第141話-2 彼女は『魔熊』の群れを見つける
宿に戻ると既に伯姪たちは戻ってきていた。売却せずに置いた熊肉の調理を宿の料理人に依頼し、今日の出来事をそれぞれが報告する。
「……熊の魔物の存在の可能性か。盛り上がってきたわね!!」
横でいい笑顔でサムズアップするジジマッチョがうざい。確かに『魔熊』であればオーガキング並の強者であろう。魔力による身体強化が熊の肉体に宿り、正直殴り合いでは分が悪い。生物故殺すことは難しくないが、それはあくまで魔術を併用した上で焼死・窒息死などを狙う場合の話だ。
「並の『熊』はなかなか高価な素材となるので、綺麗に討伐したいわね。一頭当たり金貨一枚程度にはなりそうですもの」
「保存ができる魔法袋があれば、王都で高値で売れるんですけどね」
何やらお金の臭いに敏感な元孤児の集団である。お金は大事です。命の安売りはしない主義なのだ。
「南都でも十分に高く売れるわ。兎馬車なら半日足らずで届けられるから、そのまま南都のギルドに持ち込めば……」
「冒険者ギルドより解体して商業ギルドで売る方が良いかもしれないわ。但し、保存の利く部位は王都で処分すべきね」
熊の毛皮はそれなりに武具などの装飾としても価値がある。加工は専門の革職人に頼むことになるだろうが、それなりに贈り物としても評価される。
「『魔熊』の革は王妃様に献上したいんじゃない?」
「うーむ、儂の屋敷の敷物にしたいのだが」
「……ニースはさほど寒くありませんよね」
「王都に滞在する際に使いたいのだよ。ブルグント公爵に自慢してやろうかの」
ワハハではない! 国王陛下であれば熊の皮を敷くのも良いだろうが、女性には少々に会わないかもしれない。
「それで、サボア公爵家の評判はどうだったのかしら」
「まあ、父祖の地だからあまり表立って否定的なことは言われなかったけどね……」
境目の公国という事で今は王国に従っているものの、本来トレノ領は帝国の辺境伯領を婚姻により手に入れた物。当時の女伯の娘の一人は帝国皇帝の妃であったこともあり、王国に帰属していることを喜んでいるものはトレノには少ない。
「それと、ミラン公国の影響もトレノ周辺の貴族には相当あるみたいね。だから、王国側のシャベリよりトレノに領都を移すべき、移すんじゃないかという噂もあって、正直この街の活気の無さはその辺もあるみたい」
さらに、若い公爵はあまり表に出ることもなく、領内の問題も側近任せであり存在感が希薄なのだそうだ。見た目は悪くないし、悪い噂も聞かないが領主としては凡庸であるという評価がなされている。
「それで、領内の郷村が自治だなんだと騒いでいるわけか。分断して統治するという古の政治の書通りの手際だな」
「……どういう意味でしょうか」
前伯曰く、敵を滅ぼすには団結させないようにすることが肝心だと、古の政治の書には記されているという。仲たがいする者同士でも共通の敵がいれば一致団結してしまう。王国の歴史でも外国の脅威がなくなれば、国内での勢力争い、内戦が発生することはよくあることだ。跡目争いもその一つだろう。
「公爵領をバラバラにするために工作している勢力がいるという事でしょうか」
「そうだろうな。領民同士が争いつつ自治を要求、公爵家は昔からの領都に籠りきりでトレノに関しては恐らく家宰か代官任せ。そ奴らも知ってか知らずか手を貸しておる。最終的には帝国が手に入れる算段なのだろうよ」
手に入れられずとも、王国の力を弱めることができれば悪くない。ニース領も南都とも境目を接している領地を持つサボア公爵が身動き取れないことは王国を不安定にする一つの要因になる。
「陛下は法国と争うつもりは無いので問題ないのだが、連合王国との絡みで帝国のホランド地方では係争中でもある」
王国北東部のランドル辺境伯領は今では帝国の影響下に入っている。後継者である女伯は帝国皇帝の妻となった際に、帝国領となった経緯がある。とはいえ、王国北東部では経済的な結びつきもあり、帝国の影響力を削ぎ、自治都市から切り崩し王国に編入したいのだ。
「それは、御神子教と原神子教の対立の影響もありますね」
「そうさな。商人・自由商業都市は教皇や皇帝の影響を受けたくないということもあるのだろうが、原神子教徒が多い。王国は御神子を大切にしているが、原神子教徒も差別しないと陛下が宣言して……少々きな臭くなっているからな」
王国との結びつきを求める中立的な商人層と、あくまで教理を優先する商人が互いに国を背景とし勢力争いをしている。武装市民も多く、王国も武力を背景に影響力を行使できるほどではない。そもそも、外征は行わないのだ。
「こちらで揉め事を起こすなり切り崩すために活動をしていると考えればよろしいでしょうか」
「そこまでではないだろうが、情けない事に公爵自身が問題を自分で把握していないことが最大の原因だと儂は思う」
日々の生活に大きな変化が無かったとしても、ある日突然、公爵としての立場を失う可能性もあるのだ。王国の南側に常備の軍は無く、南都の騎士団も脆弱である。自衛できないサボア公国は近いうちに帝国に侵攻されておかしくない。公爵は自分の立場をどう把握しているのだろうかと彼女は考える。恐らく、そう考えないように周囲に誘導されているのだろう。
