水島先輩


 メイドカフェ。それは可愛いが集まる天国であり、俺とは無縁の花園である。それなのに、どうしてメイドカフェなんて言葉が出てきたか、それは目の前にメイドカフェがあるからだ――


 同じサークルの水島先輩がこのメイドカフェで働いているということを耳にし、興味本位でやってきた。そこまではよかったが、入ることを躊躇ってしまい、周りからは不審者に思われているかもしれない。


 えぇい、別に下心があるわけじゃないし入ればいいじゃないか!


 勢いに任せて店のドアを開いた。中はどこにでもあるような普通のカフェで、想像していたピンクの装飾はなかった。そこで一安心した矢先、メイド服を着た可愛らしい店員さんが話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。本日はお一人様でしょうか?」


「はい、そうです」


 店員さんは猫耳を付けていなかったし、ご主人様とも呼ばなかった。俺の想像していたメイドカフェは本当にメイドカフェなのかと心配になってきた。


「では、空いてる席をご利用ください」


「わかりました」


 メイドカフェと言いながらも素っ気ない対応な気がして仕方がない。メニュー表を手元に置き、店内をキョロキョロと見回した。


「よっ、少年」


 慌ただしく動いていた目に水島先輩が映った。その笑顔は絵のように切り取られ、時間が止まった感覚に襲われた。


「少年って、俺は大学生っすよ」


 水島先輩はよく俺のことをからかう。少年と言って子供扱いしたり、思わせぶりな言動をとる。


「それよりも、なんでこんなところに来たの?」


「別に……これといった理由はありませんけど」


「ここのメイド対応、メンバー限定サービスなんだよね。だから、次からは気をつけた方がいいよ」


「そうなんすか。水島先輩にメイド対応させるためにメンバーなりたいっす」


「少年、日頃から先輩にいじられるからって、やり返しは良くないぞ」


 水島先輩は周りの目を気にしながら俺に顔を近づける。


「言ってくれれば、いつでもメイド対応してあげるよ」


 これがからかいなのか、本気なのか俺には分からない。

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