第167話-1 彼女はリリアルの騎士制服を試着する
狼人が人型になり、『リリアル学院警備隊長兼剣術講師』に就任することを伝えると、男子は喜び、女子は嘆いた……
「あのワンちゃんが、こんなおっさんに……」
「おっさん抱きしめていたとか……もう世の中何も信じられない!!」
「うー 可愛い子犬もおっさんになるなんて、諸行無常……」
どこから出てきたんだ諸行無常なんて言葉……
「私や冒険者の学院生が不在の時には多分……頼りになるから、それなりに扱ってもらえると嬉しいわ」
「おい、なんだかとても嫌そうに聞こえるんだが……」
「ふふ、意味が伝わって嬉しいわ。とはいえ、しばらくは私と同行ね。現代社会について慣れて貰わないと困るわね」
「いや、それほど……『物価とか売っているものとか、文化習慣……違うわよ』……学院長付きとして学ばせてもらおう!」
大公の側近を務めただけあり、真面目で勤勉なのだろう。それに……
「おじさん、なんか犬臭いから、あんまり近寄らないで」
「そうそう、何だか笑顔でだまそうったってそうはいかないんだから。涙目でどうするタミフルとか言っても駄目だからね!!」
女子からの風当たりが強いので、彼女を風よけにする気満々だろう。反して……
「お主、その筋肉なかなかのものじゃの!」
「マッスルが俺に語り掛けてくる感じがする」
「戦士としては超一流なんですよね。今日もいきなり冒険者ギルドで黄色等級に登録されたとか……マジリスペクト!」
「「「おおおぉぉぉ」」」
筋肉沢山の大男は男子の中で人気が高い。茶目栗毛を除く。彼は暗殺者として「目立つのは悪」と刷り込まれているので、筋肉達磨ではなく『脱いだら凄い』男を目指している。因みに、その方が女子受けがいい。
狼人を中心に、武具談議が始まる。
「俺は、槍が使いやすいな。今日は斧っぽいのを借りたが、石突をうまく使うと格段に柔軟に操れる」
「バルディシュじゃな。ドラゴン討伐にも院長が使ったらしいの。ミスリルで鍍金してあるから、魔力の纏いも上等じゃ」
「あれなら、岩でも鉄の門塀でも切り落とせる。でも、振り回すには俺には背が足らないかな」
「なに、筋肉を付ければ上背など大した問題ではないぞ!!」
「俺は樽呼ばわりされるのは嫌だから……」
「なんじゃと!!」
全然武具談議ではなく、筋肉談義である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
彼女は長い間院長代理を務めて貰った祖母に改めて礼を言う事にした。それと、しばらく王都のアパルトマンでのんびりするのはどうかと提案する事にした。
「また一段とにぎやかになったね」
「お騒がせします」
「いや、あの戦士がいてくれると、確かに安心かもしれないね。なんだかんだで子供たちばかりの学院だからね」
騎士団の駐屯所があるとはいえ、敷地は別であり巡回警邏してくれている訳でもない。遠征で魔術師組が不在で、尚且つ老土夫も同行していると、使用人や薬師見習の娘たちは不安なのかもしれないと思いいたる。
「とはいえ、騎士団のいる目と鼻の先で、大猪もいるわけだから、あまり心配はしていないがね」
「魔術による防犯結界も必要かもしれませんね。少し検討して設置したいと思います」
「離宮の装備で十分かもしれないけれど、新しく建て増しした寮は必要かもしれないね。水晶が手に入った機会に備え付けておやり」
「はい、そういたします」
院長の引継ぎを受けつつ休暇の話をする。
「そうだね。しばらく戻っていないから、空気を入れかえようかね。それでだ、あの二人を侍女として借り受けてもいいかね」
祖母の指名は赤目蒼髪と黒目黒髪の二人。確かに、姉に同行して侍女としてルーンに滞在したこともある。魔術師組の中で騎士爵となるメンバーとしては侍女に向いている。
「今度、騎士爵になるだろ? その時、貴族の当主としての女性の振る舞いってのを覚えておかないと困るのさ」
「……そうですね。私も不安な面があります」
「お前は、そうは言っても父親の振る舞い母親の振る舞いを見ているだろ?あの子たちは令嬢ですらない。だから、王都に連れて行って少々学ばせようかと思うのさ。まあ、残りの子たちはおいおい、二人に教わりながらって……感じかね」
赤毛娘……あと数年は無理だろう。性格以前に、十歳なのだから。
「承知しました」
「それと、騎士の衣装が仕上がったら、二人の分は私のアパルトマンに届けさせてもらおうかね。立ち居振る舞いも、ドレスと男装では少々異なるさね。男そのものではまずいし、かといってドレスとも異なる。着慣れさせるのも必要だ」
「はい、そう手配いたします」
祖母はやはり、王都の自宅でも院長代理の仕事をするつもりなのだろう。とはいえ、自分の慣れた生活空間で過ごすのはリラックスできるであろうし、最近会えていない友人知人を招いてお茶をすることもあるだろう。それに……
「この機会に、二人を貴族の婆様どもに売り込んでおこうかね。縁が繋がれば言う事ないさね」
魔術師で騎士爵位を持つ美少女……需要は相当あるとは思われる……が。
「まだ未成年ですから程々にお願いいたします。あまり貴族の子弟と会う事もありませんので。勘違いさせるのもかわいそうですから」
「いや、まともな下位貴族なら優良物件だと即判断するさ。とはいえ、安売りするつもりもないから、まあ、場数ということだね。ほれ、貴族の息子に言い寄られてのぼせ上らないように訓練の一環さ」
貴族の息子に言い寄られる侍女というのも確かに存在する。使用人なら断りにくいこともある。そういう時にきっぱり断れる練習というのであれば悪くない。
「お前も必要なら、練習してみるかい?」
「いえ、早晩必要なくなるかと思います。王国副元帥に言い寄る貴族の息子がそういるとも思えませんわ」
祖母は微妙な表情をして彼女を見る。
「王太子殿下は何か仰っていたかい?」
「まあ、これからも王家と王国を支えてくれ……とおっしゃっていたかと思います」
「そうかい。王家がそのままご本人でなければいいんだけどね。まあ、それはないか」
祖母も取り越し苦労が多い人なのだ。子爵令嬢が王太子の相手が務まる訳がない。精々、話し相手くらいのものだろう。
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