第132話-2 彼女は南都で考える
彼女と伯姪、茶目栗毛に赤目蒼髪と青目蒼髪に赤目銀髪の六人は「冒険者が来た!」という雰囲気で出張所に顔を出すことにした。他の子たちは冒険者らしからぬ風貌の女子が多かったという事もある。大勢で押し掛けるのもなんだかおかしなことでもある。
依頼票には調査依頼のほか討伐依頼が複数掲示されている。その紙の色は退色しており、長い間その場所に掲げられているように思われた。若い駆け出し冒険者パーティーのようで揃いのしっかりした装備に違和感を感じつつ、受付嬢は声を掛けてきた。
「冒険者の登録は南都まで行かないとダメなんですよ。ここは依頼の受付と達成報告、それに素材の買取の一部だけ行っています」
なるほど、貴族の子弟がやってきたとでも思われたのだろうか。それなら南都のギルドに行くだろうが念のためなのかもしれない。
「いえ、私たちは王都のギルドで調査依頼を受けてきた『リリアル』のパーティーです。ギルドマスターはおられますか」
「……私が兼任しております……」
その彼女より一回り程年上、恐らく侍女頭程の年齢の女性はそう自分を紹介した。小さな商店ほどの広さしかない出張所からすると、全ての業務を一人でこなしているのかもしれない。街の規模からすればそれはあり得る話であった。
彼女は王都で受けた調査依頼の件に加え、周辺の討伐依頼のことについて尋ねることにした。
「この東に村がございます。川沿いを進んでいただくと一時間ほどでしょうか。そのさらに先、山に向かう斜面の途中に廃墟となった修道院があります……」
修道院は百年戦争の少し前、枯黒病が流行した時期に多数の病人を受け入れた結果、修道院自体が集団感染してしまい多くの修道士たちも亡くなり廃棄されたものであるという。
「……当時の記録が良く残されていないことと、当時は伯爵領でしたので残された記録も散逸しているので詳しくは判らないのです」
歴史的な記録というのは、その地域の立場のある人間……例えば修道院長あたりの日記などに残されていることが多い。その修道院自体が遺棄されたのでは記録も残っていないのは当然だろう。
彼女はその他の討伐依頼の推移について確認をする。ゴブリン・狼は当然にして……オークも存在する。オークはゴブリンより広範囲に移動しており、山国や法国、隣接する公国とこの周辺を行き来しつつ、主に放牧している家畜を襲っているのだが、時には集落が襲われることもあり、人的な被害も少なくない。
とはいえ、この周辺の放牧民は帝国や山国に住むワルサーと呼ばれる谷筋ごとの共同体民よろしくハルバードなどで武装しているため、オークもよほどのことがない限り村を襲う事は無いという。
「とはいえ、オークが人を襲わないわけではないので……見つけ次第討伐をお願いしたいのです」
「山の中を移動しているわけでしょうか」
「はい。恐らくは山腹の洞窟などで起居しながら移動して狩りをしていると思われます。家畜は捕らえやすいので狙われているのかと思われます」
オークの被害は時期にもよるようで、冬になれば里に下りてくるので顕著になり、夏場は山の高いところの放牧されている家畜を追うので遭遇する機会は少ないだろうという。
ゴブリンは山の高いところまで移動することはできないので、里の周辺の森の中などに小集落を作り村の周辺で畑を荒らし、家畜を襲い時には村人と争うこともあるという。日頃から武器を手放さない農民が多いので、ゴブリン程度なら少数では相手にならないというが、放置していれば大きな事件が発生しないとも限らないのでできれば依頼したいという。報酬は……少ない。
「未確認な情報なのですが、調査依頼の修道院に人狼だけでなく、ゴブリンと魔狼も住み着いているという情報もあります。里から離れているので、今のところ村周辺での被害は発生していませんが、旅人や行商人が襲われたという話も伝えられています」
今のところ定住民には被害がないので様子を見ている。情報を上げても代官が動かないので仕方がない。それに、王都周辺の農民と異なり、自治や自衛の為の武装もある程度あるので、決定的な魔物の襲来でもない限り気にしていないという事なのだろうか。
「何かあればこの街に避難して応援を待つというのが習わしです。小規模とはいえ、少々のスタンピードや野盗の集団では街を陥すことはできませんので、それに頼っているからなのでしょうね」
周辺住民や南都の代官の腰が重いのは理由があるわけなのだ。
出張所を出てこれからの移動では現地に到着するのが夕方となるため、一旦宿に戻り明日の段取りを整理することにした。街での聞き込みの成果も確認したい。彼女と伯姪以外は男女ペアとなり、「旅の若者」風に聞き込みをしてもらうことにした。赤目銀髪は茶目栗毛と、蒼髪二人はいつもの感じで……つ、付き合っているわけではないが、討伐などで組むことも多い気の置けない仲なのだ。
「さて、明日の調査は今日のギルドに向かったメンバーでいいのよね」
「それ以外の子たちには先に水晶の採取に協力してもらうことになりそうね」
水晶は「鉱山」で採取することもできるのだが、通常は金や銀の鉱脈の隣接した場所に形成されるもので、「水晶の鉱山」というものはあまりないのだという。通常、水晶は河原などに堆積している石の中に混ざっており、貝拾いならぬ水晶拾いをすることが多いようなのだ。
「山に向かうと細かな支流があって、その両岸には雪解けなどで山から削られた土砂の中から水で洗い流された水晶が残るから、それを拾うんだってさ」
山村の現金収入の一つらしく、採取前に近くの村に声を掛けてほしいとは言われている。なので、明日は彼女が修道院跡に向かう村まで全員で同行し、そこで調査組と採取組に別れる予定にしている。
「可能であれば村の中でキャンプさせてもらって、何日か過ごすことも考えられるわ」
「なら、薬師の子たちに無料で病人を見てもらって薬もわけることが可能かも知れないわね。そうであれば、移動の負担も減るでしょうし、村の感情もかなり変わるでしょう」
リリアルを知らしめるためにも良い活動であると彼女は考えたのだ。十六人のうち村に残るメンバー十人に、調査組六人で別れることにし、兎馬車はそれぞれ一台を使用する。行きはそれぞれ八人乗りとなるが、警戒の為に何人かは徒歩で移動させるのでそれほど負荷にもならないだろう。伯姪の提案は互いに利益がある。
辺境伯の家宰の娘として実際の仕事を目にしてきた伯姪には、彼女にはない調整能力があるという事がよくわかる。リリアルにとっても彼女自身にとっても、伯姪の存在は必要不可欠となりつつあるのだ。
宿に戻ってきたメンバーと情報の摺合せと、明日以降の行動に関しての打ち合わせを行う。老土夫曰く、最初にその村に近い川筋で採取を行うことにするのが良かろうという事になった。
「時間が掛かるからの。移動にするならその村に拠点を置くのは悪くない。なんなら、鍛冶でもできる事があるやもしれぬ」
薬師だけでなく鍛冶師もいるとなれば、よほど排他的な村でない限りは歓迎されてもおかしくないだろう。
「調査の後は、採取だけでなく近隣の魔物の間引きも行います。採取組も日替わりで討伐に参加して経験を積んでもらうのでそのつもりでいてちょうだい」
討伐経験のない薬師娘に魔力小娘の顔が若干青ざめるのだが、何事も経験という言葉もある。
「森の中で狼やゴブリンと出会う事はよくあるのだから、落ち着いて対応できるだけの経験を持ってもらうわ」
気配隠蔽のできないこの娘たちを誘引の材料とし、狼やゴブリンを討伐することも一つの方法だと彼女は考えているなど、目の前の娘たちは考えていないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます