第506話-2 彼女は『騎士学校』に入校する二人を見送る 

「き、緊張してきましたぁ……」

「大丈夫よ。今回は、王立騎士団が加わるので、リリアルはそこに加わることになるから」


 王立騎士団は、南都で再編している王太子直属の騎士団である。王国の北部・王都中心に編成されている『騎士団』に対し、南都から南の王領出身の貴族・騎士の子弟を中心に編成される言うなれば『第二近衛騎士団』とでも言えばいいのだろうか。


「貴族の方と一緒になるのでしょうか」

「貴族と言っても騎士家出身が多いようね。実力を持って従騎士から騎士に選抜された方達だから、近衛のような腰掛の貴族の子供とは違うと聞いているわ」


 元々、王国からも神国からも連合王国からも独立した勢力であった時期の長い内海に面した王国南部は、百年戦争期にギュイエ公領とそれ以外の王領とに別れ戦争を終える事になった。独立心旺盛な小貴族が多く、また、王に仕える気持ちはあるものの、北部の王国貴族とは異なる歴史的背景を有している者が多い。


 王太子は『ドルフィン』公と呼ばれるのだが、これは、百年戦争期に後嗣の絶えたドルフィン伯領を王家が買い取り、安全な場所であると考え王太子を『ドルフィン公』として据えたことに端を発している。


 ドルフィン伯領の領都は幾つかあるのだが、「ノーブル」もその一つであった。つまり、旧ドルフィン伯領の一部はノーブル領を含んでいることになる。独立心旺盛な南部の貴族を抑え監視するために、敢えて王太子を置く事にした面もあっただろう。


「何かあったら、私たちに言いなさい」


 伯姪が言いたいのは、「ニース辺境伯家の身内扱い」であるということを南部の貴族の子供たちに知らしめるのが、仲間扱いされる秘訣であるということなのだ。


「お爺様とニース商会会頭……言い換えると、聖エゼル海軍提督が義兄のリリアル副伯の配下に喧嘩を売るというのは、ニース辺境伯家に喧嘩を売るのと同じ事になるわね。サラセンの海賊と戦っているニース海軍を敵に回すとどうなるか、南部の小貴族達ならその意味をよく理解しているでしょうね」


 内海に浮かぶ神国の領地の中には、支配が及ばすサラセン海賊の巣窟となっている島々もあるという。定期的にその場所を襲撃し、駆除するのが聖エゼル海軍の基本的な仕事なのだという。


「手を抜いたり、守らない領地があると公言すれば、サラセン海賊は喜んでその場所を襲う事になるでしょうね」

「前伯様に喧嘩を売った時点で、騎士学校では死ぬわね。物理的にも精神的にも」


 リリアルができてから、王都に足を運ぶことも増えた前伯は、臨時講師として短期集中で実戦向きの講義をする。簡単に言えば……模擬戦である。


 衆寡敵せずの真逆を行く立ち合いに、狙われた学生グループはポッキリ心を折られる事もある。全くもって、目を付けられたくない講師の一二を争う前伯である。勿論双璧の今一人は、彼女の姉であることは言うまでもない。商業に関する講師のはずなのに、何故か模擬戦に混ざろうとするのだ。


「リリアルの騎士服は用意したものを着用して頂戴。それと、魔装手袋、魔装のビスチェを使用しても構わないのだけれど、それ以外は使用しないでもらえるかしら」

「遠征時は魔銀鍍金製の剣の使用は構わないわよ。でも、日常は冒険者用の片刃曲剣を装備してね。貴族の子弟には横取りしようとする奴もいるでしょうから。未だ騎士の身分を得ていないと、面倒だからね。でも、聖ミシェル勲章は身に着けておいてちょうだい。それが、身分の代わりになるはずだから」


 聖ミシェル勲章は、ミアン防衛戦に従軍したリリアル生が持つ一般的な勲章である。二人も『銃兵』として参加し、勲章を授与されている。近衛連隊と一部の騎士団の騎士・従騎士が参加した防衛戦だが、その数は多くない。ミアン内で防衛に尽力した市民兵やリリアルは全員授与されているが、増援で加わった近衛連隊などでは特筆した活躍が無ければ授与されていない。


「あなた達が、胸を張って騎士となれるわかりやすい勲章ですもの。見える場所に堂々と付けて欲しいわね」

「「はい」」


 制服を身に着け、胸に勲章を付けたリリアルの従騎士に絡む馬鹿は……たぶんそう多くはない。





 その後、四人は、夜遅くまで、遠征や演習に関しての出来事を語ったのだが、恐らく、半分くらいは起こりえないことになるだろう。連合王国の偽装兵やアンデッド討伐、ミアン防衛戦に繋がるような話は薬師娘たちの講義では発生するわけがない。


「可能性的には、ワスティンの探索が加わるかも知れないわね」

「……考えていなかったわ。でも、リリアル領になるのだから、騎士学校生は関われないんじゃない?」


 ワスティンの森はリリアル領とはいうものの、副伯としては使用権を譲渡されただけであり、それ以外の権利は未だ王領にあるとされている。故に、今の段階では騎士学校が遠征をおこなう事もリリアルに「通達」するだけで問題無い。


 土地の上の利用権はリリアルにあるが、その土地そのものは王家に権利がある。言い換えれば、使用権を何らかの形で別の褒賞に変える事も出来ないわけではない。


「へぇ、副伯になったばかりで随分と大きな領地を貰ったものだと思っていたんだけど、そんな絡繰りなのね」

「全部一度に渡されても困るじゃない? 今は段階的に手を入れて森の中に整備された街道や拠点を設置することが優先ですもの。その上で、魔物を駆除して森を開拓して領地として運営できるようにするまでには、随分と時間がかかるでしょうね」


