第384話-1 彼女は男爵に絡まれる
数日後駐屯地を発った南ネデル遠征軍は、メイン川に沿って北上し、デスブルクの手前から西進し凡そ三日の行軍でロモンドへと到着する予定であった。
『あのよ、普通は軽装の騎兵を先行させて、敵と先に接触させるように行軍するもんだろ』
「折角雇った騎兵を並べて見せておきたいのではないかしら」
モンテ男爵がリジェ司教領で募兵した騎兵を自分の後ろに並べ、軍の先頭を行く姿は、机上の理論しか知らない彼女や『魔剣』からみても可笑しなものに映っている。
これが自領に敵が侵入して来て、それを迎撃するというのならばその必要性は若干低下する。襲われた街や地域の者たちが周囲に救援を要請する為の使者を送るから、どの程度の戦力がどこに現れたのかを知る事ができる。
元はネデルの貴族達とはいえ、これから出向くロモンドも、ロモンド周辺の総督府軍の配置されている都市もどういう状況なのか、自ら兵を派遣して情報を集めなければ何もわからないのである。
騎馬の列の先頭に立つモンテ男爵は、この日の為に手に入れたのだろうか、装飾のされた重装の騎馬鎧を着用しているのだが、微妙にサイズが合っていないのは既製品ないし中古品を調整したからだろう。装飾の凝った完全板金鎧は非常に高価だ。並の板金鎧でさえ百年戦争の時代であれば、金貨十枚ほどしたが今でも金貨二枚はする。
これが、装飾を施したものとなれば十倍、百倍もありえる。城一つと等価と言われる国王・皇帝用の物さえあるのだ。
男爵はとても機嫌よく進んでいるのだが、彼女たちはそうではない。為すべき事を為していない軍の指揮官を目の前にして、落ち着くわけがない。
「おい、どうすんだよ」
「どうもしないわ。六人がバラバラにならなければ、最悪、デンベルグ伯をあなたの馬の後ろに乗せて逃げ出すだけですもの」
「……だ、だよな……」
元戦士団長であった狼人の目から見ても、この遠征軍は軍隊として為すべき事が全くできていないと見えるのだという。索敵しないで、どうやって敵との遭遇を回避するのだろう。
「ですが、ネデル総督府軍が駐留しているのは、目的地であるロモンドより西の都市しかありません。ですから……」
「この軍隊じゃそんな場所まで探るのは無理」
「はぁ。天気は良いし、遠足気分で楽しいはずなのにぃ……」
馬車の馭者台には茶目栗毛、その後ろには赤目銀髪と碧目金髪が座る。
二頭に、彼女と狼人が乗り、馬車には残りの四人が乗り込んでいる。戦闘になれば、馬車を収納し、其々がタンデムで二組の騎兵となる。今は、彼女と灰目藍髪がタンデムとなっている。
「タンデムと言えば修道騎士団の紋章ですね」
その昔、有志で始められた修道騎士団は、巡礼者を守るために聖王国の巡礼街道を馬で警邏していたのだが、馬が揃えられず、二人乗りの騎士が馬で回っていたのだという。その清貧と巡礼者を守る志を紋章として残すことにしたのだという。
「……おほもだちな騎士団」
「それは言っちゃならねんだよ」
御神子教において、同性愛は禁忌であるが、戦友としての友愛は大いに認められるだろう。つまり、ホモじゃねぇ!! 男同士の熱い友情だぁ!!ということになっている。
彼女達がそれなりに行軍を楽しんでいると、モンテ男爵が馬を寄せてきた。
「魔物は出そうかな」
「……日中遭遇するような魔物は、これだけの軍勢を見れば近づいて来る事はありません。それと、私達が警戒しているのは総督府軍に紛れこんでいる吸血鬼の一党です」
話しかけてくる内容としては悪くはないが、冒険者が軍に同行して狩る魔物が、日頃見かけるゴブリンや精々オークなわけがない。
先ほどから、「ふーん」とか「ほーん」といった声を上げ、何か言いたげである。
「アリー殿は、王国では男爵の爵位を持たれているとか」
「そうですね。連合王国の戦列艦を捕らえた際の論功賞で叙任されました」
「……戦列艦?」
「はい」