「改めて調査の依頼が公爵からあれば、その時伝える事も出来るやもしれぬ」
前伯はそう話し終えると「まずは熊肉を食して英気を養わんとな!」と気持ちを切り替えるのであった。
「熊肉は臭みがあるっていうけどそうでもなかったわね」
「肉なら何でもおいしい!」
「……肉をたくさん食べる熊は臭い。雑食でも草食な熊はそうでもない……」
臭みがあったという事は、肉食の熊であったという事なのだろう。保存食に向いているとも言われるので、乾燥させて熊肉の干物も良いという。前の夕食の熊肉の煮込みの感想を話しているのだが、肉なら何でもおいしい派は赤毛娘であるが、周りの女子も大いにうなずいていたのは肉食女子だからであろうか。
「筋を斬ってワインで煮込むと美味しくなると思うわ」
「その時点で庶民には相当ハードル高いと思います先生」
確かに、ワインを料理で使うのは貴族の家だけだろうか。飲み残しなどを使うことが多いのだが、庶民には手に入りにくいかもしれない。夏に収穫した葡萄をワインにとして飲めるようになるのが秋半ば。木の樽では味が悪くなって行くために、裕福な者は希少なガラス瓶入りのものを手に入れ保管することにしている。
ワインは樽のままでは1年もつことなく春先には味が悪くなる。ワイン瓶を作り出す技術が法国のとある国が秘匿していたのだが、サラセンとの戦いで東の帝国が敗れた際にその国の海軍が壊滅し、国としての勢いが失われ技術が外に漏れだすようになったため王国内でも王家の管理の元作成されようになっているが貴重品である。
「ワインの煮込みは大概なんでも美味しくなるから、いいわよね」
「……普通に飲んだ方が美味しい……」
「山ブドウで作るとか俺達でもできないでしょうか」
山ブドウをどれだけ集めるかという話もあるので、そのリソースは別の事に使うべきだと彼女は思うのである。
「ワインに関しては蒸留酒を作る過程で多少学院がいただけることになっているの。なので、料理に使う分程度は問題ないと思うわ」
「飲むのは……『駄目よ。自分のお金で買いなさい』……ですよねー」
子供ばかりの学院にワインを持ち込むのは微妙だと思われる。子供の頃から飲酒に慣れるのは余りよい事ではないからだ。
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ギルドに到着すると、受付嬢がそわそわしているのだが気が付かない振りをし、得意の『魔狼』討伐と薬草の採取を手分けして行うことにする。同じ場所でできそうなので、昨日と同じグループ分けで素材採取を行うことにする。黒目黒髪や赤毛娘は魔力大班だが素材採取は得意であるからさほど問題はない。
「では、今日は二台に分かれてそれぞれ依頼を熟しましょう。兎の肉が確保できれば、宿で調理して出していただこうかと思ので、お願いするわね」
「「「毎日が肉曜日!!」」」
成長期の子供には肉を摂取するように配慮しているが、村での活動中は村の食事に合わせていたので「肉不足」となっていたようだ。水みたいだな肉。
二手に分かれた冒険者はそれぞれの依頼先に向かう。『魔狼』討伐に関して言えば、熊同様自分たちの生活圏から追い出せばそれで良いと考え、冒険者にも依頼せず自らも狩らなかった結果、手出しができないほど大規模な群れとなっている可能性がある。家畜の被害も相当であろうし、人的な被害も出る危険性を考えての討伐依頼なのだと推測する。
「狼で言うと、群れの行動半径はかなり広範囲となるのよ」
「……探しても見つからないとかですか?」
「いいえ。山賊討伐の時もあったのだけれど……」
村の境界線、公爵領の境界を越えて移動してしまう場合、討伐するために追跡することが難しいという事なのだ。
「狼討伐が村と村、国と国との戦争に発展しかねないのよね。元々折り合いがついていれば、お互いに協力して狼の群れくらい討伐できるのでしょうけれど、それすら出来ないほど領主の仲介能力が低下しているのか、村の自治への欲求が高まっているのかは定かではないわね」
安易に入り込んで巻き込まれることは避けたいのだが、ジジマッチョ的には何とかしたいと考えていることは容易に推察できる。
今回のチーム・アリーはメンバーを変えてジジマッチョと藍目水髪・碧目栗毛と赤目蒼髪・青目蒼髪を入れ替えている。素材採取の得意なメンバーを分散させる意図もある。伯姪は余り得意ではなく、彼女が得意であるのでバランスを取り直した。
「『魔狼』を相手にするのは……久しぶり」
「おそらく今日の今日で討伐できるとは限らないので、被害の状況と対応の確認をしてから改めて準備してになるでしょうね。運が悪くなければ……なのだけれど」
素材採取と調査に出た先で……遭遇する可能性は高いかもしれないと彼女は内心思っていた。
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