第302話-2 彼女は学院に二期生を迎える
食事の後、風呂に入り、二人部屋もしくは三人部屋に戻った彼彼女ら二期生は明日から始まる学院生活に胸を膨らませている最中であった。
食事は量も味も想像できないほどであり、風呂には毎日入れるということも大きな驚きであった。お湯を沸かすというのは、孤児にとってだけでなく富裕な商人や貴族以外にはとても贅沢なことであり、驚くべき事であった。
また、貸与された衣装も下級貴族の使用人のお仕着せより上等であり、尚且つ、新品である。全員がまっさらな自分の為に用意された服を着た事の無い者たちばかりであった。
いや、正確には赤目茶毛『ルミリ』は、両親が健在であった頃まっさらなドレスを貰ったことがあったと記憶している。
『どうだ、新しいガキどもは』
「ちょっと……ハードル上がりすぎているわね。一期生の」
彼女がリリアルを始めた頃、彼女自身が中堅冒険者程度であった。精々、猪や狼、ゴブリンを退治する程度のどこにでもいる冒険者で、孤児を育てて薬師・錬金術師の端くれで冒険者をしつつ王都周辺の魔物を駆除する程度の仕事を考えていたのであるし、実際、それがほとんどであった。
三年がたち、いつの間にやら魔術師兼騎士として十人を超える騎士を擁するようになった『聖リリアル学院』は、王国における魔物や破壊工作員に対抗する特殊部隊のような扱いになりつつある。大変不本意ながら。
『降りかかる火の粉は払わにゃなるまい』
『主、皆成長しております。それに、貴方様以外の大人を頼ることも必要でしょう』
「……その通りね。一期生に委ねて育てるということも……大切でしょう」
学院において、彼女の存在が大きすぎるという事も問題なのだ。今のメンバーから拡大していく過程で、委ねて自分自身で創意工夫して人を育てる経験も大切だ。
今回、帝国遠征に連れて行かない予定の一期生。例えば、茶目栗毛なら、魔力が少ない中で何を優先して学べばいいのか銀目黒髪『アルジャン』と灰目灰髪『グリ』に具体的な経験を踏まえて示すことが出来るだろう。
年齢差も二歳と四歳、離れすぎず近すぎず、悪くないだろう。
赤毛娘と黒目黒髪は魔力量に差がありすぎて手本になりにくい。違う苦労をしているから参考にならない。二人は伯姪の補助に専念させ、ピンポイントのサポートを委ねることになるだろうか。
頑張り屋繋がりの洗濯娘・灰目黒髪『セイ』の成長には赤毛娘の動機づけが良いかもしれない。
クールな碧目灰髪『ヴェル』とお淑やか赤目茶毛『ルミリ』には遠征で自信を持ち始めた藍目水髪。お茶目碧目銀髪『ブレンダ』と雑な感じの茶目黒髪『アン』には優しく細かい心配りの碧目栗毛をつける。
年上の孫娘が『ジョヌ』、灰目黒髪『セイ』、茶目灰髪『ターニャ』には、残る薬師娘の灰目藍髪『マリス』を指導員に付ける。
各専任指導員の一期生を、伯姪・黒目黒髪・赤毛娘がサポートする体制を一先ずは目指そうと思うのだ。
実際、この組み合わせの問題を洗い、修正して委ねたのちに、帝国への潜入に移行することになるだろう。
「でも、私がいなくても問題なくリリアルが機能するのは、それはそれで寂しいわね」
『親離れできなくなるぞ、お互いしんどいだけだ。見守るってこともお前は学ぶべき時期なんだと俺は思うけどな』
そういう『魔剣』は、いつもお節介を焼いているので、その言葉には全然説得力がないのは言うでもない。
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彼女と冒険者一期生の帝国遠征を踏まえ、二期生と今後のリリアルの運営についての草案を伯姪たちに提示しての確認を行うことにした彼女である。
「お前の判断を尊重するさ。まあ、騎士学校の時だって色々あったけど何とかなった。だから、心配せずに行っておいで」
「使用人教育を施す子達の事はお任せください。下を育てる経験をさせる良い機会です」
祖母と使用人頭は概ね問題ないという。そして、伯姪は……
「あなたと別行動するのはほとんど初めてだけれど、あの子達もいい経験になるでしょうし、私も『未来の女男爵』目指す為にはあなたの代わりくらい務まらないと不可能ですもの。 でも、いいの? 魔力大組皆連れて行かなくっても」
「大丈夫、私とヴィーがいるし、正面切っての大討伐もないでしょうから、魔力中組とセバスに薬師の『カエラ』を連れて行くわ。行商人と冒険者のパーティーという態ね」
『カエラ』は、ノーブル遠征で同行した薬師娘の片割れで、碧目金髪の今年十七歳。恐らくは、一番の年長者であり、使用人や侍女として潜り込めるタイプの可愛い系美人だ。性格も強気で、はっきり物が言えるタイプなので、遠征向きだと
判断した。
「ワン太もいるし、姉さんも上手く使って。半年ないし一年位の間戻れないと思うのだけれど……」
「まあ、こればかりは仕方ないさね。日帰りできるわけじゃないからね。それでも、ギルド経由で連絡は取れるようにしておくんだよ」
冒険者ギルドは相互協定があるので、冒険者同士の連絡は可能なのだ。王都の冒険者ギルドに「メイ」宛に書類を送ることができるだろう。
「出来る限り居場所は伝えるようにするわ。時間はかかるでしょうけれど」
「それだけでも全然違うわよ。生存証明だと思って忘れずに出すこと。いいわね!」
「ええ、しっかりと約束したわ」
これから暫く、彼女の提案する役割分担で、リリアルと二期生の育成は進んで行くことになる。
試行錯誤ではあるが、この一年ですっかり大きな存在となってしまった『聖リリアル学院』にとってはブレイクスルーすべき時期に至ったのだと彼女は感じていた。
『まあ、失敗してもタカが知れている。今のうちに帝国の調査と王太子からの逃避行を行わないと、後が苦しくなるからな』
『魔剣』の言葉に、彼女は深く頷くのであった。
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