第187話-2 彼女はデビュタントの先の準備を進める

 ともかく、騎士学校には今回、『騎士団』の従騎士上がりの平民、近衛騎士見習、魔装騎士見習に彼女たちリリアルが加わることになる。近衛と騎士団はあまり仲が良いとは言えないこともあり、リリアルは騎士団よりの組織なので、そのあたりで巻き込まれそうな気もする。


 とは言え、既に騎士として半ば一人前として認められた者たちが集められるのであるから、教わるのは下級指揮官としての内容となる。故に、剣の腕を比べるようなことはないだろう……と思いたいのだが。


『騎士学校は……決闘推奨だぞ』


『魔剣』の言葉に彼女は「やはり」と頷く。貴族同士、騎士同士の諍いが発生した場合、法に則って話し合う事も可能だが、騎士同士であれば『決闘』で決着をつけることは少なくない。これは、正しい者を神が味方するという発想から、勝者=神に祝福された者=正しい者という理屈が正当化されるからである。


「……揉めたら決闘ね。幸い、男爵だから騎士爵まではお断りすることはできそうね」

『そんときゃ、相棒が狙われるだろ? それも考えた方がいい』


 近衛騎士は貴族の子弟がほとんどであり、成人した時点で一代のみの騎士爵に任ぜられる。勿論、高位貴族であれば、複数ある爵位の一つを次男以下に継がせることから子爵男爵の近衛騎士も存在するだろう。


 故に、近衛と相対する場合、貴族の当主である彼女が騎士団を代表して相手をする可能性も……かなりありそうなのだ。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、子爵家を重い足取りで立つと、一路リリアルに向かう。子爵家には王宮から王妃様のお呼び出しが届いており、一旦その準備もある為に早々に戻る事にしたのだ。


「おお、アリーちょっといいか」


 老土夫が工房から現れ学院に戻った彼女に声を掛ける。どうやら、蒸留器が出来たようなのである。


 そこには赤みがかった輝きを放つ銅製の蒸留器が収まっていた。


「これでどの程度の蒸留が可能なのかしら」

 

 玉ねぎ型の上部と甕型の下部を組み合わせるとひょうたん型の蒸留器が組み上がる。


「今までのサイズの十倍くらいかの。30ℓサイズじゃ。その代わり、今までとは加熱する為の燃料を変える必要があるな。その為に採取した水晶をもとに炎の術式を組み込んだ魔水晶を作成しなくてはならん」

「……あなたに可能なのかしら」

「一応な。ただ、お前の姉に手配させた方が効率がいい。それなりに儂の時間が取られる方がマイナスじゃろう」


 確かに、魔導士からニース商会が買い上げた方が良いだろう。とは言え、実験段階ではなく、商品化された際……という事で良いだろうか。


「これが成功すれば、更に大きなサイズの作成に入る。まあ、蒸留所が完成するまでに時間がかかるだろうから、先ずはここからじゃな」


 ドワーフは一先ず、安い赤ワインを中に注ぎ込む。そして、魔水晶で加熱を開始する。


「完成済みなんじゃが、まあ、デモンストレーションじゃな。問題なく完成するはずじゃ」


 王国・帝国・法国・神国・連合王国でも蒸留したワイン自体は存在するのだが、どちらかというと医薬品扱いであり、ワインのように気軽に楽しめるものではない。それを、普及させ得るための『瓶』の工房と『蒸留』の工房の設置なのである。


「まあ、ガラスの瓶と封となる物が無ければ中身が出て行ってあっという間に抜けてしまうのがこの手の酒じゃ。蒸留だけなら昔からやっておる。それを流通させいつでも飲めるようにするのは……ある程度絵が描ける人間でないと難しい」


 間接的に姉とニース商会を褒めているのだろうか。既にネデルの商人がその先を走っているが、王国内で産したワインを原料にする蒸留酒をわざわざ他国から輸入するのは腹立たしい。むしろ、自国のブドウで作ったワインを素材とする蒸留酒は王国が売り出すべきものだろう。


 とはいえ、ネデルに輸出している業者は元々連合王国領であった王国西部の地域の商人とそのワイン製造業者。国は別だが、地縁血縁でつながっている

ともいえる。


「ブルグントやシャンパー、ニース領のワインで作る蒸留酒も、ギュイエ公爵領のワインで作る蒸留酒もあって良いだろうな。儂は大歓迎じゃ」

「……土夫は強い酒が好きですものね」

「おお、だから、この仕事は力が入っておる。仲間内でもとても気になるみたいでな。リリアルとニース商会の潜在的な後援者も増えておる」


 王都周辺の職人にリリアルに好意を持つ者が増える事は好ましい。まして、お酒のような嗜好品なら間違いなく強い絆となるだろう。


「完成したら、お披露目に皆さんを呼ぶことを許可するわ。その為にも、しっかり進めてもらえるとありがたいわね」

「おお、一段とやる気が出たぞ。手伝わせることも考えると悪くない条件を提示できるだろう。素材関係の職人勢ぞろいじゃ」


 酒飲み同士の固い絆を感じつつ、彼女は工房を後にした。





 自室に戻り、王宮からの呼び出しの手紙を確認する。恐らくは事前に贈る品を見せて確認したいという事と、その為の礼言上に伺えるようにということでこのタイミングなのだろう。


 工房で王宮に参内することを伝えたところ「これを持っていけ」と二本のワインのハーフボトルほどの瓶を受け取った。中身はシャンパーのワインを蒸留した『ブランワイン』つまり、蒸留したワインだという。姉がそもそも事前に指示をしていたようで、王家に献上する為にワインも特別なものを用意してそれを材料としたのだという。


『度数が70とか……どんだけなんだよ』


 ワインの数倍のアルコールの濃さである。氷や果実で割るのも良いかもしれない。将来的にはオーク樽で貯蔵し度数が40程度にまで変わるのだが、それは今の時点の話ではない。


「精油と同じことね。この程度なら、消毒用にも使えそうだわ」

『確かにな。ワインだと微妙だがこれだけ度数が高ければそれもありだろうな』


 水で傷口を洗い流した後、このブランワインを塗布して消毒することになるだろう。


「ワインだけでなく、リンゴ酒や杏酒でも同じように作れるわよね」

『おお、レンヌはシードルが名産だったな。そんなのがあると、姫様も喜ぶんじゃねぇか。王都土産に渡せると良いな』


 婚約者であるレンヌ大公公太子殿下は、王太子殿下より少し年上であろうか。見た目は大公に似てかなりの老け顔だ。いや、貫禄がある。


「次は姉さんにその辺も薦めてみようかしらね」

『なら、あのエリクサーも再現できるかもしれねぇな』


 素材が集めきれるかどうか疑問だし、添加する順番も確認しながらになるだろうが、少なくとも今のポーションを更に高めたものは作れるようになるのではないかと彼女は考えていた。


「良い考えね。レブヲで実験しましょう」

『お前悪魔だな。まあ吸血鬼は回復しないでダメージになりそうだから仕方ねぇか。後、「伯爵」にも試してみるといいかもな蒸留ポーション』


 あの『伯爵』なら、ポーションで酔うのではないかと思わないでもない。



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