第56話

この巨大殺虫スプレーを作成するに至ったには軍上層部の一つの気付きがきっかけとしてある。


今までにいくらか交戦していたために、魔王ヨトウガの死体をいくらか軍部は手に入れていた。

それはサドラン軍の研究施設に送り込まれ、何らかの弱点が無いか、どこから発生したのか、別の国の生物兵器ではないのかと色々と調べられ、結果的に基本的な体の構造や遺伝子はそのまま昆虫であるヨトウガのままであることが分かった。

他にも色々と調べられたことで、体の遺伝子ではなく、魔力を司る組織部分の魔力遺伝子と呼ばれるものが別物レベルで変異していることをはじめに、さまざまなことが知れたそうだが、この場では関係ないために割愛する。


重要なのは昆虫としての体の構造に変わりは無いと言うことである。

軍の研究者達は思った。

殺虫剤が極めて有効なのでは、と。

そこから死体への解剖や実験から殺虫剤は効くだろうと言うことを理解した彼らは大量の魔王ヨトウガ達を殺すために、大量の殺虫剤を作成することに決めた。

が、これは非常に難しいことであった。


実のところ、この世界で殺虫剤はほぼほぼ存在しない。


人間が増え過ぎた結果、食料が不足気味なこの世界では殺虫剤で殺すまでもなく、食用目的で捕殺されるからである。

農家において野菜や果樹につく害虫には蛾や蝶類のイモムシ達を始め、過去に登場した魔王ゾウムシの原種たるヤサイゾウムシ、根や果実を食害する甲虫類、ヨコバイやアブラムシを始めとするカメムシ目、一部の鳥類に至るまでさまざまな種類がいるが、それらもまた一部を除いて余すことなく食用にされるため、農薬などはまず使われない。


技術が無いわけでは無いのだが、ご時世的に殺虫剤の類に需要が無いのだ。

必要とする人がいないのだから作られるわけがない。

人が過密気味なってかなりの年月が経過しており、そのために殺虫剤に関する資料らすらが無く、その生産体制も一から用意しなくてはならない。

研究者達は急ピッチで殺虫剤の発明、開発、生産、それを大量の魔王ヨトウガ達に喰らわせるための射出台を用意しなければならなかった。


これによって出来上がったのが殺虫噴霧大質量砲。

巨大な砲台に車輪をつけただけの地球に存在していた昔の大砲のような見た目で、自走機能すら付いておらず、サドラー大佐達のいるこの大都市にバラバラの部品の状態で運び込まれて、現地で組み立てられた一品である。

