第123話-2 彼女は薬師と『フレイル』の練習をする

「フレイルを選んだのは良かったのかの」

「長い目で見れば……でしょうか」


 剣を吊るしている女性というのはかなり特殊だ。フレイルを単純に言えば、ただの長い棒に過ぎない。それで叩くだけの単純な武器だ。リリアル出身の薬師が街や村で自立し、時に旅に出た場合、身を守る手段として選びやすいのは剣ではなく杖代わりとなるクウォータースタッフであろうし、フレイルの操法だろう。


「儂らからすれば、武器とは言えぬような物だから、あまり深く考えたことがなかったというのが本音じゃ」

「それはそうでしょ。フレイルづくりに情熱を掛けている鍛冶師とかドワーフがいたら驚くわよ」


 数日の鍛錬を経た後、次の段階も試しているリリアルのフレイル使い達。今日は打ち込みの練習で、頭の高さ、腰の高さに棒を持って教官が立ち、走り込んでその木の棒に向けてフレイルを打ち込むのだ。


「なかなか難しいようじゃの」

「それなりの重さのある棒ですし、振り下ろすのも力が要ります」


 身体強化の使えない薬師の女の子たちが走り込んで振り下ろすのは、中々難しいように見える。


「持ち手をもう少し上にしてみるとかしてみなさい」

「はい!」


 小柄な薬師の女の子に伯姪が声を掛ける。教官役は赤目蒼髪と青目蒼髪に勤めて貰っている。槍がメインの二人が比較的敵役だろうと考えたからだ。


「棒にあてて、カツンって良い音すると『やった!』って気になるわよね」

「そうね。もう少し慣れてきたら、一対一の稽古もしてみたいわね」

「うーん、やっぱり冒険者の子たちが受けで、薬師の子たちが攻めって感じの掛かり稽古が良いかもしれないわね。ほら、当たれば痛いじゃすまないでしょ?」


 殴りかかられて受けに回る必要はないだろう。攻める経験、心づもりを持たせられれば十分なのだから。先ずは、躊躇しない、怯えない、迷わないという練習が第一だろう。


「薬師の子たち、何か元気になってきた気がするわね」

「そりゃそうじゃろ。体と心はつながっておるからの、体が動けば頭も心も動くようになる。座って読み書きするだけでは心も体も固まってしまうじゃろ。無心に何かに打ち込んで、心を空っぽにすることも時には必要じゃ」


 彼女も、無心に薬研を動かしたり、ポーションに魔力を注ぎ込むことで心が落ち着いた経験がある。フレイルを振り回すことも、そういった効果があるのかもしれない。


「練習用のものは布を巻いてあるが、本格的なものはどうするかの」

「金属の補強でしょうか」

「スパイクの場所であるとか数。それと、つなぐ鎖の長さなんかももう一工夫あって良い気がするの」


 王国で使用されているそれは『ゴーデンダック』という愛称で呼ばれている。スパイクの数は先端に1か所四方に有れば良いと判断する。


「少し長いかもしれません。今より30㎝ほど短くてもいい気がします」

「なら、120㎝の柄にするかの。確かに、あまり長いと女性向きではないかもしれんな」


 長くて持ちにくそうな子が多かったので、少し詰めてもらうことにする。これで、柄と頭の部分を加えた全長が180cm程になるだろうか。連結する鉄輪や鎖の長さに殻物と呼ばれるヘッドの部分が加わりそのくらいの長さになるだろうか。


「本来のフレイルよりはこれでも長めなんだがの。脱穀用の農具は柄の長さが1mもないのでな。それでは杖として短すぎるじゃろ」


 先端の少し下を握り、地面に手を付ける程度の長さだとすると肩より少し低いくらいで良いだろう。女性なら詰めて丁度いいかもしれない。


「でも、一撃だけなら剣より確実にダメージになるわよね」

「剣は下手をすると折れたりするものね。頭の骨などだと滑ってしまってかえって致命傷を与えられなかったりするもの。狼の頭に地面に降ろした構えから鼻っ面にヘッドを叩き込む方が、現実的よね」


 振り下ろすだけでなく、降ろしたヘッドを掬い上げるように振る構えもあるので、頭が低い位置にある狼や猪などにはその方が効果的かもしれない。





 薬師の子たちがフレイルの練習をするようになって二週間、既に彼女たちはかなり自信をもってフレイルを振るようになっていた。勿論、ただ振り回せるようになっただけであり、技と言えるようなものは身についているわけではない。


 それでも、自信をもって振るう姿は、最初の腰の引けた姿勢で水をかき回すようにフレイルを扱うのと比べると、隔世の感がある。下の構えから振り上げる操法も練習を始めており、振り下ろすより体の回転を生かしてフレイルを操るので、強い打撃が生まれるので、狙いすました一撃を繰り出せるある意味、彼女たちの必殺技と言えようか。


「お互いに受けては足元にフレイルを構えて片方が柄で受けているのも様になってきたわね」

「自作のミトン風の篭手も可愛らしいじゃない」


 手の皮が剥けたり、練習中に誤ってスタッフをぶつけても怪我の無いように、皆がそれぞれ自分らしいミトンを作成したのだ。勿論、布は学院で支給した端切れであるが。


「楽しく練習してくれていて何よりだわ」

「でも、あの一撃、獣は鼻面とか前足とか下顎への一撃だけど、人間だと、膝とか脛への一撃になるじゃない?」

「倒れてしまうでしょうね。その倒れた相手の頭上に、振り下ろされるのが第二撃になるわけね。かなり恐ろしいわね」


 帝国の農民反乱で、フレイルを持った農民に騎士が倒されであるとか、ランドルに攻め込んだ王国の騎士が湿地に足を取られ動けなくなったところをランドルの市民兵にフレイルで叩き殺された話を思い出すと、なるほど強力な武器なのだと改めて認識できた気がする。


「女子供だと油断した魔物や盗賊に通用すると良いのだけれども」

「自衛にしては十分じゃない? 意識が変わったからね」


 因みに、食堂での話題は「フレイルがいかに素晴らしい武器か」であるとか、「どうすれば上手に扱えるようになるか」というテーマに、「誰が最強のフレイル使いか」という内容が中心……むしろそれだけであったりする。


 因みに、最近メイスを握りしめている赤毛娘は「フレイルよりメイス」と反論したものの、「メイスを二つに切り離してフレイルに改造したものが最高」という折衷案に傾斜しつつある。というか、仲間に入りたいらしい。


 このままの調子で行くと、「俺はフレイル王になる」とか「フレイル王者決定戦」とか「Fle-1 グランプリ」など開催されかねない。しても構わないのだが。





 そして、数日後、『薄赤』パーティーがリリアルにやってきた時には、更にフレイル熱が高まっていたのである。それを見て、薄赤戦士は……


「……俺の体力的に無理かもしれないな。これだけの生徒をさばくのは」


 と呟き、無言で野伏も頷く。女僧は女性が武具をもって熱心に稽古をしている姿を見て感激し、濃黄剣士が「俺がいっちょ揉んでやろうか!!」と言った結果、赤毛娘と赤目蒼髪にボコボコにされ、その後、撃ち込み稽古の相手を延々とやらされることになったのは言うまでもないのである。


「フレイルはやはりいい武器ですねアリー」


 フレイルを装備することもある女僧は、学院生の練習を見ながら彼女にそう呟いた。視界の端っこに襤褸雑巾のようになっている剣士の事を皆が無視してた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る