第322話-2 彼女はメイヤー商会を訪れる
「へぇ、結構いう人なのね」
「ええ、ヴィーといい勝負です」
黄金の蛙亭に戻ると、オリヴィとビルが商談の結果を聞いてきた。彼女の口振りから、予想外に厳しい交渉……というより要求をしてきたものだと思わず口に出てしまったようだ。
「そうかな。私は身分が無いから、そういう手札がないのよね」
「いいえ。ブレンダン公や色々な方の後ろ楯をほのめかしつつ、自分以外の身分ある方の立場を利用して、良く相手を翻弄していたではありませんか」
「まあね。立っている者は公爵でも使えって言うじゃない?」
そんな話は聞いたことが無い。今は高名な冒険者として名の知られた二人であるが、駆け出しの頃は得た伝手を使って交渉することも少なくなかったという。
「王国副元帥だもんねぇ」
「まず、普通はお目にかかる事はありません。公爵級ですからね」
「伯爵並の高位冒険者のお二人からすれば、会う機会はございますでしょう。ブレンダン公爵と面識があるのでしょうか」
ブレンダンは帝国北東部に広く領地を持つ選帝侯家であるが、皇帝との関係はさほど深くない。また、宗教的な対立を抱えているわけでもない。
「先々代になるのかな。ちょっとした依頼で知り合ってね。今はもう縁遠い関係だね」
「ですが、たまに面倒な依頼を受けておりますし、向こうは縁が切れたとは思っていないようですよ」
星四の冒険者に直接依頼する公爵は十分あり得るだろう。また数日は連絡待ちであろうことを話し、その間にコロニアに行こうかと考えている話を二人にする。
「お二人の予定はないのですか?」
「あると言えばある。それは、あなた次第よ」
オリヴィ曰く、彼女が動けば相手が逃げてしまうという。故に、何もしないで観光の相手をしているふりをしている方が良いだろうという事なのである。
「吸血鬼って逃げ足早いからね。もう、私たちが近寄ればサっと逃げ出すし、どこかに潜んじゃうんだよね」
「ええ。小者を狩るにしても私たちは名前も顔も売れすぎているので、メインツで大人しくしています。それで、相手が見つかれば……」
「協力して殲滅するわ。勿論、無料提供するわよ」
ヴァンパイアハンターとしては、近寄れば消える吸血鬼を追いかけるより、彼女たちが釣り上げる吸血鬼の残りを一網打尽にしたいという事のようだ。
「どの辺りの領主なのでしょうね」
「帝国南部、上メインから山国にかけての小領主と
高位貴族の当主ではなく、その意思決定に影響を与えられる存在に紛れ込んでいるのではないかというのがオリヴィの推測である。 ファルツ辺境伯は皇帝の代理人としてメイン川中流から上流の皇帝領の総代官と皇帝に臣従する小領主の総督を兼ねている。皇帝の直轄軍はこの辺りの騎士・小領主を中心として編成され、同時にその地域出身の傭兵団が務めている。
皇帝が法国に攻め込んだり、王国と戦った際にはこの地域の軍事的負担も大きく、困窮する原因となっている。同時に、戦争が無ければ経済的に逼迫する者も多く、戦場を求める人間が多い。
困窮し疲れた者が戦場で生き抜くために吸血鬼に救いを求めてもおかしくないような地域と言えるかもしれない。
「私が討伐したうちの一人は、メインツとアム・メインの間にある小さな城の主である高位騎士のその夫人だった吸血鬼よ」
当時、騎士の反乱を陰で操っていたのは、皇帝の代官を務める高位騎士であったという。実際は、その夫人にそそのかされ、村を襲い人を攫っていたのだそうだ。
「トリエルを包囲したジギン団って騎士の反乱軍がやたら人を攫っているから、おかしいなと思っていたのよね」
戦争のどさくさに紛れ、村を略奪し、村人を殺す『騎行』と呼ばれる戦術は、相手の国力を低下させ君主の威信を損なう事に繋がるが、吸血鬼がいるとすれば、とても魅力的な狩場が常に現れる事に繋がる。
「ネデルでの戦争は、都市を包囲するような戦いだからはっきりしないけれど、どさくさ紛れに関わっていると思う」
彼女は、ネデルにほど近いデンヌの森に接する聖都近郊で起こった村ごとグール化した事件を思い出す。
「王国でも心当たりがあります」
「でしょうね。上位の指揮官が吸血鬼という事は考えにくいけれど、現場に近い指揮官や傭兵隊長には紛れ込んでいるんじゃないかしら」
「先ずは、手足を捥いでいくという事でしょうか」
「商会として、軍の高級士官に紛れ込んでいる吸血鬼を見つけると同時に、現場で暴れている吸血鬼を討伐する事の同時並行が望ましいんじゃない? 勿論、現場組はこっちで討伐するからね」
オリヴィに『騎行』らしき現地での破壊工作を行っている部隊の情報を得て伝える事、それに、軍内で指揮系統に入り込んでいる恐らくは上位種の吸血鬼を確保する事を優先する事になるだろうと彼女は考えた。
そこに、数日ぶりに戻って来たリ・アトリエ組が戻ってくる。
「お疲れ様。トリエルはどうだったかしら」
彼女の問いに四人は顔を見合わせ、おもむろに話を始めた。
「先生、狩狼官ってなんでしょうか」
どうやら、面倒な相手と巡り合ったようだと彼女は感じていた。
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