第392話-2 彼女は『フリンゲン』へ忍び込む
ひと際大きな館の前に到着する。総督の住居を除けば、個人宅としては最大の物なのだろう。
「ここに忍び込む」
「……その前に……犬が放たれています」
門には冒険者か雇われの護衛と思われる者の姿が見えるが、敷地の中間で人を配置することはしていないようだ。只の街の有力者であれば、当然それほど多くの護衛を手元に置いているわけがない。
その代わり、番犬を夜間は敷地の庭に放ち、侵入者対応をさせているのだろう。中には忍び込んで盗みを働く者、夜中に財産をくすねて逃げ出す使用人もいないとも限らない。庭に放たれた番犬の方が人より余程役に立つ。
「始末できそうかしら」
「任せて」
「殺すだけならそれほどでもありません」
茶目栗毛と赤目銀髪は、気配を消したまま壁を乗り越え中へと入っていく。
「……冒険者とは恐ろしいものだな」
「いいえ。あの二人が特に隠密行動が得意なだけです。もう少し力業がいつもなんです」
彼女を始めとして、正面からの制圧の方がリリアル全体としては得意である。隠密行動が得意なメンバーは少ない。それも今後の課題かもしれない。
しばらくすると、小さな悲鳴が聞こえ庭を動き回る気配が消える。
塀の上で赤目銀髪が合図をする。
「さて、参りましょうか閣下」
「できれば自分の脚で登りたいのだが」
今回は大して距離もないので、彼女が形成した魔力壁をゆっくりと踏みめてアゾルは邸内へと侵入した。
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既に屋敷の主の部屋を突き止めていた茶目栗毛に導かれ、彼女たちは気配隠蔽もそこそこに屋敷の奥へと足を進めた。王宮などと異なり、普通の下位貴族の屋敷……いうなれば彼女の実家……より少し豪華な作りであったが、何か通路に仕掛けがあるわけではなかった。
茶目栗毛が立ち止まり、「ここです」とばかりに扉の前で指をさす。中に人の気配はあるものの、一人きりのようだ。
彼女はゆっくりと音もなく扉を開ける。
「こんばんは、あなたがこのお屋敷の主でいいのかしら?」
「……誰だ貴様!! だ、誰か!!!」
大きな声を出すものの、この部屋の中は彼女の魔力壁で六面とも塞いであるため、外に音が漏れることはない。暫く叫んでいたが、キリがないので茶目栗毛に合図し、男を後ろ手に締めあげ、赤毛娘が素早く腕を縛り上げ、ついでに足をへし折る。
「がぁ!! な、何をする!」
「その言葉は、そっくり貴様らに返そう」
「お、お前……いえ、貴方様は……ナッツ卿……」
「兄の代理で推参した。随分とふざけた真似をしてくれたものだな」
やや小太りで頭の薄くなった館の主は、アゾルの顔を見て全てを悟ったようで大人しくなる。
「わ、私を殺すおつもりか……」
「いや、今のところその予定はないよ。ただ、裏切り者が裏切り者と総督に知られないのは面白くないからね。ちょっとした意思表示と、今後の君たちへの警告をしに来たというところだね」
彼女達は当然そのような事は知らされていなかったのだが、土壇場で原神子派の都市の有力者共々裏切り、自分たちだけがネデル総督府に阿る行為に走った者たちが、決して衷心から従っているわけではないということを公にする事が今回の潜入の目的であったのだろう。
「わ、私達も、みすみす異端審問で処刑されるわけにはまいりません」
「それは分かるが、罠にはめるかのように嘘をつき、我等の遠征を受け入れたのはおかしかろう。私たちの首でもバレス公に献上してご機嫌伺いでもするつもりであったのか」
「……」
あわよくばそのつもりであったようだ。この男は、州総督であるベンソン男爵が急ぎフリンゲンに戻り、戦力を整えた為黙っていたのだろうが、本来は、遠征軍の一部を受け入れ、ルイとアゾルの兄弟を宴席にでも招いて騙し討ちにするつもりであったのだろう。男爵の動きが早すぎて、自分たちの策が使えなかったのか少々悔しげでもある。
「さて、脚の一本もへし折りましたが、これでしまいにしますか?」
「……いや、この男を縛ったまま、忠義の犬の死骸と共に橋の欄干から運河にでも吊るしてやりたいのだが……」
「追加料金が必要」
「無料というわけにはいかないですね」
赤目銀髪と茶目栗毛の言葉に、アゾルは「金貨一枚だ」と伝え、彼女たちは頷いた。
翌朝、明るくなった際に運河に向けて吊るされた幾人かの町の有力者と犬の死体が大勢の目に留まる事になったのは言うまでもない。
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