第321話-2 彼女は聖別された武具を作る
こうして、ゲイン修道会で薬草畑の世話をしに毎日やってくる彼女とオリヴィは徐々に修道女や在家の夫人たちと仲良くなり、お茶に招待されるようになってきた。
王国の貴族の娘であるということから、一目置かれるようになり、また、魔力持ちで真面目でな性格が年配の夫人から好まれるようになる。
『お前、婆には人気あるよな』
「……お婆様が厳しかったから、慣れているのよね」
彼女の祖母は王家に侍女として仕え、当主も努めた賢夫人であり、中々厳しい人物でもある。祖母に受け入れられるということは、大概の年配者から好感をもたれるレベルである。
「孫の嫁に来て欲しいわ」
「うちの孫娘もこのくらい賢ければ嫁の貰い手に困らないのだけれど。あれは、母親が悪いわねぇ」
と、ありがちな会話に巻き込まれるのである。それを聞きながら、オリヴィとブリジッタは微笑ましいものを見る目を彼女に向ける。
『まあ、たまに年相応に扱われるのも悪くねぇな』
『主は今までずっと気を張り詰めてこられておりますから。少し緩めてもよろしいのではないでしょうか』
因みに、『猫』と『歩人』も大人気である。かわるがわる弄られるのは同じ扱いだからだろうか。因みに、彼女の祖母の薫陶もあり、従者として歩人の練度は高い。給仕役も完璧で、ある意味気持ちが悪い。
「良く見ると何だか……」
「お嬢様のお婆様の薫陶のせいじゃねぇか……でございます」
こういう、ゆっくりとした時間もたまには良いかと思うのである。
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そんな日が続くある日の午後、日課の精錬を街の外で行う彼女につきそうオリヴィ。二人の間でふとしたとこから、吸血鬼の話題となる。
彼女が常々疑問に思っていたこと。それは……
「血を吸われた者が全て吸血鬼になるわけでも、グールになるわけでもないじゃない……何が違うのかしらね」
ヴァンパイアハンターなら知っているかと思い、話を振る。
「吸血鬼の上位種が下位の吸血鬼を作るには、手間暇と時間がかかるのね。普通に血を吸い殺せばグールにしかならない。ここまではいいわね」
オリヴィが彼女に確認する。それは幾度となく数多く見ている。
「これが例えば従属種が隷属種を作るとするじゃない? 先ず、相手の血液を時間をかけて死なないように少しずつ摂取する。そうすると、相手の血液が自分の血液と混ざり、吸血鬼の血液が相手と親和性を持つようになる」
「親和性?」
「そう。本来、吸血鬼の血液は『毒』なのよ。それを、自分の血を吸わせる事で自分の血に近い物にする。最後に吸血により死にかかるところで、自分の血とまじりあった吸血鬼の血を取り入れる。そうすると、吸血鬼となる条件が成立する」
吸血鬼は、自分に従う僕である下位の吸血鬼を作り上げる間、他の人間や動物の血を吸う事は出来なくなるというのは、『親和性』が損なわれ、従属者を育てられなくなるからなのだ。
「それと、相手に吸血鬼の血を与える際に、吸血鬼となる魔力を自分の体から分け与える必要があるのね。一時的ではなく永続的に。吸血鬼が血を吸い相手を取り込む理由は、自らの魔力の底上げのためね。魔力を有する者の血を吸う事でその魂の持つ魔力を自らに取り込む事ができる。反対に、下位の吸血鬼を作るには、自らの魔力の根源を分け与えなければならない。それをしないなら、グールにしかならないの」
吸血鬼の力の根源を分け与えるからこそ、容易に吸血鬼は増えることがなく、魔力を持つ者の吸血を通じて魔力の根源を取り込み、自身の魔力を高めることができる……なるほど、吸血する理由が理解できる。
「余程気に入らなければ、貴種や従属種の吸血鬼は生まれないのはそういう理由。グールの指揮官なら隷属種でも構わないし、隷属種が従属種になるほど魔力を手に入れるには相当の時間と魔力を有する者の魂……血液が必要になるからね」
そこで、彼女は思い至る。
魔力持ちは支配されにくいが、最初から餌としてターゲットにされるのであればその限りではない。
『魔力持ちの冒険者や騎士なんてのは、吸血鬼にとっては美味しい餌になるわけじゃねぇか』
