第371話-2 彼女は傭兵相手の模擬戦を見学する
灰目藍髪は軽く剣を合わせ、左右にステップしながら体を躱していく。大男が小娘にいいようにあしらわれているように周りからは見えているが、当の本人であるアダルガは次第に脂汗へと変わっていく。
力を示せば簡単に倒せる相手だと思っていた。体重は二倍以上、年齢も恐らくそうだろう。戦場の経験なんて比較するまでもない。
だが、目の前の少女にまるで手が出ない。剣の出所を抑えられ容易に斬り下ろす事も突き崩す事も出来ない。打ち込めば魔力の塊に跳ね返され、時に、喉や目などを狙ってその塊が射ち放たれ、少なくない痛みを感じる。
最初の頃は「真面目にやれ」とか「手加減すんじゃねーぞ」と罵声を浴びせていたはずの同業者が徐々に鎮まっていく。それにだ、魔力を用いた戦闘は精々五分程度しか魔力が持たない。戦場であっても、身体強化を用いての最初の突撃の際の一撃、そしてその追撃で使う程度であり、上手く使っても十五分程度しか持たない。そんなものなのだ。
魔術師の用いる魔力は、魔術を発動するためのものであり、騎士や魔剣士のそれとは大いに異なる。魔力が多ければ魔術師として後方から魔力を放ち攻撃する役割に専念するか、魔導具の作成に従事するものであり、戦場に出てくる魔力持ちは少ない者がほとんどであり、稼働時間も限られている。
だが、この目の前の少女は五分はとうに過ぎ、既に十分は経過しているだろう。汗をかき、息も少し上がっているが魔力切れの兆候は見えない。つまり、素の身体能力で大男である自分と対峙できているのだとアダルガは理解した。
「そちらの魔力はそろそろ終わりでしょうかね」
「問題ねぇ。そっちこそ、魔力が足らなくなってきてるんじゃねぇのか?」
アダルガはそうあって欲しいという気持ちも込めて、灰目藍髪に話を振る。
「ご冗談を。十分で魔力切れを起こす様なら、リリアルでは使い物になりません。ニ三時間は持たせないと」
「……うっそだろぉ……」
嘘ではありませんと言い切り、少女は更に剣戟の速度を上げる。魔力飛ばしや気配隠蔽を細かくつなぎ、足さばきは最初の頃から数段速度を上げている。魔力切れの近いアダルガにはもう追いきることは出来そうにもない。
「これで終わりです」
アダルガの剣の振り降ろしを躱し、懐に入り込んだ灰目藍髪が剣の柄で顎をカチ上げる。実際は、魔装手袋に魔力を通して殴っているのだが、周りからはそう見えたのである。
後ろ向きに倒れ、その首元に木剣の切っ先を当て審判であるルイに視線を向ける。
「しょ、勝負あり! 勝者、マリス!!」
身内のまばらな拍手を受け、剣を掲げる灰目藍髪。一応、これで腕を見せることができた……そう思っていたのだが。
「はっ、戦場での主役は剣じゃねぇ槍だ。槍で勝負しろ!!」
どうやら、先ほどはアダルガを止めていた相棒らしき傭兵が声を上げる。
「……先生……」
灰目藍髪は槍までは十分にマスターできていない。であれば、この場で前に出ることができるのは一人しかいない。
『おい、やめとけ。お前が出る幕じゃねぇ』
「ふふ、『
戦場に持ち込む古式ゆかしい錐のような槍を用いて、彼女は腕試しをしたいと考えていた。
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「結局こうなる」
「任せて安心!!」
「手加減しろよ」
「「……」」
ちょっと久々の対人戦、尚且つ初めての槍を用いるので、彼女のテンションはかなり上がっていた。
相手はデアグという赤髪の男。背格好はビルを一回り小柄にしたような細マッチョ系の男である。こちらは、胸鎧だけで軽い動きを優先しているようだ。
「他の子達は弓や銃がメイン武器なので、私がお相手します」
「……そっちの男でもいいんだが」