 殖民も募らねばならないであろうし、領都となる拠点もある程度の規模で設けなければ発展するにも難しい。それ以上に、ワスティンに干渉する勢力を駆除することが必要となる。


 王都の盆地に食い込んでいるワスティンの森は、喉元に突きつけられた剣先のようなもの。その剣を叩き折るためには、やらなければならない事はとても多い。


 リリアル領としながらも、王領として介入できる要素を持っているのは、リリアル単体では対応不可能となった場合に、騎士団や近衛連隊を投入できるようにするためだろうか。


『要確認か』


 祖母が壮健な間は、祖母が窓口となって王宮との遣り取りは問題なくできるであろう。あと五十年は元気でいて欲しいものである。


「一先ず、ワスティンのことはいいわ。二人が騎士学校で不利なことがないように、今期は私も講師として講義を持つついでに視察することにしますから、心配ないわ」

「「「……しんぱいだらけです……」」」


 リリアル学院に関しては、ミアン防衛戦でその活動が広まっており、これまで彼女自身の活動しか注目されていなかったところが、学院・騎士・冒険者活動として認知されつつある。


「舐められないように、最初にガッン! といっておきなさい」

「はい」

「はいじゃありませんよぉ。後ろの方で小さくなって目立たないようにしておきますからぁ」


 伯姪の言葉に力強く答える灰目藍髪、不本意かつそんなわけあるかとばかりに反論する碧目金髪。前者はともかく、後者は剣の腕はからっきしである。


「実技の時間どうするかが問題ね」

「大丈夫よ!! 全力で身体強化して、一瞬の突きを決めれば、相手はブチ倒されるってすんぽうよ!」

「全然大丈夫じゃないですぅ。一瞬の身体強化かぁ……」


 リリアル生は、気配隠蔽と身体強化に魔力纏いは必ず冒険者となる前に習得させている。騎士学校に来る従騎士達の半数程度は、全く魔力が無いか魔術が使えない。遣えても、身体強化程度である。


「そうなんですか?」

「そうよ」

「そうね。三つ使える騎士は稀ね。そもそも、騎士は気配隠蔽なんて使わないもの」

「それはそうですね」

「使えれば便利なんだけどね。戦場で孤立したり、護衛対象に気が付かれず警護することもできるし。そもそも、魔力持ちは騎士より魔術師目指すし。特に貴族ならね」


 大貴族の当主やその一族ならともかく、王家に仕えるのであれば、王の側近に連なる『王宮魔術師』になろうとする貴族子弟は多い。騎士や下級貴族の子弟は魔力も相応に低めであり、騎士になる者は相対的に多い。魔術を教わるにも、相応の礼金や寄付が必要となる。故に、数少ない魔術師の弟子は、資金力のある高位貴族の子弟が占める事になる。


「ポーション作って魔力を増やすとか普通は知らないし、やらないのよね」

「そもそも、作業する事自体貴族らしくないからかしらね」

「「確かに」」


 魔力が多く、魔術師に指示する資金力のある高位貴族の子弟は、自身ではなにもせず、使用人にやらせることが貴族らしいとされる。どこかの島国の貴族の間において最近流行る「ラフ」という首周りを飾る装飾品も、使い捨てにするような精緻な布の装身具である。


 自ら働かず、無駄なものに金を掛けるゆとりのある生活を送れるということを示すためだとか。人攫いの親玉の分際で、随分と身の丈に合わない贅沢をしているものだと、彼女はとても腹立たしく感じている。


「歴史に名を遺した聖人たちは、自らの苦境をものともせずに荒れ地を開墾したり、苦難に立ち向かった人達だったのよね。その行為を顕彰して、死後聖人に列せられたわけでしょう。借金だらけの貧乏女王が見栄を張るなんて見苦しいにもほどがあるわ」

「自分自身が卑しい存在であると知るからこそ、見栄を張り周りにも同調を求めるのよね。まあ、どんな女王様か、そのうちみることができるのだから、その辺楽しみにしておきましょうよ」


 そもそも、あんな首周りに布の張りぼてを纏わりつかせ、聞くところによると化粧と身支度に毎日四時間を費やすような女王が賢明なわけがないと彼女は思うのである。


「あなたたちも渡海するのだから、楽しみにしておきなさい」

「その前に騎士学校で遠征かぁ。あ、狼の毛皮テントは持って行った方がいいわよ。魔法袋もできれば使えるようにしておきたいわね」

「「魔力が足りません」」


 魔力極少から小にパワーアップしたものの、魔法袋は魔力をそれなりに常時消費するので、二人には少々厳しいようである。狼テントは構造が簡単なので、馬に荷物として括りつけても問題ないだろう。野営慣れしているとはいえ、リリアルの野営はそれなりに環境が整備されている。


 野営慣れしていない騎士学校の生徒に巻き込まれるのは中々シンドイことになるだろう。女性は独立したテントになるはずなので、狼の毛皮テントに二人で寝泊まりする方が良いだろう。


「見張とかあるわよね」

「それはそれで大変ね。昼は馬上で移動するから疲れるし、夜は見張でしっかり寝られないのだから、短い時間でも熟睡できる寝具が大事ね」


 今はあまり使われていないが、魔装布のマントを毛布代わりにするという方法もよいかもしれない。


 騎士学校に通う半年の間、平日は騎士学校、金曜日の夜から月曜の朝まではリリアルの二元生活がスタートする、灰目藍髪と碧目金髪なのである。


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