第73話

「アニーが何を思って死んだかを聞いてみたかったが…まあ、それも叶わぬ願いか。いや、喰って記憶を取り込めば分かるな。

…約束もしたことだし、喰らってやろうではないか。聖剣とやらも添えてな」


アニーからすれば約束したつもりなどカケラもなかろうが。


「アストルフの大剣ですら完全に再現できたわけではないし、聖剣は無理かもしれんが…いっそのこと聖剣とか呼ばれたこの魔科学武器は喰わずにそのまま使用してみるかね…」


アニーとの熱戦を制した興奮からか独り言を呟きながら異形のヒトがアニーを食べようと捕食するための器官を尻尾のように伸ばす。

触れるか触れないかの瞬間、


「あがっ!?」


突如としてアニーの死体が動き出して、異形のヒトを蹴り飛ばした。

その威力はスキルで強化されているはずの彼女の肋骨がへし折れるほどに強く、重い。


「ど、どういうことだ?」


流石の彼女とはいえど、狼狽した。

人間の脳味噌を食べると同時にそこに入っているデータ、もとい記憶も取り込む彼女は生まれて1年も経たないにも関わらず、非常に経験豊富である。

今まで喰らってきた人間はかなりの数。それから得られる情報も多岐にわたる。

そんな彼女すら目の前で立ち上がり始めるアニー、の死体を見て驚かずにはいられなかった。

とはいえ、これはある意味で彼女の望み通りとも言える。

死に際の彼女の想いが死体を動かしたからだ。


その想い、アニーの死に際の想いはガイや親友エリンへの親愛ではない、娘への慈愛でもなく、亡きアストルフへの愛情ですらなかった。


殺したい。


目の前の憎き怨敵をこの手で縊り殺したい。

彼女はそう思った、願った、祈った。

真っ黒々な強烈な殺意。


その純粋な殺意は魔法へと昇華され、彼女は死して動く屍。

いわゆるゾンビになった。


ゾンビ。


ゾンビというのは異世界には確かに存在するが、それを見つけるのは非常に珍しいアンデットと呼ばれる存在である。

何故ならばゾンビはその体に宿る魔力を動力として動くからで、死後硬直やら腐って本来ならば動かないはずの体やらを魔力というエネルギーを消費して動かすために、動力である魔力がすぐに枯渇してただの死体に戻るからだ。

元々動かないはずのものを動かすために、より魔力を消費しやすく、発生したとしてもごく短時間であり、たまたま動いているその時にゾンビの近くにいる、という場合はなかなかない。

エルルが生み出した魔王ゾンビを除いて、非常に見かけるのが難しい存在である。

いや、厳密には成り立ちや仕組みがまるで異なるので、魔王ゾンビはこの世界のゾンビとは言えない。

ゾンビみたいな生き物であってゾンビではない。


そして、ゾンビを見かけない一番の理由がゾンビになれる人間となれない人間がいる。

ということである。


アニーがゾンビになったのは、なれたのは彼女が時折、産まれてくるという『魔女』と呼ばれる人種だったから。


通常、人間は魔力を持つが、それはあくまで体の維持や成長などに使われる。

魔力エネルギーを魔法へと変換するのはもちろんのこと、体外に意識的に出すのすら無理である。

身体の構造的に出来ないようになっているのは以前にも言ったとおり。

古くは『魔法使いの杖』とも呼ばれ、現代では魔科学武器と呼ばれる道具はそうした出来ないことが出来るようにと身体機能を後付けして魔法を使用できるようにするための触媒、ないしは変換器であり、普通の人間は素の状態で魔法を使用できないのである。

この世界ではアニメや漫画にあった魔法使いの杖にあたる道具が必須なのだ。


しかし。

魔女は魔法を道具に頼ることなく使える。そういう体の構造になっている。

その魔法はかなり自由度が高いと言われ、だけで発動する。

漫画やアニメの設定によく出てくるイメージだけで発動できるアレだ。


わあ便利そうだとか、チートやん?とか思うかもしれないが、むしろこの能力は弊害が多い。


考えるだけで魔法が使える。


自分も周りも怖くないだろうか?


