第486話-2 彼女は『ガルム』の敗北を確信する
リリアルの敷地の中で森に近い一角。最近拡張され、50mの位置と100mの位置から狙えるように変更されている。長銃身の魔装銃練習用に設けたものだ。
そのはるか遠くにある的には……なにか人間の手足を失った物体が立てかけられているのが見て取れる。最初は、訓練所でも見かけた木人かとおもった訓練生だが、なにやら呻き声のようなものが聞こえるので生き物であることを知る。
「これから見せるのは、手足はないけれど、本物の吸血鬼だから注意してちょうだいね。近寄ったり、目線を合わせると危ないから、目を見ないようにね」
「「「「……はい……」」」」
夜一人でトイレに行くのも怖い年ごろである。本物の吸血鬼なんて本来は見た時点で自分が死ぬこと確定レベルの魔物だ。
「ちなみに、リリアルの守備隊長は半人狼の狼人なの。だから、それも覚えていてちょうだい。守備隊長は悪い事はしないから」
「そうそう、院長先生に一度叩きのめされてリリアルで働くことになったの。けど、吸血鬼は違う。聖都近郊で、村を滅ぼしたり、傭兵団を全滅させたりした悪い魔物だから。本当に危険なの。注意して」
全員が顔を見合わせ、無言でコッコクと頷く。
「吸血鬼は吸血鬼を作ることができるのだけれど、魔力持ちであること、親となる吸血鬼が吸血鬼になれるだけの魔力を持つ魂を分霊し分け与える事が条件になるの。ここにいる吸血鬼は全てそれができない低級な吸血鬼だから、騙されないように注意してほしいわね」
例えば、魔力の無い子供が絶望し甘言に誑かされるかもしれない。魔力を持たず、吸血鬼が分霊する気がなければ吸血鬼になれないのだ。それはノインテーターも同様であり、魔力持ちが大前提なのは共通である。
『ユ、赦シテェ……』
『イタイノハ嫌ダァ……』
『……』
目が死んでいる三匹の達磨吸血鬼。
「ほ、本物だぁ」
「牙がでてるよ。怖いよ」
「大丈夫大丈夫。これは的当ての的だから。ほら」
50mの位置まで後退し、魔法袋から魔装銃を取り出す伯姪。同行するのは薬師組の四人の銃兵。
「リリアルは冒険者半分、薬師半分なの。けれど、王国の危機には全員で戦うわ。その時に、剣や槍が使えない女の子や小さい子でも銃であれば戦えるわ。その為の練習場所がここ。あれは吸血鬼ではあるけれど、『的』でもあるの」
「的……ですか」
「そう。頭や胴体に命中しなければ、人間を倒すことは出来ないのよ。幸い、吸血鬼は手足を失い、胴体や頭に銃弾を命中させたくらいでは死なないから、捕らえて情報を聞き出した後はこうして再利用しているの」
「「「……再利用……」」」
この世でも上位の魔物とされる吸血鬼を三体も「的」として抱えているリリアル。
「あ、壊れそうになったら、鶏か豚の血を飲ませれば大丈夫よ! 薬草畑の水やりの時に、一緒にやるから大丈夫。遠慮しないでいいわよ!」
子供たちは遠慮しているわけでは決してない。
デモンストレーションを始める、一期生薬師組。魔装銃は古いごついタイプである。
「おっきい銃」
「あんな大きい銃もてないよね」
七八歳の子は勿論、十歳の子も不安気である。
「今すぐ使える必要はないわ。それに、ほら、このくらいの小さい銃もあるのよ。いま、リジェで購入した軽量銃を参考に新型の開発を進めるから、みんなにも支給できると思うわ」
まずは、基本的な素材採取と自衛のできる冒険者の訓練を行うと並行し、銃の扱いも覚えさせていくことになる。例えば、魔装銃二丁に一人の魔力持ちでも、射撃間隔は通常のマスケット銃の数倍となるだろう。魔力を込める時間は一瞬であり、手の届く範囲にいればいいのだから。二人一組で魔力持ちと魔力を持たない銃手がペアを組んでもいい。
Pow!!
と、火薬の爆発音からすれば数段小さな炸裂音がすると、遠くの吸血鬼の的に弾丸が吸い込まれ、悲鳴と共に小さな血しぶきと煙が命中した吸血鬼から立ち上る。吸血鬼は『不死』ではあるは、痛覚が無いわけでも傷ができないわけでもない。
遠くの的に面白いように弾丸を命中させていく自分より少し年上の少女たちをみて、新入生は吸血鬼への恐怖よりその腕前への関心が強くなって行く様子を彼女は感じていた。
しばらく射撃を見せたのち、彼女は新入生十八人に一度ずつ射撃を経験させることにした。魔装銃は、魔力が無くとも一発だけなら事前に込めた魔力により発射させることができる。
新入生は大喜びする大半の者と、顔を引きつらせる……公女殿下に別れる。
「ネデルでは市民も銃を持って戦うのではありませんか」
「……そうですね。わたくしも、銃を扱えるようになるべきですね」
魔装銃は火薬を用いるマスケットと異なり、火花は散らないため、発射の際に顔に火傷を負う危険もなく、暴発の危険もマスケットより格段に小さい。不発だとしても、魔石のトラブルか魔力不足かであり、火薬が突然発火するような危険性はない、安全安心の装備である。
Pow Powと代わるがわる射撃をした後、希望者に拳銃の射撃も経験させることにした。これは、魔装銃よりかなり小さく、小さな子供でも十分に取り扱う事ができる装備だ。
「これなら一人で使えそう」
「かっけぇ!!」
魔装拳銃の射程は10mほどであり、それ以上離れると命中精度が怪しくなる。飛んでも命中しないという意味だ。
的から10m離れた位置で拳銃を構え、吸血鬼を狙う。
「さっきのは普通の弾ね。これは、聖魔弾。魔力を込めた弾丸で聖別されたものよ。アンデッドにも効果があるの」
彼女の魔力を込めた魔鉛弾。命中すれば……一撃でダウンである。
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