第62話

まずい。


非常にまずいかも。


何がまずいって魔王蝶々がである。

魔王蝶々は複数のスキルによって、光、音、匂い、変温動物である昆虫ゆえに熱による探知すらも無視することができる。

虫なだけに。

…こほん。

とにかく彼女達は他生物に非常に見つかりにくいという特徴を持つが、それらはあくまでも体表に、厳密に言えば体表を覆う鱗粉という魚でいう鱗みたいな体を覆う微細な粉末状の物質に効果を成すものである。

というか、そうだったんだねと今更ながらに分からされた。

目の前で死んだ魔王蝶々によって。

爆散したことによって中身の体液やら肉やらが丸見え状態である。

なんなら鱗粉も吹き飛んだらしく、本来は分からないはずの足やら羽やらの形やら表皮やらも視認できてしまう。

気づかれない、いると思わせない最高のステルス性こそを最大の武器にしていたのに、今回の件で台無しである。

単に覗き見がバレただけでは無い。


を知られてしまうことになる。


それを知ったのなら当然、それを前提として動くようになるはずだ。

ちょっと気になった程度の覗き見がこんなことになるとは。

過ぎた好奇心はネコを殺すとは良く言ったものである。

とにかく対応を考えなければならない。

依然としてなぜ魔王蝶々が死んだかについては定かではないが、まあ直前の行動を思えば容易にわかる。


侵入だ。


許可のない侵入者を拒むための、なんらかの仕組みがあったのだろう。

それに引っかかって魔王蝶々が爆散した。

目の前には死んだ魔王蝶々を驚いた様子で見つめる道場関係者らしき彼と、これまた驚いた、ような演技をする魔王エルルちゃんの姿。

魔王蝶々は体を直接頑強にするスキルこそ無いものの、その高いステルス性から生き残り易さを示す生物強度の数値は59で、魔王達の中でも高い方だ。

そして生物強度が高いと多少なりとも身体能力に上昇補正がかかる。

もとい、一切の防御スキルを持たずとも普通の蝶よりも遥かに硬く、具体的にはカブトムシくらいの硬さはある。

大人が殴ったとて爆散はしないだろうに…それが粉々に弾け飛ぶ侵入者対策って、小さな子供が入り込んだら割と洒落にならない怪我を負わせるのでは?と全然関係ないことを考えながら僕は目の前の彼に声をかけた。

ここで何も言わずに逃げ出すのは疑ってくださいと言うようなものだ。

いっそのこと魔王蝶々のような完全に目に見えない生き物がいるということを知ってしまった彼を殺してしまおうかとも一瞬思ったが、ここしばらくの連続した盗賊の討伐で我ながら人殺しに慣れ過ぎたのかもしれない。

元日本人にあるまじき発想である。

どうせ魔王を送り込んで殺すことになるということありきにしても、ちょっとどうかと思う考えである。


むむむ。

改めて、自戒せねば。

疲れてるのかも?

なんて考えながら


「あれは何なの?虫さん?虫さんが爆発したなの!?驚きなの!珍しい虫なの!?爆発する虫?あれ、欲しいなのっ!!」


すっとぼけつつ、さりげなく死骸を回収する流れに持っていきたい。

努めてアホっぽい子供を演じながら、しかし、魔王蝶々の死骸に近づくのは躊躇われた。

魔王蝶々を爆散させる何かの警戒装置があると思われるために下手に近づけないのだ。

食らったところで魔王エルルちゃんには通用しないだろうし、万が一通用したところで操っているだけの人形としてのこの身体がどうなろうと問題はない。

そう、そこは問題じゃないのだ。

警戒装置に近づくことで問題なのは、警戒装置を無視して平然とする魔王エルルちゃんの存在がバレることである。


ほら、珍しいであろう虫を見て、無邪気になんら他意無く欲しがる可愛らしい幼女が、魔王蝶々の死骸を御所望ですよ?