さらには急拵えゆえに一台、かつ一発の弾しか無い。


非常に扱いにくい一品である。


そして一発切りの切り札であるために、できる限り多く、まとめて魔王ヨトウガを仕留めたいところ。


ゆえにサドラー大佐は待った。


「ぐぎぃあぶぁっ!?」

「あいぼぉっ!?あいぼぉぉおおおおおっ!!」

「死っ、死にたくない、じにだくないよぉ」


奴らの援軍が駆けつけてくるまで。


「くそったれっ!銃身が焼け付いて動かなくなりやがったっ!!こうなったらこの銃身で殴り殺してやらぁっ!!」

「内臓が、俺の、俺の内臓を、内臓を返して…返してくれよぉ」

「あははははははっ」


引きつけて引きつけて、引きつけて、一発限りの一撃をより沢山の魔王ヨトウガに当てるため、防衛戦を敷いている都市丸ごとを囮として使っている。


「サドラー大佐っ!!もう、前線は崩壊していますっ!!切り札を使いましょうっ!?」

「だめだ」

「大佐っ!?」

「奴らには決して低くない学習能力がある。奴らにとっての初見の初撃こそが、最大最効率の最適好機。人的被害を恐れて焦れば最終的には此方が負ける!!」

「ですがっ!!ですが、あまりにもっ、あまりにもっ…」


眼前では絶望的な光景が広がっていた。


大都市の防衛戦は完全崩壊。

アンカータンクは全て破壊されるか、巨大な鉄塊を振り回すという負荷に耐えきれずにスクラップと化している。

歩兵式小型銃機戦車もほとんどがやられてしまい、残っている機体も搭載されている砲連機の弾は切れていて、その砲連機本体で殴り殺しながらも逃げ回る始末。

歩兵に至っては次から次へと食い殺されていき、果てには…


「あああっ街の、街の中央部にまでっ…た、大佐っ!?」

「ならん」

「もう限界ですっ!中央部には避難した民間人がっ…見殺しにするのですかっ!?」

「そうだ」

「大佐っ!?そんなの軍人がすることではないっ!!見損ないましたよっ!?」


副官があまりの悲惨な街の光景に総指揮官であるサドラー大佐へと詰め寄る。

だが、サドラー大佐は変わらず答えた。


「何度も言わせるな。我々に余裕はない。目の前の光景をよく見ろ」

「見たから言っているんですっ!!早く殺虫噴霧大質量砲の使用許可をっ!!」

「よく見ていたなら分かるだろう?

我々がしくじれば…」


サドラー大佐は怒りか、恐怖か、悲しみか、震える口を動かす。


「この笑ってしまうほどに凄惨な光景がで繰り広がることになる」

「…っ!?」

「この作戦は…」


サドラー大佐の副官はここに至って初めて気づいた。


雄々しい軍人として部下から、上司にと見込まれていたサドラー大佐であったが、今の彼にいつもの雄々しさは無く、まるでタテガミを剃られたライオンのように覇気がない。


「この作戦は初めから民間人も含めて囮にすることを念頭に立てられている」

「ば、ばかなっ、そんなの、そんなことが許されるはずがない…」

「赦すか赦さないかの基準は人が作るものだ」

「た、大佐っ」

「守るべき民間人を守れない軍人に存在価値などあるだろうか?ワトリン君。君はどう思う?」

「大佐…?」


サドラー大佐は迷子になった子供のような顔で、副官のワトリンを見つめながら、ボソボソと口を動かす。


「この作戦を聞かされた当初は私も君のように怒り猛った。が、考えれば考えるほどそれ以上の作戦が思いつかない。時間があればと思うが、これ以上時間を与えればまず対抗できないレベルまで敵が殖える。そんなこと赦せるはずもない。人として、軍人として」

「…」

「…ワトリン君。私は今日まで軍人として誇りを持って努めて勤めていたつもりだよ。民間人を守るヒーロー、ヒーローたる軍人として胸を張って生きてきた。

しかし、そんな誇りをなんの歯牙にもかけずに砕いていく存在が目の前に立ち塞がった。

はて、私の今までの軍人としての歩みに意味はあったのかと、最大のタブーたる民間人への被害を許容せざるを得ない現実を受け入れると同時に私は…私は…」

「大佐はっ…大佐はっ…」

「心が折れた。絶望したとも。しかし、私はここにいる。なぜならば軍人ゆえに。国の盾たる軍人だからこそ。国の礎たる民衆を犠牲にしてでも、眼前の光景を全国へ広げるわけにはいかない」


サドラー大佐は疲れた声で


「軍人ゆえに膝を屈したくなる」

「軍人ゆえに立ち塞がらなければと猛り狂う」

「軍人ゆえに…矛盾する」


ワトリンは無性に泣きたくなる。

嗚呼、なんと、なんと不条理なのかと。


「ワトリン君。見たまえ」

「はい」

「民間人を喰らうために群がっていく魔獣達を」

「はい」

「私は地獄行きだろう」

「お供します」

「すまんな」

「なに、独り身なので」

「そうか」



数分後、切り札である殺虫噴霧大質量砲が発射された。

その弾頭は花火のように打ち上がり、空中で破裂。

殺虫剤を広範囲に散布する。

引きつけただけあって魔王ヨトウガの大半を巻き込み、死滅させ、残った残存勢力は大都市近くに設置していた伏兵によって始末されて、魔王ヨトウガは1匹残らず討滅された。


被害はサドラー大佐達含む、街に詰めていた軍人全てと民間人。


殺虫剤は確実に殺せるようにとかなり強力なものを使用していたために、魔王ヨトウガごと生き残っていた軍人、民間人区別なく殺して回った結果、誰も生き残らない結果となった。


それを見届けた防毒スーツに身を包んだ伏兵分隊の軍人達は、あまりの後味の悪さに辟易しつつ街を調査。

生き残りの魔王ヨトウガが存在しないことを確認した後、帰投した。



3章 終


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