第五幕『公都訪問』

第033話-1 彼女は旧都に到着する

 旧都は王都の南西にある街であり、川を下るとレンヌ領の現在の公都に到着する。川の水運を使って商業が盛んになりつつあるのだが、距離があるため、王都とは別の経済圏である。


 この時代、川沿いに経済圏が発展するのは交通事情から当然であり、大昔のロマン人襲撃も、川を遡るため海から離れた場所でも容易に攻撃されていたりするのである。ロマン人の公爵がいる土地はこの川の水源近くの領地であったりする。





 午前中に王宮を出発した一行は、夕方旧都につく予定である。その夕方は、町の有力者と晩餐。翌日は、旧都を観光し夜には歓迎の夜会が開かれる。要するに、王女様の顔見世挨拶大会。


「挨拶される方は、王女殿下より身分が低いものばかりですので、声を先にかけねばなりません」

「……そうなのね……」


 今まで、一人で活動したことがないため今回は色々初めてのことばかりなのである。それでも、リュソン宮中伯が横で名前と役職をささやいてくれるので、基本的な挨拶の使いまわしで行けると侍女頭は考えている。


 褒める、感謝する、期待すると言った言い回しを名前の後に、立場に関わる事を絡めて一言言えばいい。


「例えば、街の開発に尽力しているのなら、『街の発展に尽力していること聞き及んでおります。国王陛下に成り代わり感謝します』などと言えばよろしいでしょう」


 といったロープレを延々と馬車の中で繰り返す……何故か三人でだ。え、言い回しの幅を出すために、彼女と伯姪も王女様役で考えるのだ。


「教会で孤児院を運営している司祭には?」

「『身寄りなき子供らを慈しみ育てていること、神に仕える身とは言えどなまなかできることではありません。王国と子供たちの将来に寄与する行いに、王女としてとてもありがたく感じます。次の機会には、是非子供たちに会わせてくださいね』ではどうかな」


 行けたら行くね的な言い回しではあるが、言われた方は嬉しく無いとは言えないだろう。それに、今後は王都の孤児院を訪問するのもいいかもしれない。小さなころから魔力のある者、才能のある者を育てるのだ。


 孤児であれば身寄りのいない分、育ててもらった王家や仲間に対して強い忠誠心を持つであろうから、身内として育てたいという気持ちもある。


「孤児院を慰問するのも王族・貴族の務めでございますから、王宮に戻りましたなら王妃様に伺ってみるとよろしいでしょう」

「そうね。お母さまのお仕事、お手伝いできるかもしれないわね」


 レンヌへの旅が決まり、魔術の練習を始めて王女殿下も子供から、王族の一人としての自覚が目覚めつつあるようなのである。


 



 王女殿下のお相手をしつつ、この一年で自分を取り巻く環境が随分と変化したものだと彼女は思っている。以前は、王都と民を守るために子爵家を継ぐ姉を助けることが目標であり、その為に自分は裕福な家格が下の家に正妻として入り、子爵家を経済的に支えることであった。


 魔剣と出会い、魔力を使えるようになりポーションで金銭的な余裕が出来るようになった。自由に生きてもいい気がした。冒険者になって、代官の村をゴブリンから助けた。そうすると、自らが騎士となり、国王陛下に仕える身になった。


 今までは貴族の娘として、間接的に支える方に直接仕えるように思し召しいただいた。感激すると同時に、何をすればいいのかと迷いもした。自分が直接何かを為すことを考えたことがなかったからだ。


 物語の中の妖精騎士のように、単純に世の中の悪者を懲らしめてもそれは何の解決にもならない。悪者を少なくする為に、何かを為さねばならないと彼女は思うのだ。


 戦争をなくして貧しい人を減らし、貧しくても生きていけるようにすることも大切だと思う。他国に利用され利用し、自分の同胞をお金の為に売るような人間も許すわけにはいかない。それは、味方の顔をした敵であり、はっきりと敵だとわからない分やっかいだからだ。


 豊かにすることは陛下や宰相閣下、宮中伯にお任せしよう。ならば、敵に仲間を売るものを見つけ出し狩りつくすことこそ、騎士としての彼女の務めなのではないか。


 人攫いはあの商人だけではない。人の幸せを攫って自分の金に換えるものがいる。連合王国、法国、帝国の手先として国を売るものがいる。それと戦うことも、王都と民を守ることになる、自分の役割だと彼女は考えているのである。


『孤児から仲間を集める。悪くないな。俺の声が聞こえれば、そいつは魔力がある』

「伯姪には話しかけないの?」

『今はまだ時期尚早だろ。猫も様子を見ているところだしな』


 魔剣の言い分もわからなくはないが、なんとなく仲間ができた気でいた彼女にとってはもやもやするのである。慎重であるのは構わないし、まだ女僧も騎士学校から戻ってきていないわけだから、今目の前の護衛の仕事を全うすることが、いまの彼女に必要なことだと思い、このことを考えるのを止めた。




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