第46話
僕が魔王エルルちゃんとして歩くこと丸一日。
初めは辺境を疑似的にも出て、歩いていることに大興奮だったが、それも1時間くらいで落ち着いてくる。
なぜならば風景がまるで変わらないし、なんなら畑の周りとさほど景色が変わらないことに気づいたからだ。
この世界は地球の50倍。
かつ、海と陸地の割合も地球と比較してだいぶ陸地の方が多い。
いくら人口密度が高いとはいえ、さすがに辺境みたいな場所、というか農家をやるには広い土地が必要なので基本的には1時間程度ではまだまだ辺境を出れたとは言えない畑が広がっている風景ばかりが見られる。
地球の50倍の表面積があるだけに農家の持つ畑も地球の畑に比べて倍くらいの規模はある。
ゆえに1時間程度では畑地帯を抜けることすらままならない。なんなら地球の一農家の畑すら1時間では抜けられないくらいの規模はあるかもしれない。
この世界ならば、なおさら。
これはこれで周り農家たちが畑で栽培している野菜たちを見て、ああ、アレも植えてみようかな?とかココのは美味そうだな、何か秘密があるのだろうか?と考えさせられて多少は楽しく、興奮させられた部分はあるもののやはり最初の大興奮時ほどではない。
のんびり歩くことさらに丸一日が経過。
ようやく辺境を抜けて街道に出ることができる。
ちなみにキッチリと街道として整備されている。
田舎の自然豊かな農村の道、ではなくガッツリ管理された都会の道という感じで。
ほら、この世界人口だけはヤバいので。マンパワーだけは凄いので、そうした人力作業は簡単に出来てしまう。
流石にコンクリで塗り固められているわけではないが、それでも凄いことである。
さらに歩き続けること半日。
村を出て2日半と言ったところか。
僕のスキルを一部引き継いでいるこの体はまるで疲れず、お腹も空かない。
そうでなければ途中で引き返していたに違いない。
そんなことを思いながら代わり映えのない景色を眺めつつ歩いていると集団馬車が目に入る。
あれ?
妙だな?
集団馬車とはこの世界における問屋さん、もとい仕入れ屋さんみたいな立ち位置の商人集団である。
彼らは決まった時期に僕たち農家から野菜を買い取って、別の場所の小売業者などに売り渡す仕事をしている人たちだ。
集団馬車と名が付いているが、商人が集団で乗っているのでは無く、買い入れた野菜を運ぶために沢山の馬車を引き連れることから集団馬車と呼んでいた。
商品を守るための護衛やら馬車を動かすための御者さんやらがいるため割と人が沢山いるが、その人達が1人も見当たらない上ありえないことに、その集団馬車が道のど真ん中で立ち往生しているようなのだ。
ちなみに。
馬車と名はついていても馬が牽引しているのではなく、牽引しているのは人間が手を加えて品種改良を行った体高の高いネズミの一種である。
食糧不足問題が目立ち始めた時代に下手すれば人間よりもコストがかかる馬に変わる動物をということで、人間が食べない様な少量の残飯で健康に繁殖成長までするコスパの良い労働家畜としてネズミの一種が選ばれたそうな。
車を使えば良いのでは?と言う人もいるかもしれないが、食糧ほどではないけれど車のようなガッツリ資源を使う物品もまた供給不足が目立つにつれ資源節約のため、軍事関連が優先さ、民間企業には滅多に販売されないない、ないしはやたらと高価になり、そうした状況を鑑みて数十年かけて作出された家畜としてのネズミがアレらしい。
閑話休題。
余談はさておき。
妙に立ち止まっている彼らを見て違和感を覚えた。
なにせ、地球でもよく言うが野菜は採れたてが一番うまい。
植物の場合、切り取っても切り取った部位は生き続けている。
しかし、生き続けるにはエネルギーが必要で、そのエネルギーは人間の言うところの美味しさにあたる成分を消費して作り出される。
つまり、収穫したその瞬間から野菜は栄養を消費し続けて生き続けようとする。
時間が経てば経つほど栄養は減っていき、味もまた落ちていく。
収穫したら極力早めに食べるのが一番なのだ。
それを知っているはずの野菜問屋商人が馬車を立ち往生させるなんてことまずやらない。
もちろん食糧の生産がギリギリなこの世界では多少味が落ちようと痛もうと売れないことはないが、やはり価値は落ちるわけで売り上げが落ちる。わざわざ商人がそんなことをするわけがない。
何かあったに違いない。
できればお助けしてお礼がわりに馬車に乗せてもらおうと下心満載に誰かいないか覗き込むと、うげっと今の顔立ちから出してはいけない声が出てしまった。
何故ならば死体が馬車に詰め込まれていたからだ。