「彼は手加減できないので、万が一があると困るのでお断りします」
「ちっ、舐めやがって!」
と、最初から煽られた状態で始まる。相手の得物はハルバードと呼ばれる矛槍であり、剣以上に習熟が必要な装備として帝国傭兵の象徴のような装備でもある。
「オウルパイクな。下士官が装備しているお飾りだな」
「そうなのでしょうね帝国では。ですが、これは違いますよ」
ピアスヘッドには革のカバーが掛けられ、刃のあるハルバードには布が捲かれる。それでも、引っ掛けられれば少女のか細い足首などへし折れる可能性もある。
「間違って骨でも折れたらすまんな」
「こちらこそ。良いポーションがあるので、折れたら差し上げます」
「そりゃありがたいが、使う必要はないと思うぞ俺はな」
ハルバードは剣のようにも槍のようにも使える習熟した人間にとっては工夫のし甲斐のある武具である。オウルパイクはプレートやメイルを突き破ることに特化した装備であり、ハルバードより応用の余地がない。装備を見てデアグは勝利を確信しているようである。
ルイはリリアル男爵が怪我でもしては問題が起こると思い判断しかねていたが、オラン公・ナッツ伯の「腕前が見たい」という要望もあり、俺は知らんとばかりに二人の模擬戦を始めさせることにした。
「ルールを修正しましょう。魔力を用いて直接身体を攻撃する方法は無しで。それと、時間制限を。十五分以内に決着がつかない場合引分けを提案します」
「……それは随分とお優しいことだな」
「それと、攻撃は首から下、臍から上の間のみ有効とし、それ以外の場所への攻撃は反則という事にしてください」
これは、彼女がその昔騎士団相手に模擬戦をした時と同じ仕様である。灰目藍髪と同じルールでは……確実に彼女が瞬殺するからだ。何なら、オウルパイクのガードの部分から『飛燕』を発動させることもできる。
開始の掛け声とともに、前に出るデアグ。
ハルバードとオウルパイクともに腰だめに構え胸にピアスヘッドを向けて相対する。デアグはハルバードを引き、オウルパイクに向け斧の部分を叩きつけるように振り下ろす。槍が叩き落されるか、叩きつけた反動で槍先が下を向いた反動を用いてそのままピアスヘッドで刺突するのが一つの操法だ。
Gann!!
だが、彼女のオウルパイクは微動だにしなかった。まるで大きな岩を殴りつけたかのように跳ね返され、腕がジンと痺れる。危うく矛槍を取り落とすところだった。
「そいつは、魔導具かなんかか」
「魔銀鍍金されていますが、特別なものではありません。身体強化と魔術を少々……ですわね」
彼女はオウルパイクの背後に魔力壁を展開し、魔力壁の上にオウルパイクが載せられているような形で待ち受けていた。魔力壁ごと破壊しなければ、反動で跳ね上げられるのは当然である。
ハルバードの攻撃は、殴打からの刺突か、殴打に見せかけてからの刺突の他、スパイクで引っ掛けるという技もあるのだが、当然彼女の体には掠りもしない。
「傭兵のハルバードの操法はみんな大体見ることができたかしらね」
『ああ。問題ないだろう』
彼女が見せたかったのは、ネデルで対峙する可能性のある傭兵の装備するハルバードの動きを実際にリリアル生に見せる事にある。リリアルではウイングドスピア若しくはバルディッシュやグレイブ等の斬撃に特化した長柄の装備が主であり、ハルバードは似た装備であるヴォージェなども装備したことはない。
魔物を魔力で叩き斬る討伐を繰り返してきているので、この手の複合武器対応はこれから考えねばならないと彼女は思っていた。
勿論、このあと一瞬の加速でオウルパイクを相手の胸に叩きつけ、デアグが後ろに吹っ飛ばされて模擬戦は終了となったのは言うまでもない。
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