魔女が分別のつかない年頃の場合に癇癪で魔法が発動し、親や周りの物を壊すことが良くあったりした歴史がこの世界にはある。

殺傷を負わせたという話もザラにあり、傲慢な貴族の振る舞いをたまたま見た魔女な子供が想った魔法がその貴族を殺し、殺した魔女とその家族が纏めて処刑されたなどという話はあまりに有名である。


魔女が認知され始めた初期の頃はそうした不意の魔法の発動が原因で疎まれたり、鳥換子とりかえごとも呼ばれて周りの人間に殺されていた魔女がゾンビとして復活しては周囲の人間を畏れさせていた歴史もあったりするが、閑話休題。


強い想いが魔法になるならば、強い未練を、想いを抱えながら死んでいった魔女はどうなるのだろうか?


その答えが異形のヒトの目の前で起き上がった死体である。


成長と共に、少しの感情で魔法が発動することはなくなるし、そうしたコントロールの不得意な魔女やその子供は魔科学武器を持たせてコントロールできる義務や教育が行われるようになった現代。

年々、ゾンビを見かけることは無くなり、現在では知らない人の方が多いくらいだ。

アニーもまた多少の情念でゾンビ化するはずもなかった。

優れた魔法使いでもあるアニーにとって、何かを想った側から不用意に魔法が発動してしまえば余分な魔力を消耗するし、実戦では仲間に悪影響を与えかねない。

普通の死に様であれば、どれほどの殺意を持っていたとしてもそれが魔法になることは無かった。

そうならないように訓練や魔科学武器によって制御していた。


しかし、アニーの死に様は普通では無かった。


その死体は至るところから桜色の魔石が飛び出しており、血まみれである。

魔石とは魔力が沢山集まった際に生成される物質であり、言うなれば高濃度の魔力を有している物質だ。


その通常ではあり得ないほどに大量の魔力源と強い殺意が、奇跡的に合致した。

さらには魔女が魔法を発動するための触媒にあたる器官は脳内にあるとされる。

聖剣はまだ動いており、聖剣に設定された所持者への身体強化機能で体は死んでも、脳組織はまだ辛うじて生きていた。生かされていた。

そして強く想う。


殺したい。

殺したい。

殺したい。


絶対に目の前のクソ野郎を殺してやりたい。


お願いだから殺させてください。


私はどうなっても良いから。


アストルフの仇を討たせてください。


お願いしま


おねが


「ぐあっ!?」


アニーの死体が、死体とは思えない速度で動く。

迎え撃つべく、幾度か拳を合わせるがそれらを無視して異形のヒトへと拳や蹴りが繰り出される。

拳と拳が打ち合う。

打ち負けた異形のヒトが打ち負かされる。


「ぐっがぁっ、っづ!?

傷が癒え切っていない今の状態でこれは中々どうして、しんどいじゃないか!」


魔力増幅自体は現在も行われている。

防御に使った大剣は尾の形へと変形していた捕食器官と一緒に吹き飛んでしまったが、大剣はアニーへの挑発として形成した物であり、体へと取り込んだ段階で魔科学武器の機能は異形のヒトの技能として身についている。

ゆえに身体能力は高めている。

高い状態なはず。

はずなのだが。


「思っていた以上に消耗が激しい上に、こいつ…強くなってないか?」


実際は異形のヒトが弱っているという面が大きい。アニーゾンビ自体は特別強いというほどではない。

なのに彼女が強い、と感じているのは異形のヒトの受けた傷が未だ深く血を流し続けているのと、その体の治癒に彼女が想定する以上のエネルギーを消費していたからである。


そして、アニーゾンビは弱くも無かった。


重ねて言うがゾンビは魔力を動力源とする。

厳密には死に際に何かをしたいと言う魔女の強い想いが魔法として発動し、それを達成するための魔法を使用、維持するために魔力が消耗される。

死体であるゆえに魔力が生産されることはなく、消費し続ける赤字稼働状態だからゾンビは弱く、すぐに動かなくなり、ただの死体に戻る。


目の前のアニーゾンビの場合。


動力源となる魔力が沢山ある。


ありすぎて皮膚の下から魔石と言う形でこんにちわしているくらいなのだ。

死に際のアニーの異形のヒトを殺したいと言う想いがアニーの死体を強力に長時間動かし続ける。

それどころか生きていた時より遠慮がなく、時折、体の構造を無視した攻撃すらしてくる。

ゆえにゾンビとしては異例なことに強く、動きも良かった。


結論を言おう。


異形のヒトはピンチに陥っていた。


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