第六幕『瓦解』

第452話-1 彼女は姉をシャリブルに会わせる 

『実は、私の工房がリジェに残っているはずなのです』


 出先で瀕死の重傷を負い、ノインテーターとなったシャリブルは、元はリジェの武器職人であり、店舗兼工房兼住居を狭いながらも構えていたのだという。家賃は数年分前払いをしているので、恐らくは問題なく残っているだろうという。


『職人がニ三年街を離れる事は良くあることですから。権利関係で問題がないのであれば、そのままのはずです』


 ギルドの会員でもあったので、いきなり取り上げられている事はないだろうという。但し、弟子はいなかったので、会員資格を返上すれば街を引き払う事も問題ないだろうという。


 店を探している彼女の姉に話をすれば、比較的うまく引き継げるのではないかと思わないでもない。どの道、リジェにはニース商会が支店を設置する予定なのだ。


 店舗だけではなく、工房・住居もセットになっている点が評価できる。商会店舗としてだけでなく、前進基地・活動拠点として密かに扱える場所である必要があるからだ。武器のメンテができ、店で完結した生活が成立つところが良い。


 司教宮殿に滞在しているであろう姉にまずは会わせて……なんとか店に住まわせたいのだが、連れが公女殿下ではそれも無理だろうか。


「では、早速参りましょうか」

『いえ……私が司教宮殿や教会に立ち入るのは問題ではないでしょうか……』


 入れない事はないかもしれないが、体調に異常が発生したり、以前の顔見知りに教会で声を掛けられるのも問題になるかもしれない。


『武具ギルドの入口で待ち合せましょう。先に、事情を話しておきます』

「ええ。お願いしますね」


 リ・アトリエ一行は宮殿へと移動する。




 姉は外出することもなく、公女殿下とアンネ=マリアの相手をしていたようで、直ぐに居場所を特定することができた。お茶の用意をして貰っている間に、与えられている客室に戻り着替えをする。短い日数だが野営をし、なおかつ討伐後でもある。身ぎれいとは言い難いからだ。


 体を洗い、着替えをする。公女殿下たちの護衛は、『ゼン』と灰目藍髪、赤目銀髪に頼む事にする。彼女と歩人、そして姉を連れて武具師ギルドへと向かうことにする。


 予想に反せず、良い物件であり工房・住居併設の場所は好感触であった。


「いいねその物件。いや、サボアでもさぁ……」


 鉱山街で土夫の工房の多い場所に店舗を構えることになった際も、似たような店舗としての構えより実用性を優先して借りたという話を姉はする。


「拠点としてはその方が何かと便利ですもの」

「そうそう。できれば工具も……」

「それは据え付け型の物はともかく、職人の道具は別でしょう? 愛着があるでしょうし、人を選ぶと思うわ」


 特に、シャリブルは弓銃職人であり、一般的な鍛冶師とは異なる。それに加え、刀身と柄の職人は異なる場合が本来である。商売として考えた場合、武具は誂え・拵えが大切な装飾品の要素もある。貴族相手の武具が桁違いに高価であるのは、武器としての質も勿論だが、装飾の手間も相当影響をしている。


 性能だけで言えばリリアルの魔銀剣は老土夫の作成で高品質なものだが、拵えは実用品なので、貴族の持ち物としては貧相であるが、リリアル的にはそれでかまわない。


 


 三人は商人街区にある武具師ギルドへと移動する。シャリブルの廃業届と、店舗の権利の移譲について、ギルドを仲介者として契約を行えるかどうかの事前の打診を行っているはずだ。


 ギルド前で彼女たちを待っていたシャリブルは、アイネとの挨拶を交すと、『権利の移譲について、いま書類関係を整えて貰っています』と伝えた。


「先ずは物件案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

『一年ほど不在でしたので、多少散らかっているかと思いますがご容赦ください』


 定期的に清掃や確認を不在の間依頼していたものの、毎日住んでいるのとは訳が違うのだろう。炉も火を落としているので、これも実際使ってみないと状況は分からないが、それ以外は凡そ確認できるだろう。


 街の中心から離れた奥まった場所。とは言え、工房街区と商業街区の中間ほどにある比較的環境のいい場所にシャリブルの工房はあった。


「いいじゃない?」

「閑静……とまではいかないでしょうけれど、鎚の音が響き渡るような環境ではないので安心したのではないかしら姉さんも」

「塀が近いな……あの向こうは川か堀か」

『堀です。水路に近い所は水車で鞴が使えるので、家賃も段違いですから』


 水車で鞴を動かすのは、剣や板金鎧の手掛ける工房だろうか。故に、それなりの武具の値段に転嫁されると思われる。シャリブル自身は、弓銃用の板ばね等は、別の職人に依頼し作成をしたものを加工するようで、ゼロから作るわけではないので、それほど大きなものは不要なのだという。


『なので、銃を作る事はこの工房ではできないのです』


 鉄の棒に鉄の板を播きつけ一体になるように叩いたりして銃身を作り上げるため、剣を作るような高温の炉が必要なのだ。それがこの工房にはない。店舗部分はカウンターと小さめの商談室、展示はあくまで見本や消耗品を並べる為のスペース程度で小さ目。


 工房は、素材などの保管庫も十分にある。地下階に保管庫と工房。一階には店舗部分と水回りが纏まっている。二階は執務室と主人用の寝室。三階には客室が二部屋。最上階は住みこみ見習用の屋根裏部屋と納戸がある。


「良い間取りじゃない。水回りが一階に纏まっているのも機能的だし、作業場所が地下なのも安全面で悪くないと思う。これで予算が合えばお願いしたいわね」

『今の家賃が……この程度です。司教様から口添えがあれば、ニース商会の支店であれば割安になると思いますよ』


 ニース商会=ニース辺境伯家=聖エゼル海軍は教皇庁の覚えもめでたい存在である。聖征の時代であれば、大家が寄進する可能性もある存在だ。もしかすると、このネデル騒乱が続くようであれば、聖エゼル海軍への寄進というかたちで、リジェの安全保障面で効果があるかも知れないと考えるだろう。


「ここいいわぁ~」

『お気に召していただいたようで何よりです。可能であれば、このままギルドで契約を結びたいと思います。如何でしょうか?』


 姉といつの間にか合流していたエルダーリッチ系ニース商会使用人の『アンヌ』と連れ立ち、彼女の姉はシャリブルと武具師ギルドへと向かう事になった。


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