第211話-1 彼女は公爵令嬢と素材採取で戦う

 この依頼で面倒なのは、彼女たちの持つ魔術を全ていつものように使えるわけではない……と言うところである。


 例えば、『結界』やそれをベースにした『魔力走査』による索敵は、初心者に使えるものではないし、また教えるつもりもない。依頼の範囲外であり、他者には伏せるべき手札なのだ。


 依頼の内容は


『㈠王都の冒険者ギルドでの登録立会及び、冒険者としての装備・所作の指南』


『㈡薄黄等級昇格までの助言』


 の二項目であって、それ以上の指導はオプションである。


「カリナ、ミラ、二人で連携を。この方向から恐らくゴブリンが接近してきます。私たちは気配隠蔽をして手を出しませんので、対応してください」

「ふむ、承知した」

「畏まりました」


 少し開けた林間の草地で休憩していた四人は、獣道らしき空間から近づく魔物に向かい気配を隠蔽しその出現を待つ。




 その姿を見せた魔物はゴブリンが四体。装備は貧弱で、襤褸布を腰に巻いた程度に、手には棒切れや刃がギザギザに欠けたダガーを握っている。


 先ほどまで感じていた気配が突然消えたことに戸惑いつつ、周囲をキョロキョロと見まわすゴブリンたちの背後に回り込むミラ。隠蔽を解き、一気に決着を付けようと『威圧』を発動するカリナ。


『威圧』とは、魔力を高め一定の範囲の敵に叩きつける『衝撃』の上位の魔術で、魔力の低い・もしくは持たない存在に体を短時間硬直させることが出来る。イメージでいえば、鳩尾を突かれ一瞬息が出来なくなった状態とでも言えばいいだろうか。


『お、上位スキルをゴブリンに惜しげもなく使うとは』


『魔剣』のツッコミに「公爵令嬢の嗜みでしょう。護身よ」と言い返してみる。


『Gyo!』

『Gwa……Ge……』


 硬直したゴブリンの首をスパスパと斬りおとしていくカリナの剣は、購入したばかりのワルーンソード。その名は、南ネデルのワロス地方の剣であるという。市民と呼ばれる自立した商工人たちが武装した際に身に着ける片手剣。狭い場所での斬り合いに適した剣である。


「ふう、敵がこちらに気が付く前に始末出来て良かった。それで、この後の処理はどうすればいいのだろうか」


 息も切らせず、涼やかに聞いてくるカリナに、彼女と伯姪はある意味関心する。


「魔物の討伐は初めてなのよね」

「ああ。まあそうだな。見たことはあるが、自分の手で倒すのは初めてだ」


 ギュイエ公領の中を馬車で移動する際、多少魔物の襲撃を受ける事もあったという。また、傭兵崩れの山賊も少なくないのだと。


「陸路での輸送はそういう意味でも危険が多い。船で輸送するのは魅力があるのだがな」

「運河は治安の維持にも関係しているのね」

「まあ、それはそうと、魔物の魔石を取り出しましょう」

「それは私が務めます」

「おお、すまんなミラ」


 ゴブリンの心臓の下辺りに『魔石』と呼ばれる魔力の塊が存在する。それが討伐証明となるという説明をする。魔法で水を形成し、魔石と血で汚れた手を洗浄するミラ。


「ゴブリンは簡単というのは確かだな」

「ええ。こちらが発見される前に討伐できれば弱兵でしょう。けれど……」

「こいつらだけって事はないのよね」


 人の手が入らない場所であれば、ある程度集団が育っていてもおかしくはない。とは言え、王都を襲った群れなら装備や体格が貧弱であることはあり得ない。別の集団か、集団からスポイルされた存在かそのどちらかだろう。


「死体はどうしますか」

「そのままで構わないでしょう。本来は埋めたり焼いたりするのですが……」

「ほかのゴブリンの餌になるし、警戒も高まるから放置するわ」

「……警戒を高めてどうするのだ」

「今日はここまでという事。それに、ギルドに戻って、依頼達成の報告と三人のパーティー登録をしましょう」

「三人、四人ではないのか?」


 彼女は毎週伯姪が参加するのではなく学院生をある程度入れ替わりで加えるという話をする。


「おお、前回の少年か」

「それ以外にも、魔物の討伐慣れをした子達はいます。彼は万能ですが魔力が少ないので、斥候役が多いですね」

「勢子役を務めるメンバーを加えるけれど、あくまでもパーティーは三人で行い、ギルドの貢献度も三人に還元する形になるのよね」

「ふむ、従者や槍持ちというところか」


 騎士一人に数人の介添役が付くのは当たり前であり、学院生の動員もそう理解されれば当たらずとも遠からずである。


「では、今日はここまでということで」

「それと、『ワスティンの森』には魔物が多く潜んでいるので、旅人は周辺の移動をする際は注意という情報もギルドで報告してもらえるかしら」


 明確な依頼ではなくとも、情報を提供することも冒険者の責務の一つである。情報がない=安全という事ではないと多くの旅慣れた者たちは知るが、世間知らずの者にとってはそう理解されないこともある。


「承知した。薬草の納品にゴブリンの常時討伐依頼、それに『ワスティンの森』の魔物情報の報告。これが今日の仕事というわけだな」

「その通りです。では、王都に戻りましょう」


 兎馬車でガラガラと街道を戻り、騎士学校を横目に通り過ぎ、冒険者ギルドで依頼の報告を行うのは何だか残念な気持ちになるのだが、リリアルの前を何度も通過する彼女たちもそういう気持ちは無いわけではない。


 王都-リリアル-騎士学校-ワスティンの森という位置関係なのだから当然ではある。


「では王都のギルドで解散でよろしいかしら」

「ああ。ギルドに屋敷から迎えが来るのでな。着替えも用意してあるので、冒険者服から街着に着替えてその辺で時間を潰す予定だ」


 休みの出かける先をあれこれ迷う横顔は年相応の令嬢なのだと彼女は公爵令嬢をほほえましく思う。


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