「……吸血鬼に魔力を取り込ませるための餌ね。これは、王国内にも周知させねばならないわね。もしかすると……」
彼女はゴブリンが魔力持ちの脳を食べる事で、被捕食者の能力をゴブリンが手に入れることができるようになった事件を思い出す。そして、オリヴィにその事をつたえると、女魔術師は「へぇ」と驚いた。
「魔力持ちがゴブリンに殺されることは余りないから、帝国の冒険者時代にその話を聞いたことはないわね」
「数年前に分かった事なので、時間差があるのかもしれません。ですので、王国内ではゴブリンはオーガやオークより怖ろしいと感じられています。魔力をもつ騎士などは、数で押し込まれて魔力切れを狙われます」
「ああ、それは冒険者でもありがちだね。ゴブリンは弱いけれど、ゴブリン達は侮れないからね」
久しぶりに冒険者の視点に戻った彼女は、懐かしい思いになる。
「リリアルの子達は吸血鬼にとって魅力があるわね」
「吸血鬼が貴族の中に紛れ込む理由も理解できます。魔力を持つ貴族や騎士がその狙いなのでしょうね」
自分自身の魔力を高め、その下僕を作り出すための素材ともなる魔力持ちの血液を通じた魂の摂取。オリヴィや彼女の血であれば、万鈞の価値があるのだろうか。下位の吸血鬼には魔力が多すぎて毒になると避けられるのだが。
「ちなみに……私の血液はヴァンパイアにとっては毒なので、危険はない。むしろ吸って死んでもらいたい」
「……そういうわけですのね」
「そういうわけなのよ」
彼女の秘密の一つなのだろう、薄く微笑む以上の答えは返ってこなかった。
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黄金の蛙亭に戻ると、メイヤー商会からの手紙が届いていた。
「明日の午後なら時間が取れると書いてありますね」
問題ないので、即座に承知したという旨を伝える。既にブリジッタ経由で商材のサンプルは渡してある。また、来訪の目的も明確にしているにも関わらず、随分と面会するのに時間がかかるものだなと彼女は考えていた。
「私たちの背後関係を調べたのでしょうか」
「そうであれば、時間がかからなさすぎるでしょう? 王国と往復するだけで一月位普通はかかるもの。調べるにしても、ただの商人が王国の貴族の運営する王妃様御用達の商会なんかに接触できるわけがないじゃない。
所詮は、平民なんだから」
帝国における商人同盟ギルドとその加盟する商会が力を持っているのは、彼ら以外帝国内で相互に関係を保てる存在がいないからだ。ある意味、外交官のような存在であり、貴族同士が対立しているからこそ、彼らの存在に意味がある。
王国のように、王家の元に様々な貴族・商人が一元的に統制された国の中において、商人がどれだけ有能であろうが、貴族との接点はとても限られている。また、王家に関しては絶無である。
「帝国のメインツの周りしか知らないから、そういう対応になっているのよ。
たぶんね」
代を重ねある程度同じことの繰り返しで仕事が成り立つ故に、新しい外部からの刺激に対して鈍感になっているのだという。
「何時もあちらこちらで内乱が起こっているのが帝国だけれど、メインツは帝国第一の司教座のある都市であるし、保守的で原神子派が自己主張したり、対立軸となるほど街の上層部や権力者に存在しないのよね。だから、コップの中の平和を謳歌している」
中小の領主が疲弊し没落し、自由都市の多くがいずれかの大貴族の影響下に収まるように変化しているのだが、メインツは百年前と変わらぬ安定した社会を維持している。その弊害だというのだ。
「それはそれで、安定したパイプが維持できているという事でしょう。安心しました」
「……安心というか、どうとでも料理できるくらいの感じなんでしょ? まあ、ビータにも生意気言っているみたいだから、あなたにちょっと世間を知らしめてもらうのもいい経験になるわ」
どうやら、甥っ子のブリジッタに対する在り様に、オリヴィは腹を立てているようだ。「最善を尽くします」と答えると『魔剣』は、「お前の最善が怖い」と呟き、先触れに向かうだろう歩人は「まじ、可哀想だな」と答えるのである。
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