第017話-1 彼女は辺境伯令息に気に入られる
いまだ成人に達しない13歳より、幾分幼くみられることもある黒目黒髪のほっそりとした少女。最初、この話が辺境伯領に伝わった時には、民が物語を語り喜んでいるのだと思っていた。
辺境伯は確かに王国にとっては新参者であるが、その家の歴史は王家に劣らぬものである。二つの国の境目の領地として、その両方に顔が効き、また中継地として豊かな国であり、武力も備えた独立の気風の強い領邦だと自負している。
様々な伝手を伝い、その内容を調べるにつれ、話の内容が荒唐無稽でもなく、過大評価でもないことが理解されるようになってきた。僅か13歳の少女が二人の冒険者と、100を越えるゴブリンの群から、村人を指導して守り抜いた話である。
幸い、伯には婚約者のいない文官志望の息子がいた。さして浮いた話もない、真面目が取りえと言えば取り柄だが、その実、人の機を見るに敏な性格であり、法国との遣り取りも上手にこなす息子であった。
その子爵家の当の娘は国王陛下自らが婚約者を探す勢いだときき二の足を踏んだのだが、3歳年上の姉は王都の社交界でも有名な才女であり、魔力もかなりのものであると言われていた。また、婚約者も選定中ということであった。
伯は息子に是が非でも子爵家と縁を結び、自領の商会を王都に進出させたいと考えていた。本人も是非にという事で、その誠意を見せるため、伯は息子自ら王都に赴き、辺境伯領へ案内することを命じたのである。
――― 勢いだけはあるラテン系、それがニース辺境伯一家の血なのである。
さて、出迎えられた令息は、館の主である夫人の美しさに息をのみ、更に、面差しのよく似た二人の娘にも感銘を受けていた。ただ美しいだけではなく、賢くしたたかであろう二人の娘たちを。
それでも、彼の妻にふさわしいのは恐らく姉の方であろうことは、話してみてよくわかった。王都で商会の販路を広げ、辺境伯の縁故を広げるには姉の美貌と人脈と社交術はとても有効であるだろう。話によると、彼女は魔力も優秀で魔法に近い威力の魔術が使えるともいう。
一方妹は……そういった世俗的なことは不向きであるような気がした。正に、物語に登場する『妖精騎士』のイメージなのだ。自分の生き方に正直なのであろうことは、少ない言葉の端々から感じることができた。
彼女を妻にすることはできるかもしれないが、恐らくそれは辺境伯の望む事にはならないと彼は感じていた。故に、婚約者とするならば、姉で迷う事はないのであった。
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令息が王都に滞在すること三日、子爵との会食や王都の親族との交流も一段落し疲れも癒えたところで、出発することとなる。馬車は当初の予定通り2台。1台は子爵家夫人と令嬢の二人に冒険者が2名。もう1台は子爵家の用意した王都土産と女性の衣装である。片道10日分の着替えと、向こうでの夜会用のドレスなどである。
子爵の屋敷には『薄赤』のメンバーが揃う。今はサブリーダーの戦士が夫人たちの馬車の御者台に御者と並んで座り、剣士と野伏が交代で馬に乗る予定である。
「アリー久しぶりだな」
「お元気そうで何よりです」
この3人の中で最も近しいのは薄赤野伏である。ほかの二人は世話になったとはいえ、ゴブリンと相対した時は不在であった。役割であるから仕方がないのではあるが。
「今回は物見遊山なのかい?」
「いいえ、辺境伯令息がそちらにいらっしゃいますので、かなり真剣に先方はお考えのようです」
剣士が軽い気持ちで声を掛けるが、騎士たちがひとにらみする。将来の主君の息子の嫁の妹……まあ微妙だが、身分ある令嬢に話しかけていい内容ではないからである。
「令息様。この度子爵家が供として依頼した冒険者は、先日の村での騒動の際に同行した者たちでございます」
「おお、それはそれは。辺境伯領まで、あなた方の勇名は鳴り響いておりますぞ。旅の仲間として、身分を忘れてお付き合いください」
貴族言葉では「身分を弁えろ冒険者ども」という意味である。当然、このランクの冒険者は意味を取り違えたりしない。濃黄女僧がいたおかげで、貴族の子女の護衛の経験は何度もあるからだ。
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