魔王蝶々を通して多少なりとも死体に慣れていなければ今日の夢見は悪くなっていたに違いない。
もしや問屋さんは死体売買にも手を出してしまったのか?と邪推するも、まあ無いなとすぐに思い直す。
この世界では高い価値を持つ野菜を取り扱ってウハウハな商人が、死体なんてわざわざ扱わないだろう、多分。
なにより死体の一つはその問屋さんらしき物だし。
ご冥福をお祈りします。
それよりも馬車の内部の野菜がごっそり無くなっているのが気になる。
一部残っている馬車もあるようだが、並ぶ死体に消えた野菜。
馬車を牽引していたはずのネズミも一緒に消えたか、逃げたか、見当たらない。
僕の聡明な頭脳がこの謎が謎を呼ぶ難事件の犯人を推理した。
ずばり犯人は通りがかりの野党だ!と。
いや、僕ほどの推理力が無くても誰にでも分かるかもしれない。
あからさま過ぎるし。なにより食糧難なこの世界にとって大量の野菜を運ぶ商人なんてのは金銀財宝が詰め込まれた宝箱に等しい。なんならそれ以上に価値がある。
前世で見たアニメや小説における異世界ものといえば大型の魔獣と呼ばれる化け物に人が襲われると言うのはありがちな展開だが、この世界では軒並み絶滅しているか絶滅危惧種状態のようなので、人がそうした大型の動物に襲われると言うことはほぼない。むしろ今も生き残っているような動物なら人の生活圏にはまず出てこない。出てくるような種は全て食用として狩り尽くされてしまったから。むしろ出会うことがあればニュース番組に取り上げられるくらいの事件レベルだ。
代わりに野党のような荒くれ者はわんさかいる。
農業国家ということで食糧自給率が高いためか比較的ゆとりがあって、治安のいいプラベリアですら有名な、いわゆる名の通った山賊が3桁は優にいるのだ。海賊も含めればさらに倍以上。
世界中でそうした野党の大量発生が社会問題になっているがいかんせん、人口の多い世界である。
仮に1パーセントの人が盗賊になるとして、地球よりはるかに人口の多いこの世界ではやばい数の盗賊がいることとなる。
なかなか根絶させるのは難しいらしい。
異世界小説における定番の冒険者ギルド的な組織があるが、それらのターゲットは主に山賊である。それだけ野党の類は多いのだ。
何が言いたいかというと、問屋さんが死んだのってこれで3度目だったりするんだよね。
ハハハ、笑うしかないじゃない。
それでもウチに問屋がやってくるのはそれだけ利益が凄いのか、危機感が足りないのか、人が多すぎて安全な仕事にありつけないのか。
なかなかどうして世知辛いものである。なんならそういう意味では地球以上かもしれない。
とはいえ人口密度が高い分、否が応にも人々の関係が密接になりやすく、それもあってボッチ率はかなり低いというのが救いである。良くも悪くもぼっちになりにくい社会構造なのだ。
人間関係が密接な分、ストレスとなる悩み相談などをしっかりする人が多いらしく、そうしたコミュニケーションを通してストレスが解消されるためにうつ病などのストレスを原因とする脳疾患者はかなり少ないのだとか。
閑話休題。
ただでさえ魔王クリエイターで人類をアレコレしているのだ。
せめて不遇の死を遂げた問屋さんの1人や2人、埋葬くらいはしてやろうと道の端っこに木の枝などを使って穴を掘っていると
ガサリガサリガサリ
何やら沢山の足音が道の外れから聞こえてきた。
そして出てきたのはどうやら残っていた野菜を回収しにきた山賊たち。
ですよね。
この世界で貴重な食糧、それもウチで育てた魔王クリエイター印の特別うまい野菜もあるのだ。
根こそぎ頂こうとするのは当然。
誰だってそうする。僕だってそうさ。
いやん、襲われちゃう。
そしてばったり会った野党達に捕まって現在、僕は彼らのアジトにお邪魔していた。
結局襲われなかった僕は特別可愛いとかでボスに献上するのだそう。
なるほど。
子供を殺すのは気が引けるが、見られた以上逃すわけにはいかない。とりあえず連れ帰ろうとした。
わけではないみたいだ。
下手に手を出すとボスに怒られるから、と。
くくく、やはり彼らに遠慮は要らないようである。
これで僕がなぜ盗賊のアジトにいたのかは説明した。
だが、もう一つ説明しなくてはならないことがある。
仮にも魔王と名がつくのに山賊に捕まるのは可笑しくないか?と思ったことだろう。
実のところ、僕はこの山賊たちに、ボスに用があったためにわざと捕まったのである。
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