第032話-1 彼女は宮中伯と相まみえる

「ではよろしく頼む」

「「……かしこまりました……」」


 さて、いま挨拶を交わしたのは噂の宮中伯様である。おっさんが来るのかと思いきや、意外と若い伯爵であった。連合王国にも縁戚がいるため、レンヌ公も接しやすいと考えたのかもしれないが、国王陛下に自らを売り込んだという話である。


「優秀なのだろうけれど、めんどくさそうな奴ね」


 伯姪は容赦がない。同じ怜悧さを持つとしても、ニース辺境伯の令息はその鋭さを明るいものの言い回しで隠すことができた分、使者としては適切だと思われる。幾ら、連合王国と王国の双方に知己がいるとはいえ、宮中伯である。そこまで深いつながりとは思えないのが不安だと言える。


「警戒するに越したことはないでしょう」

「……裏切らないまでも、利用される……とかよね」


 才気走った男は、乗せるのも容易だろう。あまり自分の器を越えたことをしないでもらえるとありがたいのであるが、どうだろう。


「連合王国とのつながりも……気になるわね」


 王国と連合王国は挨拶する程度の関係だが、戦争を長くしていた国同士である。とは言え、お互いに商売をする関係は成立しているので、知らぬ間に人攫い事件の商人のように王国内に手先が入り込んでいることもありえる。


「腹の底が見えなさそうな男ね、リュソン宮中伯は」


 王女一行の随行員代表を務めるのは、二十代後半の元司教様である、リュソン宮中伯である。若くして、実務能力と能弁さを評価され、国王陛下の側近として仕事をしている。


「公平で視野の広い方だという評判ね、アルマン様は」

「うちの令息とは側は違うけれど、中身は似た感触がするわね。リュソン伯は荘厳な聖職者、あれは優しく陽気なお気楽三男坊という感じでパッと見は違うけどね」


 伯姪、意外と将来の義兄に辛口なのだなと彼女は思ったのだが、確かにそれは言えるのである。


「王国での彼の立ち位置からすると、連合王国に協力する理由がないわね」

「ええ、将来は枢機卿か宰相かと言われる才覚の持ち主が、敵国に協力して王女殿下を害するメリットがないもの。上手く利用して、レンヌ大公も味方につけようとするでしょうね」


 元々は王妃様付の司祭から抜擢された経歴の持ち主であり、王妃様が大切にする王女を害するような人間とは思えないのである。血統的にも連合王国に取り込まれるほどではない。三男だし。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 念のため、リュソン宮中伯の言動などを王妃様や父の子爵を通して確認したところ、敵対する人間ではなさそうであるという結論に達した。


 宮中伯の姿勢は『国王の尊厳』『国家の盛大』を求めることにあるという。つまるところそれは、王家を大切にし、国を豊かにすることで強い国にすることだと理解できた。


「戦争に勝ちたいとか……じゃないのよね?」


 伯姪の疑問はもっともだが、恐らくは、ニース辺境伯の考えに近いのだと彼女は思っている。


「彼は若いし、連合王国との戦争に勝利して喜んだ世代ではないでしょう。むしろ、あの戦争は王国内で続いたおかげで、村や町は荒廃し病もはやり、沢山の民が死んだのよ」


 枯黒病という、体に黒い斑点が現れ枯れたようになり死に至る病が戦争当時の王国内で流行した。食べ物もなく弱っていた民の多くが病にかかり、村が無くなり、街には死体が溢れたのだ。


「民が半分にも減り、戦争どころではなくなったというのもあるのよね」


 連合王国は遠征していることもあり、王国内で一度領地を手放すと、回復することは困難であり、王国内の領土を放棄せざるをえなかったのだ。


「彼は、武力ではなく、策を持って敵を弱らせるみたいね。争わず、利を持って敵の敵を動かし、敵を痛めつけ弱めることを考えているみたい」

「なら、レンヌ大公と王国が仲良くすることは、彼の考えと合っているから、彼に関しては心配しなくていいのよね」

「彼だけはね。その周りの人間はまだわからないわ。僅かなお金で何かをする人はいるのだもの」


 辺境伯領の人攫い商人がそうであった。確かに、法国から王国に伯が移ったことが面白くなかったとしても、人攫いを副業にする理由にはならない。身分や財産に関係なく志の問題なのだ。それが、貴族や騎士にいないと何故言えるのかと彼女たちは思っている。


「身分に関係なく、王女殿下と王国と民を大切にする人を集めたいわね」


 伯姪の言葉に、彼女は強くうなずいた。




 王女殿下の水魔術はかなりのレベルで発動できるようになった。何度かずぶ濡れになりながらではあるが。そして、今日は次の段階に進む。


「殿下、水を使った効率の良い戦い方を考えましょう」

「どういう意味?」


 王女殿下の疑問もその通りなのである。水をたくさんぶつけても、多少怯むくらいで、火のように燃えたりするわけではない。


「敵を寄せ付けない為に水の球を勢いよくぶつけるのは多少効果がありますが、耐えられないわけではございません」

「そうね、転ばせたりすることは出来そうだけれど、我慢できなくはないもの」


 そこで彼女は提案するのである。目と鼻と口を水球で塞げばいいと。


「……えーと」

「溺れるわね」

「ええ、人間は水の中で息は出来ません。ですから、魔力で生成した桶一杯程の水で顔の周りか首から上を水球で造った兜を被せるように覆うのです。目から顎までで構いません」


 そうすれば、ものの数分で相手は呼吸できずに倒れる。目も塞がれれば攻撃だって当たらないし、こちらは隙だらけの相手をいいように倒せる。


「それに、この魔法なら殺さないでも相手を無力化できます」

「それは便利ね。まあ、私なら剣で腕の1本でも切り飛ばす方が簡単だけど」

「王女様が身を守るための魔法でございますので、傷つけずに相手を取り押さえることも肝要なのよ」


 この魔法なら、王族らしさもそこなわず、自らの手を汚さず相手を倒すことができる。彼女は出来ても自分ではやらないと考えているのだが。


「目標はどうするのかしら?」

「最初は木偶人形で動かない相手で練習いたしましょう。お庭で」


 慣れてくれば、自分で魔力を纏いつつ相手になれば、魔術の水で窒息させられることはないだろう。


「では早速始めましょう」


 殿下と二人は連れ立って人気の少ない王妃様の庭の隅で練習を始めるのであった。




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