第226話-1 彼女は行商人アリオに成りきる

 彼女の今の身分は、世を忍ぶ仮の姿である行商人『アリオ』。駆け出し行商人として、親方にロマンデの何時もの巡回ルートを初めて一人で任された……という設定である。


「アリオ……」

「……何かしら? アリーと似た偽名にした方が間違えないじゃない。アリオがアリーと呼ばれる可能性もあるでしょうし」

「ううん、ほら、シスターとかも似合っていたけれど、行商人も中々よって思っただけ」


 貴族のオーラが希薄である彼女に、変装による死角は……ない!!カトリナ辺りは本当の姿も、仮の令嬢風も庶民からとてもかけ離れている。そして、村娘のメイも中々悪くない。むしろ、似合っている。


「まあね。ほら、お爺様に討伐連れて行っていただくときは、こんな格好よ。如何にも貴族の娘って格好じゃ目立つもの」

「誘拐してくださいとお願いしているようですもの、なるほど、随分と着こなしが様になっていると思ったら、着慣れているのね」


 彼女も薬師姿は……とてもナチュラルである。


 騎士学校では軽装とはいえ甲冑を装備することが多い。低位の冒険者時代は兎も角、リリアルを預かって以降、装備にはそれなりに気を使い『魔装布』製の防具、魔銀を用いた甲冑などもそれなりに整えている。


「魔装鎧のありがたみが身に沁みるわね」

「そうね。特に、変装していても問題なく重要な部分が守られるのは安心ね」


 今回は、頭巾風のフェルト帽に明るい茶色のチュニックと濃灰のレギンスを履いている。が、その下には魔装ビスチェを着けているし、両手には魔装手袋を装備している。これで、騎士団の軽装鎧程度の効果がある。


「まあ、村娘風の私でも……似たようなものだもんね」

「あなたのその新装備は薬師用だから、魔力が無くてもある程度安全が保てるように、魔水晶が裾に縫い込んであるのよ。あなたや私が使用するなら魔水晶から魔力は流れないのだけれどね」

「途中で魔力切れは?」

「強い打撃を受けた際に受動的に発動するから、普通にしていれば只の薄灰色のローブに過ぎないわ」

「なかなかじゃない? あいつが作ったのよね」


 あいつとは当然……癖毛の事である。遠征に参加し、最近では吸血鬼騒動もあるという事で、魔力を持たない薬師の子たちの安全を考えて老土夫と一工夫したのだそうである。良い奴なのだ。


「随分と自覚が出てきたじゃない?」

「まあ、他の男の子二人は騎士になっちゃったから……焦っていない訳じゃないのでしょうけれど、彼は彼なりに自分の力を皆に還元する気持ちが自然と出てきたのは……正直嬉しいわね」


 魔力はあるが捻くれ者の役立たずになりかねなかった癖毛である。魔術師として魔装騎士としてではなく、いうなれば……魔装士として唯一の存在になると考えて色々頑張っているのである。


「これも、今回役に立つと良いわね」

「お試し用のボーラでしょ? バンバン使ってやるわよ!!」


 山賊やゴブリンの上位種相手に効果があるかどうかもぜひ試したいのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ロマンデは王都より北にある分、寒いはずなのだが海が近く、またその海が暖かい流れを運んでくるので一年の気温差が小さく、また一日の温度差も小さい。結果、本来は内海に近い王国南部にしか生えない植物も王都近郊は育たなくともロマンデでは見かける事もある。


 また、海が運んでくる湿気故に雨も多く、植物の繁殖が早い反面、海を渡る風が強く、畑の土などは風が吹き飛ばしてしまう事がある。


「沢山の林が家々の周りにあるのは防風の為なのよね」

「ええ、生垣を作って風を防がなければならないのは大変ね。おかげで……」

「ゴブリンや盗賊が潜みやすいのよね」


 木々を残し、また畑の周辺には低木を植えるこの地域の風景は、襲撃地点を作り出しやすくもある。伯姪は荷台に乗り、彼女は馭者を務めている。村娘姿の伯姪は水色のチーフを被り薄手のウールのワンピース型のチュニックを着ている……が、胴衣は着用済みである。


「その先で待ち伏せしているわね」


 緩やかな上り坂の頂点付近でチラチラと頭が動いている。革製の頭巾であろうか、恐らくは山賊風連合王国偽装兵であろう。やがて、上り坂の頂点の先には……荷馬車が横たわっていた!!