とっとと拾ってきてよね。ノロマめ。

とはいえ不幸中の幸いだ。

目の前の彼は急に侵入者対策用のトラップに引っかかって死んだ奇妙な蝶らしき虫を、あれ?たまたま迷い込んだだけかな?と思っているような顔だ。

もちろんののこと蝶も食利用されて人の生活圏ではほぼ絶滅状態。人家付近に蝶なんているはずもなく、蝶々が侵入なんて珍しいなぁ?という疑問を顔に浮かべながら僕の要求には答えてくれるらしい。

ホッとしたでござる。

どうやら魔王蝶々のことはバレなかったようだと内心胸を撫で下ろしたのも束の間。


「待て、大郷寺」


ぬっと道場の中から現れたのは大郷寺と呼ばれた先ほどまで僕と話していた彼よりも2回りはデカい、巨漢の男である。

その男が大郷寺という名前らしい彼の行動、すなわち魔王蝶々を僕へ渡そうとするのを止めた。

凄い劇画調の顔つきであり、濃ゆい眉毛と力強い眼光、普通ではない肥大した筋肉と道着の隙間から見える濃い胸毛といい、凄まじく男臭い見た目をした彼は、僕を睨んで一言。


「その小娘はモノノ怪の類だ。殺せ」

「源流院先輩?何を言っているんです?彼女はどう見ても…」


目の前の大郷寺くんはもちろんのこと、いきなり現れて殺傷命令を出した源流院とやらの彼に戸惑いを隠せない様子。

説明もせずに、大郷寺がやらぬならば自分がとばかりに腕を振りかぶり、僕に拳を振るってきた。


「ちょっ!?先輩っ!?」


僕もまさかこんなにプリチーな見た目をしてる女の子に対していきなり殴りかかってくるとは思っていなかったために、彼の拳をまともに受けて道場から強制的に吹き飛ばされた上、朧村の空を飛びながら村外の周辺の林に不時着。

着ていたワンピースがズタボロである。

わざわざ魔王エルルちゃんに着せるためにリアちゃんにプレゼントするという嘘をついてまで町の服屋で買った一張羅が台無しではないか。

そもそも僕が見た目通りであれば吹き飛ぶどころか、弾け飛ぶ威力のパンチである。


源流院とやらは気狂いかよ。


と言えたら良かったのだが。

まあ、気狂いの類がホイホイいるわけがない。

漫画やゲームに出てくるキャラクターじゃないんだからそう簡単にサイコパスな人に遭うわけがない。

つまりだ。

彼は僕の見た目に騙されずに、ただの人間ではないことを見破る技術ないしは特殊能力を持つということである。

しかもだ。

仮にそんな手段があったにせよ、普通の人間ならば魔王エルルちゃんみたいな可憐な見た目の幼女の正体を見破ったとて、「え?こんなに可憐でプリチーな生き物が人間じゃないとかある?」と自身の能力の方を疑うのではないだろうか?

なのにも関わらず、一切の躊躇なく殺すつもりであったろう一撃を繰り出したということは、それだけ自分の見破る手段を信じているのは大前提のもと、今までその手段による見破りが間違えたことがないという経験に由来するものであろうことが伺える。


どうやら。

源流院先輩とやらは非常に経験豊富で、魔王エルルちゃんを一目見てただの人間でないことを見破れてしまうくらいには達人さんのようだった。


「面妖な。ワシの殺すつもりの一手を受けて生きている小娘とはな。実に気味が悪いものよ」

「こんなに可憐で愛らしく、天真爛漫なエルルちゃんに向かって酷い言い草じゃん」

「それが素の口調か?」

「むむむ、猫被りもバレてた?」

「ワシには可愛い盛りの娘がいての。貴様くらいの子供の振る舞いは十二分に分かっているつもりよ。大郷寺との会話は終わり際しか聞いておらぬが…気色悪いことこの上無かったわ」

「マジで酷い言い草だ」


それにしても、何をもって魔王エルルちゃんをモノノ怪だと判断したのだろうか?

何かのスキルを感知したのか?

材料から創り出した生き物ゆえに不自然な魔力の流れでもあったのだろうか?

もしくは彼が言う僕の気色悪い振る舞いからか?


「つかぬことを聞きたいのだけど…なんで僕をモノノ怪だと断じたの?判断基準を教えて欲しいなって」

「…得体の知れぬ相手に此方の手の内を明かすと思うか?」

「それはもっとも何だけど…1番気になるのはなんでかなって」



そう。

色々と言ったが僕が1番気になったのはそこだ。

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