第458話-2  彼女はリジェとオラン公の会談に立ち会う


 今回の遠征は既に目的を達しており、あとはオラン公がネデルから引き上げることで問題は解決するという。


 直卒の軍のうち、騎士・騎兵五百の半数はオラン公に同行し、原神子派の拠点都市に滞在し、傭兵団のように活動するという。大半の歩兵と帝国内に所領のある騎士達はトラスブル経由でディルブルクへ帰還する予定だという。


「今後も良い関係を築けるように、互いの立場を尊重したいものです」


 オラン公は、帝国で結ばれている『聖霊和約』の内容を遵守し、リジェ領内において、オラン公の軍がこれ以上騒乱を起こさない事を約束する。


「こちらもそれは同意いたします」

「しかし、今後の関係をどう調整するかは、課題ですな」


 ニース商会が仲介するとはいえ、意思疎通を手助けする程度の関係だろう。手を結ぶことは宗派の違いから困難な面もある。参事会に参加する多くの商工人は原神子信徒が含まれるが、だからと言って司教領内で原神子派の活動を支援するつもりはあまりないようだからだ。


 ネデル国内でリジェをオラン公の活動拠点に提供することは司教猊下の立場からしても困難である。もう少し、新興都市で、水上の移動の可能な港湾都市が望ましいだろう。リジェはいささか内陸過ぎるのだ。いざという時に、船で大勢が逃げ出せない。


「王国が仲介者になって下さるのが最も良いのだが」

「そうですな……王国の王家は教皇庁との関係も良好。オラン公と今の国王陛下は面識もあると伺っております」

「確かに、面識はあるが……」


 リジェとオラン公の関係を担保するつもりは王国にはないだろう。むしろ、個人的に王弟殿下あたりに委ねることが良い落としどころかもしれない。


 国や国王が仲介をした場合、国内の勢力の中に原神子信徒であるオラン公に肩入れすることを良しとしない者も少なくない。また、関係が悪くなった場合、王国・国王の調停能力に不信感を持つ者が生まれる可能性もある。


 王弟殿下の場合、そもそも政治的な能力に対しては未知数であること、さらに、連合王国の女王陛下の王配候補として原神子信徒に対する理解があるということは有利に働く事、なにより、アンゲラ城でオラン公とはこの後会談する予定であることが決まっている。


「王弟殿下を仲介者とするのはいかがでしょう」

「……国王陛下の弟御か。あまり人物について聞かぬ方だが……」


 大丈夫かと全員が彼女の顔を見る。うん、大丈夫じゃないかもしれないよ。だが、王国自体を仲介者にするよりは受けてもらいやすいだろう。王弟殿下も政治家としての力量を示す機会でもあるし、リジェ司教領と懇意にする理由付けにもなる。


 リジェから得られるネデルの情報を活用する機会が、王国北東部を預かることになるだろう王弟殿下には多くあるはずだからだ。


「手腕は未知数ですが、連合王国の女王陛下の王配候補でもありますので、原神子信徒に関しては……」

「なるほど。中立かやや同義的か」

「国王陛下よりも、柔軟に対応していただけるやもしれません。王太后様も大変大切にされていると聞きます」


 マザコンである。いや、王太后の存命中は、王弟のやらかしに対しても十分国王はケアするだろう。その後は微妙だが、母親の目の前で弟を見殺しにするという決断をするとは思えない。冷徹ではあるが、冷酷ではないのが国王陛下の性格だ。


「リリアル男爵。王弟殿下と引き合わせて貰いたい」

「リジェにも一度足をお運びいただければ。街を挙げて歓待いたしましょう」

「リジェ司教領としては。国賓として司教宮殿にご招待いたします」


 オラン公リジェ側双方に依頼され、彼女は頷かざるを得なさそうだ。リジェ訪問は……王太后の許可が必要そうだが、なんとかなるだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 オラン公とリジェ司教領の間の密約は、最終的に王弟殿下が仲介者として立ち会う事で成立するということになる。今の段階では「覚書」というところだろうか。概ね合意、詳細を詰めたのち王弟殿下立ち合いの元書面にて締結する……

となる。


『宮中伯も呼んだ方がいいだろうな』

「……いい考えね。陛下を巻込まなくとも、王宮には関わってもらうべきですもの。今後の王国の外交政策にも関わるでしょうから、アルマン様が裏で舵を取るべき内容になるでしょう」


 宮中伯アルマン。次期宰相とも呼ばれている男だが、彼女とはいささか関係が深い。祖母の孫弟子とも言われているのだが、彼女に当りがきついのは祖母の影響ではないかと彼女は最近考えている。




 部屋に戻ると姉がいた。


「お疲れ、妹ちゃん」

「……そう思っているなら、そっとしておいてちょうだい」

「あはは、動かなきゃならないでしょ? リリアルだけだと後手に回りそうだから、私も協力するよ」


 王宮内の工作なら、姉を巻込んだ方が楽だろうとは彼女も理解している。先ほどまでの密約会談に関して、一通り姉に伝える。


「妹ちゃん中心に会議が動いたわけだね」

「なにをどう理解したらそうなるのかしら? 原神子派の巨頭と、御神子教の司教猊下が直接取決めを行うというのが難しいので、王国を仲介者にしたいと申し出られたのよ。でも、王弟殿下が適任だと提案しただけよ」


 一応、彼女は王弟殿下の『婚約者候補』である。王太后もお飾りの王都総監だけでなく、外交的得点も可愛い末息子に与えたいだろう。


「宮中伯を補佐役に付けるのはいい考えだね。書面作成なんかは、それが正解だろうし、文面で王国が巻き込まれないように上手に内容を工夫するのも王弟殿下じゃ難しいだろうしね」


 法律文章の専門家に密約とはいえ、協約文章の作成は任せるべきだと姉も同意するのである。




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