断片的な情報でも知っていれば、調べる参考になるかも知れないわね」

『それと』


『魔剣』曰く、偶には祖母に顔を見せてやれとうことで、彼女は改めて祖母に先触れを出し、茶会に招きたいと伝えた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「随分と賑やかになったもんだねぇ」

「はい。孤児を少々預かる事になりましたので。御覧の通りの有様です」


 リリアル学院に祖母を招き、新参の三期生たちと顔合わせをさせた。連合王国に彼女と伯姪が訪問するとすれば数か月から一年近く揃って不在となる為、再び祖母に院長の代理を頼まねばならない。今だ矍鑠としている祖母だが、小さな子供の相手は骨が折れることだろう。


 少しずつ三期生のいる環境に慣れてもらうとともに、不在時に彼女たちの仕事を肩代わりする一期生の教育も視野に入れた引継ぎが必要となるだろう。何度かこうして祖母を迎えて食事会や茶会をするのも良いだろう。


「私の祖母で、院長代理を務めていただいています。みなさん、ご挨拶を」

「「「「よろしくおねがいしまーす」」」」

「はい、よろしくね。遊び相手にゃちょっと骨だが、勉強や所作の指導はビシッとしてあげるから、覚悟しておきな」

「「「「……」」」」


 見た目は老淑女といった威厳のある容姿から想像できない物言いに、暗殺者養成所の教官を想起したのか、年少組を中心に空気が凍り付いたような雰囲気となる。若干涙目な子も見受けられる。


「大丈夫よ! あなたたちが一人前になれるように、ご指導くださるってだけで、体罰や食事抜きなんかはしないから……たぶん」

「たぶんって……お婆様はそのような事はされません。言葉で責められるだけです。自分が教わったことをしっかり身につけているのであれば、なにも問題ありませんよ」


 伯姪が脅し、彼女がフォローする。伯姪も冗談めかしていったはずなのだが、トラウマになっているのか、冗談にならなかった。この辺り、孤児院の子どもたち以上に配慮が必要なのだろうと彼女は改めて理解した。




 新しいメンバーとの顔合わせも終了し、改めて彼女と祖母、そして伯姪の三人で茶会が始まる。サーブは小間使いとして教育中の『赤目茶毛』。


「おや、この子はしっかりしているね。名前を教えてくれるかい?」

「……ルミリと申します」

「そうかい。この子は侍女向きだろうね。所作がいいじゃないか」


 数年前まではそれなりの商家の跡取り娘として教育を受けていた赤目のルミリである。赤子の頃から孤児院で育てられたり、貧しい家庭で育った孤児と比べると、スタート地点が異なるのでその辺りが立ち振る舞いに出ているという事だろう。


「冒険者より侍女としての教育を重点に育てていくつもりです」

「なら、そのうち私の家で預かって教育するのも良いかもしれないね」


 彼女もその昔何度か受けた、祖母の家での淑女教育。身分の高い貴族の回りにはべる侍女は貴族の娘であることが多い。使用人の中でも身の回りのお世話係兼話し相手・友人のような役割を果たすこともあり、貴族の子女としての教養も必要となる。


 この辺り、彼女も伯姪も下位貴族の令嬢としては相応の物を身につけていると考えているのだが、リリアル生にそこまで求めることは難しい。


 今のメンバーでそういった教育が必要なのは、二期生のサボア組三人になるだろうか。サボア公から預かった元下働きの二人はおそらく、カトリナがサボア大公妃となるに前後して、聖エゼル所属の修道女騎士として加わる可能性もある。サボアの近衛ではなく、大公妃の近衛として聖エゼルを配すると考えるからだ。


 とはいえ、カトリナは冒険者に憧れるような令嬢であり、実際、冒険者としても短期間だが活動した。聖エゼルはトレノ近郊の貴族子女の修道女が主要メンバーだが、平民の兵士も戦力として活用していると聞く。あまり、細かな淑女教育は必要ないかもしれない。


 村長の娘は、ノーブルに姉が伯爵となって赴任する際に、その領地の騎士として取り立てることになるだろうから、そこまで淑女教育は重要視しなくてよいだろう。姉だし。


 一期生に関しては……黒目黒髪や赤目藍髪あたりが対象となりそうだ。また、薬師娘二人組も騎士学校の後、祖母の指導を受け侍女としての素養も磨くことが必要かもしれない。


 薬師娘二人は、彼女と伯姪と共に連合王国に随行員の一員として向かう事を予定している。故に、茶目赤毛と並んで教育の優先度が最も高いメンバーでもある。ご愁傷さまです。


「幾人か侍女として育てたいものがおりますので、是非お願いいたします」

「ああ、覚悟を決めて来るように伝えておいてもらおうかね」


 国王陛下さえ気を使う祖母であるから、それはリリアル生にとってはもっとも厳しい状況を想定せざるを得ないだろう。主に精神面において。


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