「またね」

「なにか決まり事でもあるのかしらね……」


 背後にはスピアや片手剣を構えた薄汚れた姿の男たちが退路を塞ぐように並ぶ。そして、前方には数人の同様の偽装兵。弓でも構えている者が潜んでいるようで、指揮官はそこにいるようだ。


「おう、抵抗しなきゃ痛い目合わずに済むからな。大人しくしろ!!」

「弓で狙いつけてるからな、変な動きすると死んじまうぞ」


 前方に六人、後方に三人、弓手と指揮官で三人潜んでいる……といったところだろうか。魔力の走査に掛からないので、魔術師や魔戦士は存在しないようである。


「な、なんですかあなたたちは!!」

「た、大したものは扱っていません。全て差し上げますから、命ばかりは

お助け下さい……」


 やや声を低くして彼女が駆け出し行商人風にお願いする。


「なにかって? そりゃ、悪い人だよ」

「そうそう。全て差し上げるってことは、お前ら二人の身柄も俺たちのモンって事でいいんだよな?」


 山賊風偽装兵の言葉に絶句する演技をする伯姪!!


「お、お父さん、お母さん助けて!!」

「おいおい、そんなこと言っても誰も助けになんか来ねえよ。まあほら、ちょっと楽しませてくれれば今すぐ死ぬことはねえよ」

「まあ、親とはもう二度と会えねえだろうけどな!ギャハハ!!」


 はい、言質頂きました。彼女は頭上に向け小火球を打ち上げる。魔法の発動に驚く偽装兵たちだが、慌てず二人を拘束しようと迫ってくる。


「おお、魔法は俺たちに向けて撃たねえとな!」


 荷台の伯姪を引きずり降ろそうと手を掛ける偽装兵に……


「や、止めてぇ~!!」


 と叫びながら伯姪が荷台に置いてある銀色の棒を握りこんでいることに乗り込んだ偽装兵が気が付く。


「何持ってんだおま……Geee……」


 頭蓋骨を思い切り魔銀鍍金のフレイルヘッドで叩き割られたその男が、踏みつぶされた大蛙のような断末魔の叫びをあげる。


「お、おい!!」

「なっ、抵抗す……ぎゃああああ!!」


 馭者を務める行商人が手に持つ棒の先には、円錐形の銀色に光る石突がついており、馭者に正対した偽装兵の背中から、その先が飛び出している。


「あまり殺さずに、脚をへし折りましょう」

「そうね、後続にも『殺させ』ないといけないものね」


 荷台から後ろに飛び降りた伯姪が、姿勢を低くすると、生き残りの二人の兵士の膝をメイスで粉砕し、二人は立ち上がれないほどのダメージを受ける。膝の皿が割れ、出血しているのだ。


 馭者台から飛び降りた彼女も、石突を次々に兵士の太腿に突き刺し、行動力を奪っていく。戦場に立つ騎士ならともかく、弓兵や歩兵は胸鎧が精々であり、太腿などは平服と変わらないのだから、魔力の籠った石突で突かれれば、脚の筋肉どころか血管も破損してしまう。骨が折れたものも少なくない。


「た、助けて……」

「こ、殺さないでくれ!!」


 たちまち無力化される兵士。そこに、彼女めがけて二本の矢が飛来する。既に行動開始から自分と道路と並行する森の間に『結界』を展開していた彼女は、カツンカツンと目の前で矢が弾かれるのを確認する。


「お願い!!」

「OK!!」


 姿勢を低くし、気配隠蔽を掛けると伯姪が矢を放ったであろう弓兵に向けて突進する。数秒で森の中に入り込むと、メイスで弓兵の肩を思い切り叩きのめし、さらに、背骨も折れろとばかりにメイスを叩きつける。


「イッデえぇぇぇ!!!」

「がぁぁぁぁぁ!!!」


 二人の弓手が再起不能なほどに体の大きな骨を砕かれると、残った指揮官らしき上等な鎧を纏った兵士が降参のアピールをする。


「こ、降伏する!!」

「ふふ、馬鹿じゃないの? 正規の軍勢で身分を明かして正々堂々戦ったならともかく、山賊のふりして民間人襲ってる外道が降伏なんて認められる訳ない……じゃない!!」


 バキッとばかりに相手の右肩にフレイルヘッドを叩きつけ、嫌な音がして指揮官らしき兵士が転げまわる様に逃げ惑う。痛みで錯乱しているのかもしれない。

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