第116話

誰もがあまりの光景に口を開けなかったが、最初に持ち直したのはやはりこの場で1番偉く、有能であったアスマン大佐である。


「くそったれめっ!やむを得ん!!現保有戦力、全てを持って攻め込む!!

どのような手段で街を消しとばしたのかは分からぬが、そのような攻撃を防ぐ防壁などはアイヌゥにない!!なんとしてもココに辿り着く前に仕留めねばならない!!トール少尉っ!!目標の飛行速度はっ!?」

「飛行速度は決して速くはなく、アイヌゥに辿り着くまでに30分から1時間とのことです!!」

「リム曹長!首都への連絡はしただろう!?その返事はなんと!?」

「上層部は援軍を送るゆえ、時間稼ぎに徹するべしとのことです!!」

「そんな消極的な戦いをしていたら更地にされた都市と同じ目に遭う!あの映像と一緒に再度指示を仰げ!…いやっ!援軍には超大型規格の兵器を要請しろ!!」

「了解!」

「ガルマス中尉とサム少尉はリンド中佐の指揮のもと我々が負けた時に備えての、市民の避難だ!なんなら怪我人が出ても良い!命を失うよりはマシだ、多少強引にでも避難させろ!」

「了解であります!!」


その後もアスマン大佐はその場にいる人へそれぞれの仕事を任せていく。


「よし!解散!!残りは私と共に黒い竜らしき飛行物体の討伐に向かう!!すぐに出撃するぞ!!」


作戦司令室にいた彼らはそれぞれ慌ただしく退室していく。

そしてアイヌゥから次から次へと戦車が出撃する。

サドラン帝国は巨大生物である竜種が多く生息していた土地を拓いて国土を広げた歴史がある。

人間を捕食しかねない竜種との共存は不可能だったゆえに他国に比べて巨大生物たる竜を殺すために発展した巨大兵器に関する技術水準は非常に高く、その技術の粋を集めて製造された戦車達の雄姿たるやなんと頼もしいことか。


アスマン大佐を始めとする軍人達は誰もが心のどこかで思っていた。

勝てはしないし、辛い戦いになるではあろうが援軍が来るまで持ち堪えるくらいは可能だろうと。


確かに竜の鱗皮を貫くのは難しいかもしれない。

だが、ダメージが入らないわけではないだろうし、更地にされた都市の映像を見るに一度の攻撃ではなく何度かに分けての攻撃をしたように見える。

すなわち都市を更地にする攻撃は一度ではなく、何度かに分ける必要があるということ。

街の一部、軍の一部は消しとばされるかもしれないが、逆に言えばそれだけの被害で黒い竜らしき飛行物体を撃退、いや、殺すことだって出来なくはないかもしれない。

現代の戦車では竜種とやりあっていた時代の兵器よりは確実に威力は落ちる。

しかし、弱い、と言うほどに抑えられているわけでもない。

竜を1撃で殺せたのが、2撃、3撃と必要になったと言う程度。


なんとかなる。


なんとかできる。


彼らはそう考えていた。

いや、そう祈っていた。

そうじゃないからと逃げ出すわけにはいかないのだから。

頼むからそうであってくれ、と。


だが。

彼らの祈りは届かなかったらしい。


「前線の戦車隊が間もなく接敵…っ!?目標から高エネルギー反応を確認っ!!」

「なにっ!?」

が殆どありません!!まずいっ!攻撃きますっ!!」

「障壁を張れっ!!」

「障壁展開車両!障壁展開しましっぅあっ、?!」


魔法を使って防壁を生み出す障壁展開車両と呼ばれた車両からバリアのような物が発生。

魔法があるゆえのこの星、独自の戦車であり、そこから発生される不可視の障壁はミサイルすら無傷で防ぎ切る。


それが障壁を貼り終えたほぼ同時に黒い竜らしき物体から光が瞬く。


瞬間。


轟音。


悲鳴。


怒号。


指揮をしていた作戦司令室が建物ごと揺れ、司令室にあった窓ガラスが全て派手に割れた。


「っ!?被害状況確認しろっ!!」

「こ、こんなっ、こんなこと…」

「しっかりしろっ!どうなったのだっ!?」

「は、はい…被害状況、アイヌゥのB区画からF区画までが消し飛びました」

「な…んだとっ…何をされたのだっ!?」

「おそらくは竜種のみが使えると言う攻撃魔法、竜の息吹ドラゴンブレスによるものだと思われます」

「ばかなっ!ドラゴンブレスがこれほどの威力を持つわけが…」


実際の攻撃、被害を目にして、かつ部下からの報告という現実を思わず否定してまったアスマン大佐。

何かの間違いだろうと、確固たる現実を目の前にしてなお認められなかった。


無理もない。


日本におけるフィクションに出てくる竜という存在はフィクションゆえに割と出鱈目なことをしがちである。


例えば人に化ける力だとか。

山を吹き飛ばす攻撃ができるとか。

強い竜ともなれば神を殺せるだの、世界を破壊するとか。

人を攫うだの、財宝を集めるだの現実に存在しない生き物だからと無茶苦茶やってる例には枚挙にいとまが無い。


この星の竜種はあくまでも生物の一種である。

確かに魔法という存在があるゆえ地球の生き物のそれとはだいぶ異なった進化をしてきたが、しかし、それにも限界はある。


人になんてなれないし、たかだか大型トラックくらいの質量の体躯から山を吹き飛ばすほどのエネルギーを生み出せるわけがない。

神に喧嘩を売るなんてまず無理だし、世界どころか村ひとつ破壊するので精一杯。

財宝なんて彼らには何の価値もない。


そう、間違っても障壁ごと街を消しとばす攻撃など出来るはずがないのだ。

しかも障壁をものともしていない。


「…いや、分かっていたことだ。分かっていた…映像は間違いなかった。ただそれだけのこと!!」


事前にそうなる可能性があったことはわかっていた。

分かった上でなお、信じがたい被害であったがアスマン大佐は再度気持ちを切り替える。

自らに言い聞かせるようにアスマン大佐は叫ぶ。


「狼狽えるなっ!」


サドラン帝国の軍学校はこの世界では1番厳しいと言われている。

その軍学校を卒業した彼らはアスマン大佐のその号令にかろうじて持ち直した。


「作戦変更だ…アイヌゥを放棄する」


アスマン大佐は覚悟を決めた。





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