モンテ男爵は……戦列艦を拿捕するという事と、男爵位の価値が等価である事が理解できないようだ。これは、王女殿下とレンヌ大公子を助け、僅か二人で連合王国の新鋭戦列艦を無傷で拿捕し、尚且つ、レンヌに巣くう人身売買組織に繋がる書類とそれに関係していた船長以下の船員を捕縛した功による。船を抑えただけで男爵になるわけではない。
ただ、面倒であるので細かな説明をするつもりもなかった。
ジロジロと不躾な視線を送る男爵。そして、いきなり装備の貧相さをこきおろし始めた。
「しかし、冒険者とはいえ、戦場に同行するのだから、もう少し装備には気を使わないといかん」
やれ、白銀色の布の衣装に簡素な胸鎧しか身に付けないで戦場に出るというのは、徴募した農兵と変わらないとか。馬に鎧を着せるのであれば、もう少し紋章入りや家名の伝わる色柄にすべきであるとか……大きなお世話を話し始めた。
そもそも、魔銀糸で織られ魔装の馬鎧に魔装衣の完全装備であるから、金貨で例えるなら、百枚近い金額となるだろう。実際、売る事はないので、それこそ国王陛下の身に着ける板金鎧と等価とも言える。まして、その効果は板金鎧を大いに凌ぐ、魔導鎧並みの効果を発揮するのだから、知らぬが花といったところだろうか。
「しかし、その腰の剣は……不釣り合いだな。どれ儂が……」
今回は、カトリナが帝国行の際に渡してくれたギュイエ家のルーンの刻まれた魔銀剣を佩いている。その剣に手を伸ばす男爵に魔装壁が形成されバシッとばかりに弾かれる。
「なっ!! 何事ぞ!!」
お前の行為が何事かなのだが、周囲の騎兵がこちらを注視するので、彼女は敢えて周りに聞こえるように声を張る。
「あなたが触れて良い剣ではありませんモンテ……元男爵!」
「くっ……」
モンテをはじめ、オラン公に至るまで本来は「元」が付く存在なのだ。オラン公は以前は帝国皇帝に、現在においてはネデル領の宗主である神国国王に封ぜられて『オラン公爵』として認められていた。そもそも、相続の条件も『原神子から御神子へ宗旨替えする事』という条件を飲んだ上で親族として認められたにすぎない。
ネデルの貴族は大なり小なり今の宗主である神国国王あっての存在に過ぎない。モンテ元男爵もそのれに該当する。既に爵位も剥奪され、領地も取り上げられた「元貴族」なのだ。
「この剣は、わが友、ギュイエ公爵令嬢カトリナ様から譲られたルーンの施された重代の宝剣。あなたが望んで手に入れる事はできません。ギュイエ公爵家を敵にしてネデルで貴族として返り咲くなど不可能でしょう」
ギュイエ領からワインなどの酒類、穀物を輸入することで連合王国と同様、ネデルの都市は大きく関係を持っている。経済的に行き詰まりつつあるネデルの諸都市にとって、大口取引先であるギュイエ領の領主と険悪な元貴族と関係を持ちたいと思う者はいないだろう。
「……そ、それは大変失礼いたしましたなアリー殿」
「もしよろしければ、王国副元帥リリアル男爵閣下……と呼んでいただいても構わないですわよ……元男爵」
全身を振るわせ、顔面を深紅に染めたモンテ元男爵は「失礼する!!」と怒号紛いの声を上げ彼女達から立ち去って行った。
『捨て駒に相応しい、身の程知らずの見栄っ張りだな』
『魔剣』が言う通り、この行軍自体に対した意味はない。陽動と足を引っ張るネデルの元貴族たちを合法的にネデル総督府軍の精兵に処分させることが目的なのだろう。
「やはり、ロモンドは遠征軍を受け入れないのでしょうね」
『話を聞くふりして、そのまま総督府に連絡しているんじゃねぇか。街の前で総督府軍が待ち構えているかもしれねぇぞ』
行軍は順調で、三日間天気にも恵まれピクニック気分でロモンドの街へと到着したのだったが、予想通り、遠征軍の姿を見せても門は開かれず、特使を送ってもなしのつぶてであったのは言うまでもない。
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